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*『史実』の定義について [#r0dbead3]

このサイトにおいて『史実』という単語はゲーム公式に準拠し、モデルとなった文豪の生涯を中心に、歴史書に載らない逸話等も包括する広義的な内容を示すものとする

*年表 [#e0cdf2d0]

文豪たちの生没年や代表作発表時期、その他ちょっとした出来事等をまとめた年表です。

この年表は実際の歴史を元に作成しています。 ゲームの世界はどこかの時点で違う歴史になっている所謂パラレルワールドなので、この年表の出来事が正確とは限りません(近代風情が長く続く世界、ということなので戦前の状態が未だに続いている?)。

詳しくはWikipediaをご参照ください。

**1800年 [#se745155]
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|~1850年(嘉永3年)|6月27日|''[[小泉八雲]]ギリシャのレフカダ島(当時はイギリス領)で誕生''|
|~1859年(安政6年)|6月22日(旧5月22日)|''[[坪内逍遥]]美濃国加茂郡太田宿(現・岐阜県美濃加茂市)で誕生''|
|~1862年(文久2年)|2月17日(旧1月19日)|''[[森鴎外]]石見国鹿足郡津和野町町田村(現・島根県津和野町)で誕生''|
|~1864年(元治元年)|4月4日(旧2月28日)|''[[二葉亭四迷]]江戸市ヶ谷(現・東京都新宿区)で誕生''|
|~1867年(慶応3年)|2月9日(旧1月5日)|''[[夏目漱石]]武蔵国江戸牛込馬場下横町(現・東京都新宿区喜久井町)で誕生''|
|~|8月22日(旧7月23日)|''[[幸田露伴]]武蔵国江戸下谷(現・東京都台東区下谷)で誕生''|
|~|10月14日(旧9月17日)|''[[正岡子規]]伊予国温泉郡藤原新町(現・愛媛県松山市花園町)で誕生''|
|~1868年(慶応3年)|1月10日(旧12月16日)|''[[尾崎紅葉]]江戸芝中門前町(現・東京都港区芝大門)で誕生''|
|~1871年(明治4年)|8月30日(旧7月15日)|''[[国木田独歩]]千葉県銚子で誕生''|
|~1872年(明治5年)|1月22日(旧1871年12月13日)|''[[田山花袋]]栃木県邑楽郡館林町(現・群馬県館林市)で誕生''|
|~|2月1日(旧1871年12月23日)|''[[徳田秋声]]金沢県金沢市横山町(現・石川県金沢市横山町)で誕生''|
|~|3月25日(旧1872年2月17日)|''[[島崎藤村]]筑摩県第八大区五小区馬籠村(現・岐阜県中津川市馬籠)で誕生''|
|~1873年(明治6年)|11月4日|''[[泉鏡花]]石川県金沢市下新町で誕生''|
|~1878年(明治11年)|3月4日|''[[有島武郎]]東京府東京市小石川区(現・東京都文京区)で誕生''|
|~1879年(明治12年)|3月3日|''[[正宗白鳥]]岡山県和気郡穂浪村(現在の備前市穂浪)で誕生''|
|~1879年(明治12年)|12月3日|''[[永井荷風]]東京府東京市小石川区(現・東京都文京区春日)で誕生''|
|~|12月3日|''[[永井荷風]]東京府東京市小石川区(現・東京都文京区春日)で誕生''|
|~1880年(明治13年)| |市内養成小学校(現在の金沢市立馬場小学校)に[[徳田秋声]]と一学年下に[[泉鏡花]]が通っていたこの時点では顔見知り程度|
|~1883年(明治16年)|2月20日|''[[志賀直哉]]宮城県牡鹿郡石巻町(現・宮城県石巻市)で誕生''|
|~|3月13日|''[[高村光太郎]]東京府東京市下谷区下谷西町(現東京都台東区東上野)で誕生''|
|~1885年(明治18年)|1月25日|''[[北原白秋]]熊本県玉名郡関外目村(現・熊本県玉名郡南関町)で誕生''|
|~|5月|[[尾崎紅葉]]らを中心に近代日本最初の文芸雑誌とも言われる「我楽多文庫」が作られる|
|~|5月12日|''[[武者小路実篤]]東京府東京市麹町区(現・東京都千代田区麹町)で誕生''|
|~|8月24日|''[[若山牧水]]宮崎県東臼杵郡東郷村(現・宮崎県日向市)で誕生''|
