*文豪ゆかりの地 [#af8b0459]

ゲームに登場する文豪たちの記念館や碑文、作品の舞台となった地など縁のある場所を載せています。

※記念館、博物館等の展示物は展示品入れ替えなどのために変わる可能性があります。また、このページの情報は最新ではない可能性がありますので、必ずご自身で事前にご確認ください。
※施設公式サイトがある場合、リンク禁止でない限りはトップページのURLかリンクを記載して頂けると助かります。(都道府県庁か市町村役場の紹介ページのみの場合は、そのページのURLで大丈夫です)
※GoogleMapのURLも随時募集中です。
※終了済みイベントを発見しましたら[[文豪ゆかりの地・終了済み期間限定イベントログページ]]に情報を移して頂ければ幸いです。

#contents
*&color(red){期間限定}; [#gentei]
**東北地方 [#u69ba5db]
-&size(16){''[[仙台文学館>http://www.sendai-lit.jp/]]''};
〒981-0902 宮城県仙台市青葉区北根2丁目7-1([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@38.296473,140.8739533,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x5f89873e6b42f54d:0x66afb09d74609218!8m2!3d38.296473!4d140.876142]])

--[[仙台文学館ゼミナール2017>http://www.sendai-lit.jp/2310]]
深い言葉の世界を追究し、知的刺激と発見をめざす「仙台文学館ゼミナール」。
日々の暮らしのなかで文学や言葉に関心を持つ方々にむけて、成熟した読書と表現を究めるカリキュラムをお届けします。
&color(#ff0000){&size(14){''(会場はすべて仙台文学館2F講習室)''};};

■■近代文学を読み解くコース■■

□[[太宰治]]『斜陽』を読む□
―「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」― 戦後すぐのベストセラーとなった『斜陽』は太宰の代表作の一つです。
本講座では、『斜陽』で描き出された「恋と革命」や女性像について、太田静子の日記(『斜陽日記』)との比較や聖書との関わりなどいくつかの視点をたてて検討し、作品の魅力に迫ります。
日程:9/10・10/29・11/12・11/26・12/10(各日曜日・全5回)
時間:10:30〜12:00
講師:高橋秀太郎(東北工業大学准教授)
定員:80人
受講料:1回500円
''&color(#ff0000){&size(18){締切:};&size(18){8/10(木)必着};};''
テキスト:『斜陽 他一篇』(岩波文庫)
□正岡子規の「写生文」を読みなおす□
第一高等中学校の同級生であった[[夏目漱石]]と[[正岡子規]]。
漱石は子規を自らの俳句の宗匠として、句作を手紙とともに子規に送り、子規は漱石の俳句を添削批評し、自らが発行する『ホトトギス』に掲載しました。
作者と読者の立場を相互に往還する、二人のこうした文学的友情が、近代日本語の表現にどのように影響したかを、現在残された書簡や作品を通して読み解きます。
講師:小森陽一(東京大学大学院教授)
日程:9/17・10/1・11/12・11/26・12/17(各日曜日・全5回)
時間:13:30〜15:00
定員:80人
受講料:1回500円
&size(18){''&color(#ff0000){締切:8/17(木)必着};''};
テキスト:『子規と漱石 友情が育んだ写実の近代』(集英社新書)※その他必要に応じて資料を配布します。
&size(14){◇◇お申込みについて◇◇};
&size(14){■往復はがきに、住所・氏名・電話番号・ファックス番号、希望する講座を記入の上、仙台文学館にお送りください。はがき1枚につき、1人、1講座の申込みとします。複数の講座にご参加の希望の方は、それぞれにお申込みください。};
&size(14){■締切りは各講座それぞれとなっておりますので、ご注意ください。};
&size(14){■カリキュラムは、全回参加して1講座が終了するように組んでありますので、基本的に各講座とも毎回ご参加ください。};
&size(14){■申込みが定員を超える場合は抽選となります。なお余裕のある場合は締切り後も受付けますので、お問い合わせください。};
&size(14){■返信は、締切後にお送りします(先着順ではありません。)};
&size(14){''※いただいた個人情報はゼミナールに関するご連絡以外には使用しません。''};

-&size(16){''[[あきた文学資料館>https://www.apl.pref.akita.jp/]]''};
-&size(16){''[[あきた文学資料館>http://www.apl.pref.akita.jp/bungakushiryokan/]]''};
〒010-0001 秋田県秋田市中通6丁目6-10
''特別展示 明治150年 夏目漱石と秋田''
--''概要''
漱石は秋田県ゆかりの人物たちともかかわりが深い小説家です。そこで、県内に存在する漱石の直筆、作品や事跡から、本県ゆかりの人物との関係を掘り起し紹介します。
期間 平成29年5月16日(火)〜平成29年9月10日(日)(7月16日一部展示替え)
※期間中の休館日は、毎週月曜日及び8月15・16日です。 
時間 午前10時〜午後4時
入場料	無料

**関東地方 [#l9bc4255]
-&size(16){''[[前橋文学館>http://www.maebashibungakukan.jp/]]''};
[[萩原朔太郎『月に吠える』詩篇人気ランキング>http://www.maebashibungakukan.jp/vote]]
投票締め切り:2017年7月31日
『月に吠える』への想いや人気ランキングへの一言なども募集中。

-&size(16){''[[神奈川近代文学館>http://www.kanabun.or.jp/]]''};
〒231-0862 神奈川県横浜市中区山手町110([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/wPNAg3YVJMv]])
--''「生誕150年 正岡子規展 ――病牀六尺の宇宙」 開催期間:2017/3/25(土)〜5/21(日)''
★正岡子規×夏目漱石 生誕150年特別展開催記念スタンプラリー 夏目漱石、正岡子規の生誕150年を記念し、鎌倉文学館で「漱石からの手紙 漱石への手紙」、神奈川近代文学館で「正岡子規」展を開催します。各館で配布するスタンプラリー台紙をお持ちいただくと、二館目の入館料が割引に!さらに記念ポストカードをプレゼントします!
問合せ 
鎌倉文学館「漱石からの手紙 漱石への手紙」(4月22日〜7月9日):
0467-23-3911
神奈川近代文学館「正岡子規-病牀六尺の宇宙」(3月25日〜5月21日):
045-622-6666

-&size(16){''[[鎌倉文学館>http://www.kamakurabungaku.com/]]''};
〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷1-5-3([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/9xTisqqVFXo]])
[[「漱石からの手紙 漱石への手紙」>http://www.kamakurabungaku.com/exhibition/index.html]]
''開催期間:4月22日〜7月9日''
「吾輩は猫である」「こころ」などを書いた明治の文豪 [[夏目漱石]]は、手紙の名手としても知られ、手紙を書くのももらうのも好きだと、弟子宛ての手紙に綴るほどでした。
現存する手紙で一番古いものは18歳の漱石が友人へ宛てた英文の手紙の下書きで、生涯に出した手紙は全集に収録されているだけで2500通を超えます。
中でも友人や家族、弟子に宛てた手紙からは漱石の内面を窺い知ることができます。
生誕150年を迎える今年、「こころ」の舞台となった鎌倉で、漱石が出した手紙と漱石が受け取った手紙を軸