|~| |[[坪内逍遥]]が日本最初の近代的文学論といわれる「小説真髄」を発表。日本に西洋近代文学および写実主義を紹介する。|
|~1886年(明治19年)|2月20日|''[[石川啄木]]岩手県南岩手郡日戸村(現・岩手県盛岡市日戸)で誕生''|
|~|7月24日|''[[谷崎潤一郎]]東京府東京市日本橋区蛎殻町(現・東京都中央区日本橋人形町)で誕生''|
|~|11月1日|''[[萩原朔太郎]]群馬県東群馬郡北曲輪町(現・前橋市千代田町)で誕生''|
|~1888年(明治21年)|12月26日|''[[菊池寛]]香川県香川郡高松(現・香川県高松市)で誕生''|
|~1889年(明治22年)|1月|[[夏目漱石]]と[[正岡子規]]の親交が始まる|
|~|4月|[[泉鏡花]]が友人の下宿において[[尾崎紅葉]]の「二人比丘尼 色懺悔」を読み衝撃を受け、文学に志す|
|~|8月1日|''[[室生犀星]]石川県金沢市で誕生''|
|~|11月|[[泉鏡花]]が[[尾崎紅葉]]の門下に入ることを志し、上京|
|~1890年(明治23年)|1月|[[森鴎外]]『国民之友』に「舞姫」を発表|
|~|4月|[[小泉八雲]]雑誌通信員として来日、8月に島根県尋常中学校へ英語教師として赴任|
|~1891年(明治24年)|10月19日|[[泉鏡花]]が[[尾崎紅葉]]の門下に加わる|
|~|11月23日|''[[久米正雄]]長野県上田市で誕生''|
|~| |[[田山花袋]]が[[尾崎紅葉]]の門下に加わるが、[[尾崎紅葉]]の指示により江見水蔭の指導を受ける|
|~| |[[坪内逍遥]]と[[森鴎外]]の間で「没理想論争」が起こる(翌年決着)|
|~1892年(明治25年)|3月1日|''[[芥川龍之介]]東京府東京市京橋区入船町(現・東京都中央区明石町)で誕生''|
|~|4月9日|''[[佐藤春夫]]和歌山県東牟婁郡新宮町(現・和歌山県新宮市)で誕生''|
|~|8月11日|''[[吉川英治]]神奈川県久良岐郡中村根岸(現・神奈川県横浜市中区山元町)で誕生''|
|~| |[[徳田秋声]]が友人の桐生悠々と上京し[[尾崎紅葉]]を訪ねたが、玄関番の[[泉鏡花]]に不在を告げられて辞去、原稿を返される|
|~1894年(明治27年)|10月21日|''[[江戸川乱歩]]三重県名賀郡名張町(現・三重県名張市)で誕生''|
|~1895年(明治28年)|6月|[[徳田秋声]]が[[泉鏡花]]の勧めにより[[尾崎紅葉]]の門下に加わる|
|~|~|[[泉鏡花]]『文芸俱楽部』に「外科室」を発表|
|~1896年(明治29年)|2月|[[尾崎紅葉]]『読売新聞』に「多情多恨」を連載|
|~|8月27日|''[[宮沢賢治]]岩手県稗貫郡里川口村(現・岩手県花巻市)で誕生''|
|~|11月|[[国木田独歩]]と[[田山花袋]]、柳田國男(当時は新体詩人・松岡国男)らが知り合うおそらく同時期に[[島崎藤村]]も知り合う|
|~1897年(明治30年)|1月1日|[[尾崎紅葉]]『読売新聞』に「金色夜叉」を連載( - 1902年5月11日) 執筆中に死去したため未完成後に紅葉門下の小栗風葉が1909年(明治42年)に「終編金色夜叉」を書き継いだ|
|~1898年(明治31年)|1月|[[国木田独歩]]『国民之友』に「武蔵野」を発表( - 2月) 発表時の作品名は「今の武蔵野」|
|~|2月|[[正岡子規]]『日本』に「歌よみに与ふる書」を発表(全10回)|
|~|2月15日|''[[井伏鱒二]]広島県安那郡加茂村(現・福山市)で誕生''|
|~|3月17日|''[[横光利一]]福島県北会津郡東山村(現・福島県会津若松市)で誕生''|
|~1899年(明治32年)|1月20日|''[[徳永直]]熊本県飽託郡花園村(現・熊本市西区)で誕生''|
|~| |[[志賀直哉]]が学習院中等科4年進級時に1回目の落第|
|~|6月14日|''[[川端康成]]大阪府大阪市北区此花町(現・大阪市北区天神橋)で誕生''|

**1900年 [#md59e2b2]
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|~1900年(明治33年)|2月1日|[[泉鏡花]]『新小説』第5年第3巻に「高野聖」を発表|
|~| |[[志賀直哉]]が学習院中等科4年進級時に2回目の落第[[武者小路実篤]]、木下利玄らと同級生になる|
|~|8月23日|''[[三好達治]]大阪府大阪市西区西横堀町で誕生''|
|~1901年(明治34年)|2月17日|''[[梶井基次郎]]大阪府大阪市西区で誕生''|
|~1902年(明治35年)|1月25日|''[[中野重治]]福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)で誕生''|
|~|7月|[[国木田独歩]]「独歩集」を刊行|
|~| |[[正岡子規]]『日本』に「病牀六尺」を連載当時不治の病であった結核を患いながら死の2日前まで連載し続けた|
|~|9月19日|''[[正岡子規]]死去、満34歳没''|
|~1903年(明治36年)|10月30日|''[[尾崎紅葉]]胃癌により死去、満35歳没''|
|~|12月1日|''[[小林多喜二]]秋田県北秋田郡下川沿村(現・秋田県大館市)で誕生''|
|~1904年(明治37年)| |[[田山花袋]]が日露戦争第二写真班員として従軍3月29日に同軍軍医部長の[[森鴎外]]を訪ねる、この時が初対面8月15日に発熱して9月20日に帰郷するまでの間、[[森鴎外]]と親交を深めた|
|~|9月26日|''[[小泉八雲]]狭心症により死去 満54歳没''|
|~|12月28日|''[[堀辰雄]]東京府東京市麹町区麹町平河町(現・東京都千代田区平河町)で誕生''|
|~1905年(明治38年)|1月|[[夏目漱石]]『ホトトギス』((合資会社ホトトギス社が発行する俳句雑誌。1897年(明治30年)に正岡子規の友人である柳原極堂が創刊。正岡子規は選者として参加。&br;文アルに登場する執筆者【芥川我鬼(龍之介)、泉鏡花、夏目漱石、田山花袋、森鴎外、徳田秋声】))に「吾輩は猫である」を発表|
|~1906年(明治39年)|3月|[[島崎藤村]]「破戒」を自費出版|
|~|4月|[[夏目漱石]]『ホトトギス』に「坊っちゃん」を発表|
|~|10月20日|''[[坂口安吾]]新潟県新潟市西大畑通(現・中央区西大畑町)で誕生''|
|~1907年(明治40年)|1月1日|[[泉鏡花]]『やまと新聞』に「婦系図」を連載( - 4月28日)|
|~|4月29日|''[[中原中也]]山口県吉敷郡山口町字下宇野令村(現・山口県山口市湯田温泉)で誕生''|
|~|9月|[[田山花袋]]『新小説』((1889年1月から1890年6月まで(第1次)、および1896年7月から1926年11月まで(第2次)発行された文芸雑誌。1927年(昭和2年)1月から『黒潮』(くろしお)と改題し、同年3月まで3号のみ発行した。&br;第2次は隆盛をきわめ、多くの名作を生み出した。この時期に文アルに登場する文豪たちが作品を掲載している。&br;文アルに登場する執筆者【泉鏡花、夏目漱石、田山花袋、森鴎外、江戸川乱歩、横光利一】))に「蒲団」を発表|
|~|10月18日|[[志賀直哉]]と[[武者小路実篤]]が神奈川県藤沢町鵠沼の旅館東屋で文芸雑誌『白樺』の発刊について話し合う|
|~1908年(明治41年)|6月23日|''[[国木田独歩]]肺結核により死去、満36歳没''|
|~|12月|パンの会((明治末期の青年文芸・美術家の懇談会。「パン」はギリシア神話に登場する牧神で、享楽の神でもある。1894年にベルリンで結成された芸術運動「パンの会」に因むものだそう。&br;パンの会は反自然主義、耽美的傾向の新しい芸術運動の場となり、1908年末から1913年頃まで続いた。&br;文アルに登場する参加者【谷崎潤一郎、永井荷風、北原白秋、高村光太郎】))の第1回会合が隅田川の右岸の両国橋に近い矢ノ倉河岸の西洋料理「第一やまと」で開催される|
|~1909年(明治42年)|3月|[[永井荷風]]「ふらんす物語」を刊行しかし、作風や情報局から日露戦争後の時局柄好ましくないなどの干渉をうけ、届出と同時に発売禁止となる|
|~|5月5日|''[[中島敦]]東京府東京市四谷区箪笥町(現・東京都新宿区三栄町)で誕生''|
|~|5月10日|''[[二葉亭四迷]]肺炎により死去、満45歳没''|
|~|6月19日|''[[太宰治]]青森県北津軽郡金木村(現・青森県五所川原市)で誕生''|
|~|7月|[[森鴎外]]『スバル』((1909年から1913年まで刊行された反自然主義的・ロマン主義的な文芸雑誌。文芸雑誌『明星』の廃刊後、森鴎外や与謝野寛(鉄幹)、与謝野晶子らが協力して発行。創刊号の発行人は石川啄木が務めた。&br;文アルに登場する執筆者【森鴎外、北原白秋、高村光太郎、石川啄木】))7号に「ヰタ・セクスアリス」を発表政府から「ヰタ・セクスアリス」が掲載された『スバル』の発禁処分を受ける|
|~|10月20日|[[田山花袋]]「田舎教師」を刊行|
|~1910年(明治43年)|2月|[[永井荷風]]が慶應義塾大学文学科刷新に際し、[[森鴎外]]、上田敏の推薦により教授に就任|
|~|5月|[[永井荷風]]が文芸雑誌『三田文学』((1910年から慶應義塾大学文学部を中心に刊行されてきた文芸雑誌。かつては反自然主義的で耽美派で知られ、シュルレアリスムの作家・詩人も輩出してきた。商業文芸誌を除くと、日本国で一番長く存続している歴史を持つ文芸雑誌だそう。&br;慶應義塾大学幹事の石田新太郎の主導により、文学科教授の森鴎外と協議し、上田敏を顧問に、永井荷風を主幹に据えて創刊。&br;現在も年4回、会員制による「三田文学会」という支持団体によって発行されている。&br;文アルに登場する執筆者【萩原朔太郎、泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風、森鴎外、佐藤春夫】))を創刊、主宰|
|~| |[[志賀直哉]]、[[武者小路実篤]]らが文芸雑誌『白樺』((学習院の学生で顔見知りの十数人が、1908年から月2円を拠出し文芸雑誌を刊行。&br;『白樺』を中心にして起こった文芸思潮、またその理念や作風を共有していたと考えられる作家達を「白樺派」と呼んだ。&br;大正デモクラシーなど自由主義の空気を背景に人間の生命を高らかに謳い、理想主義・人道主義・個人主義的な作品を制作。人間肯定を指向し、自然主義にかわって1910年代の文学の中心となった。))を創刊|
|~1911年(明治44年)|8月|[[徳田秋声]][[夏目漱石]]の推挽により『東京朝日新聞』に「黴」を連載( - 11月)|
|~|11月|[[永井荷風]]『三田文学』に「谷崎潤一郎氏の作品」を発表|
|~1912年(大正元年)|4月13日|''[[石川啄木]]肺結核により死去、満26歳没''|
|~1913年(大正2年)|7月30日|''[[新美南吉]]愛知県知多郡半田町岩滑(現・愛知県半田市岩滑)で誕生''|
|~|10月26日|''[[織田作之助]]大阪府大阪市南区生玉前町(現・大阪市天王寺区上汐)で誕生''|
|~1914年(大正3年)|3月|[[高村光太郎]]『美の廃墟』に「道程」を発表、この時は102行の長詩|
|~|4月20日|[[夏目漱石]]『東京朝日新聞』に「こゝろ」を連載( - 8月11日)|
|~|10月|[[高村光太郎]]「道程」を刊行、詩は9行で3月に発表した詩の最後の1小節|
|~|12月|[[高村光太郎]]が長沼智恵子と結婚|
|~| |[[志賀直哉]]が勘解由小路康子([[武者小路実篤]]の従妹)と婚約、東京麹町元園町の武者小路家で結婚式を挙げる結婚に反対していた父・直温はいなかったが実篤夫妻は同席していた|
|~1915年(大正4年)|1月|[[徳田秋声]]『読売新聞』に「あらくれ」を連載( - 7月)|
|~|12月|[[芥川龍之介]]が[[夏目漱石]]の門下に加わる|
|~1916年(大正5年)|1月|[[森鴎外]]『中央公論』に「高瀬舟」を発表|
|~|3月|『三田文学』で反体制の問題作が次々と掲載されるようになり、[[谷崎潤一郎]]の「飆風(ひょうふう)」を載せた号が発禁処分になったことから大学側と[[永井荷風]]が対立大学を辞任し、『三田文学』から手をひく|
|~|5月|[[永井荷風]]が大久保余丁町の本邸に帰り、一室を「断腸亭」と名づけ起居|
|~|8月|[[永井荷風]]『文明』に「腕くらべ」を連載( - 1917年10月)|
|~|12月9日|''[[夏目漱石]]胃潰瘍により死去、満49歳没''|
|~1917年(大正6年)|1月|[[芥川龍之介]]が[[谷崎潤一郎]]宅を訪問。面識を得る。|
|~|5月|[[志賀直哉]]『白樺』に「城の崎にて」を発表|
|~|9月|[[永井荷風]]が木挽町九丁目の借家を仮住居とし「無用庵」と名づける|
|~|9月16日|[[永井荷風]]日記の執筆を再開、後の「断腸亭日乗」の始まり|
|~1918年(大正7年)|5月|[[島崎藤村]]『東京朝日新聞』に「新生」を連載|
|~|11月|文壇における多年の功績により[[田山花袋]]・[[徳田秋声]]誕生五十年記念祝賀会が催される|
|~1921年(大正10年)|4月|[[志賀直哉]]『改造』に「暗夜行路」前編を連載( - 8月)|
|~1922年(大正11年)|1月|[[志賀直哉]]『改造』に「暗夜行路」後編を連載( - 1937年4月号まで断続的に掲載)|
|~|7月9日|''[[森鴎外]]腎萎縮・肺結核により死去、満60歳没''|
|~1923年(大正12年)|6月9日|''[[有島武郎]]首吊り自殺により死去、満45歳没''|
|~1927年(昭和2年)|7月24日|''[[芥川龍之介]]服毒自殺により死去、満35歳没''|
|~1928年(昭和3年)|9月17日|''[[若山牧水]]急性胃腸炎・肝硬変により死去、満43歳没''|
|~1929年(昭和4年)|4月|[[島崎藤村]]『中央公論』に「夜明け前」を連載( - 1935年10月まで断続的に掲載)|
|~1930年(昭和5年)|5月13日|''[[田山花袋]]1928年(昭和3年)末に脳溢血のため入院、さらに喉頭癌も発症し死去、満58歳没''|
|~1931年(昭和6年)|11月上旬|[[小林多喜二]]が奈良の[[志賀直哉]]邸宅に訪問・宿泊する|
|~1932年(昭和7年)|3月24日|''[[梶井基次郎]]肺結核により死去、満31歳没''|
|~|5月|低迷期に入っていた[[徳田秋声]]を励ますため[[室生犀星]]、中村武羅夫、[[井伏鱒二]]、舟橋聖一、尾崎士郎、阿部知二、榊山潤、楢崎勤らが「秋声会」を結成|
|~|7月|秋声会機関誌『あらくれ』を創刊|
|~|秋頃|[[島崎藤村]]の提唱で「徳田秋声後援会」が組織され、色紙短冊の義捐を行う|
|~1933年(昭和8年)|2月20日|''[[小林多喜二]]共産青年同盟中央委員会に潜入していた特高警察のスパイ・三船留吉の活動により特高警察官らに逮捕される同日、築地警察署内で虐殺、その後築地署裏の前田病院に搬送され19時45分死亡確認、満29歳没''|
|~|9月21日|''[[宮沢賢治]]急性肺炎により死去、満37歳没''|
|~1935年(昭和10年)|2月28日|''[[坪内逍遥]]死去、満75歳没''|
|~|11月26日|日本ペンクラブ創立。初代会長[[島崎藤村]]、会員に[[徳田秋声]]・[[正宗白鳥]]ら|
|~1936年(昭和11年)|11月|[[太宰治]]・[[佐藤春夫]]第三回芥川賞について激しく応酬する|
|~1937年(昭和12年)|4月|[[永井荷風]]「濹東綺譚」(私家版)を刊行その後、『東京朝日新聞』に連載(4月16日 - 6月15日)|
|~|4月28日|[[幸田露伴]]が文化勲章受章|
|~|10月22日|''[[中原中也]]結核性脳膜炎により死去、満30歳没''|
|~1938年(昭和13年)|10月5日|[[高村光太郎]]の妻・智恵子が粟粒性肺結核により死去|
|~1939年(昭和14年)|9月7日|''[[泉鏡花]]癌性肺腫瘍により死去、満65歳没''|
|~1940年(昭和15年)|5月|[[太宰治]]「走れメロス」を刊行|
|~1941年(昭和16年)|6月28日|[[徳田秋声]]『都新聞』に「縮図」を連載( - 9月15日)情報局から太平洋戦争直前の時局柄好ましくないという干渉をうけ、第80回で連載を中絶|
|~| |[[高村光太郎]]「智恵子抄」を刊行|
|~1942年(昭和17年)|5月11日|''[[萩原朔太郎]]急性肺炎により死去、満55歳没''|
|~|11月2日|''[[北原白秋]]1937年に糖尿病および腎臓病の合併症のため眼底出血を引き起こし入院、盲目状態に年末にかけて病状が悪化し死去、満57歳没''|
|~|12月4日|''[[中島敦]]気管支喘息により死去、満33歳没''|
|~1943年(昭和18年)|3月22日|''[[新美南吉]]結核により死去、満29歳没''|
|~|8月22日|''[[島崎藤村]]脳溢血により死去、満71歳没''|
|~|11月18日|''[[徳田秋声]]肋膜癌により死去、満71歳没''|
|~| |[[正宗白鳥]]が第2代日本ペンクラブ会長に就任|
|~| |[[谷崎潤一郎]]「細雪」を『中央公論』に連載開始するがすぐに軍部により連載中止となる|
|~1944年(昭和19年)| |[[谷崎潤一郎]]「細雪」上巻(私家版)を刊行|
|~1945年(昭和20年)|8月|[[永井荷風]]が岡山県勝山町に疎開中の[[谷崎潤一郎]]を訪問した後、岡山三門町の武南家に戻り、そこで終戦を知る|
|~1947年(昭和22年)|1月10日|''[[織田作之助]]結核により死去、満33歳没''|
|~|7月30日|''[[幸田露伴]]糖尿病により死去、満80歳没''|
|~|12月30日|''[[横光利一]]胃潰瘍・急性腹膜炎により死去、満49歳没''|
|~| |[[志賀直哉]]が第3代日本ペンクラブ会長に就任、戦中休止状態だったペンクラブを再建する|
|~1948年(昭和23年)|3月6日|''[[菊池寛]]狭心症により死去、満59歳没''|
|~|6月13日|''[[太宰治]]入水自殺により死去、満39歳没''|
|~|6月|[[川端康成]]が第4代日本ペンクラブ会長に就任、文学による平和活動・国際貢献を行う|
**1950年 [#ey66644e]
|~1952年(昭和27年)|3月1日|''[[久米正雄]]脳溢血により死去、満60歳没''|
|~1953年(昭和28年)|5月28日|''[[堀辰雄]]肺結核により死去、満48歳没''|
|~1955年(昭和30年)|2月17日|''[[坂口安吾]]脳出血により死去、満48歳没''|
|~1956年(昭和31年)|4月2日|''[[高村光太郎]]肺結核により死去、満73歳没''|
|~1958年(昭和33年)|2月15日|''[[徳永直]]胃癌により死去、満59歳没''|
|~1959年(昭和34年)|4月30日|''[[永井荷風]]胃潰瘍に伴う吐血による心臓麻痺により死去、満79歳没''|
|~1962年(昭和37年)|3月26日|''[[室生犀星]]肺癌により死去、満72歳没''|
|~|9月7日|''[[吉川英治]]肺癌により死去、満70歳没''|
|~|10月28日|''[[正宗白鳥]]膵臓癌により死去、満83歳没''|
|~1964年(昭和39年)|4月5日|''[[三好達治]]心臓発作により死去、満63歳没''|
|~|5月6日|''[[佐藤春夫]]心筋梗塞により死去、満72歳没''|
|~1965年(昭和40年)|7月28日|''[[江戸川乱歩]]くも膜下出血により死去、満70歳没''|
|~|7月30日|''[[谷崎潤一郎]]腎不全及び心不全により死去、満79歳没''|
|~1968年(昭和43年)|10月17日|[[川端康成]]が日本人として初のノーベル文学賞受賞|
|~1971年(昭和46年)|10月21日|''[[志賀直哉]]肺炎及び老衰により死去、満88歳没''|
|~1972年(昭和47年)|4月16日|''[[川端康成]]ガス自殺により死去、満72歳没''|
|~1976年(昭和51年)|4月9日|''[[武者小路実篤]]尿毒症により死去、満90歳没''|
|~1979年(昭和54年)|8月24日|''[[中野重治]]胆のう癌により死去、満77歳没''|
|~1993年(平成5年)|7月10日|''[[井伏鱒二]]肺炎により死去 満95歳没''|

*誕生日一覧 [#birthday]
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|>|BGCOLOR(#ededed): |>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|~月|
|~|~|BGCOLOR(#9d1229):COLOR(white):~1|BGCOLOR(#ccc881):~2|BGCOLOR(#fdd9c1):~3|BGCOLOR(#dcae63):~4|BGCOLOR(#662e51):COLOR(white):~5|BGCOLOR(#568267):COLOR(white):~6|BGCOLOR(#dfc9be):~7|BGCOLOR(#cf6b83):COLOR(white):~8|BGCOLOR(#20335d):COLOR(white):~9|BGCOLOR(#8d86a7):COLOR(white):~10|BGCOLOR(#dc4e4c):COLOR(white):~11|BGCOLOR(#cfc3b7):~12|
|~日|~1| |[[徳田秋声]]|[[芥川龍之介]]| | | | |[[室生犀星]]| | |[[萩原朔太郎]]|[[小林多喜二]]|
|~|~2| | | | | | | | | | | | |
|~|~3| | |[[正宗白鳥]]| | | | | | | | |[[永井荷風]]|
|~|~4|[[夢野久作]]| |[[有島武郎]]|[[二葉亭四迷]]| | | | | | |[[泉鏡花]]| |
|~|~5| | | | |[[中島敦]]| | | | | | | |
|~|~6| | | | | | | | | | | | |
|~|~7| | | |[[小川未明]]| | | | | | | | |
|~|~8| | | | | | | | | | | | |
|~|~9| |[[夏目漱石]]| |[[佐藤春夫]]| | | | | | | | |
|~|~10|[[尾崎紅葉]]| | | | | | | | | | | |
|~|~11| | | | | | | |[[吉川英治]]| | | | |
|~|~12| |[[直木三十五]]| | |[[武者小路実篤]]| | | | | | | |
|~|~13| | |[[高村光太郎]]| | | | | | | | | |
|~|~14| | | | | |[[川端康成]]| | | |[[正岡子規]]| | |
|~|~15| |[[井伏鱒二]]| | | | | | | | | | |
|~|~16| | | | | | | | | | | | |
|~|~17| |[[森鴎外]]&br;[[梶井基次郎]]|[[横光利一]]| | | | | | | | | |
|~|~18| | | | | | | | | | | | |
|~|~19| | | | | |[[太宰治]]| | | | | | |
|~|~20|[[徳永直]]&br;[[岩野泡鳴]]|[[志賀直哉]]&br;[[石川啄木]]| | | | | | | |[[坂口安吾]]| | |
|~|~21| | | | | | | | | |[[江戸川乱歩]]| | |
|~|~22|[[田山花袋]]|[[高浜虚子]]| | | |[[坪内逍遥]]| |[[幸田露伴]]| | | | |
|~|~23| | | | | | | |[[三好達治]]| | |[[久米正雄]]| |
|~|~24| | | | | | |[[谷崎潤一郎]]|[[若山牧水]]| | | | |
|~|~25|[[北原白秋]]&br;[[中野重治]]| |[[島崎藤村]]| | | | | | | | | |
|~|~26| | | | | | | | | |[[織田作之助]]| |[[菊池寛]]|
|~|~27| | | | | |[[小泉八雲]]| |[[宮沢賢治]]| | | | |
|~|~28| | | | | | | | | | | |[[堀辰雄]]|
|~|~29| | | |[[中原中也]]| | | | | | | | |
|~|~30| | | | | | |[[新美南吉]]|[[国木田独歩]]| | | | |
|~|~31| | | | | | | | | | | | |
|>|BGCOLOR(#ededed): |BGCOLOR(#9d1229):COLOR(white):~1|BGCOLOR(#ccc881):~2|BGCOLOR(#fdd9c1):~3|BGCOLOR(#dcae63):~4|BGCOLOR(#662e51):COLOR(white):~5|BGCOLOR(#568267):COLOR(white):~6|BGCOLOR(#dfc9be):~7|BGCOLOR(#cf6b83):COLOR(white):~8|BGCOLOR(#20335d):COLOR(white):~9|BGCOLOR(#8d86a7):COLOR(white):~10|BGCOLOR(#dc4e4c):COLOR(white):~11|BGCOLOR(#cfc3b7):~12|f

**誕生日一覧(旧暦) [#birthday2]
#region(こちらは旧暦の誕生日です。折り畳んであります。)
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|~|~|BGCOLOR(#9d1229):COLOR(white):~1|BGCOLOR(#ccc881):~2|BGCOLOR(#fdd9c1):~3|BGCOLOR(#dcae63):~4|BGCOLOR(#662e51):COLOR(white):~5|BGCOLOR(#568267):COLOR(white):~6|BGCOLOR(#dfc9be):~7|BGCOLOR(#cf6b83):COLOR(white):~8|BGCOLOR(#20335d):COLOR(white):~9|BGCOLOR(#8d86a7):COLOR(white):~10|BGCOLOR(#dc4e4c):COLOR(white):~11|BGCOLOR(#cfc3b7):~12|
|~日|~1| | | | | | | | | | | | |
|~|~2| | | | | | | | | | | | |
|~|~3| | | | | | | | | | | | |
|~|~4| | | | | | | | | | | | |
|~|~5|COLOR(firebrick):夏目漱石| | | | | | | | | | | |
|~|~6| | | | | | | | | | | | |
|~|~7| | | | | | | | | | | | |
|~|~8| | | | | | | | | | | | |
|~|~9| | | | | | | | | | | | |
|~|~10| | | | | | | | | | | | |
|~|~11| | | | | | | | | | | | |
|~|~12| | | | | | | | | | | | |
|~|~13| | | | | | | | | | | |COLOR(firebrick):田山花袋|
|~|~14| | | | | | | | | | | | |
|~|~15| | | | | | |COLOR(firebrick):国木田独歩| | | | | |
|~|~16| | | | | | | | | | | |COLOR(firebrick):尾崎紅葉|
|~|~17| |COLOR(firebrick):島崎藤村| | | | | | |COLOR(firebrick):正岡子規| | | |
|~|~18| | | | | | | | | | | | |
|~|~19|COLOR(firebrick):森鴎外| | | | | | | | | | | |
|~|~20| | | | | | | | | | | | |
|~|~21| | | | | | | | | | | | |
|~|~22| | | | |COLOR(firebrick):坪内逍遥| | | | | | | |
|~|~23| | | | | | |COLOR(firebrick):幸田露伴| | | | |COLOR(firebrick):徳田秋声|
|~|~24| | | | | | | | | | | | |
|~|~25| | | | | | | | | | | | |
|~|~26| | | | | | | | | | | | |
|~|~27| | | | | | | | | | | | |
|~|~28| | | | | | | | | | | | |
|~|~29| | | | | | | | | | | | |
|~|~30| | | | | | | | | | | | |
|~|~31| | | | | | | | | | | | |
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*コメント [#oef56326]
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TIME:"2017-12-21 (木) 01:06:50" REFERER:"http://bungo.wikiru.jp/index.php"

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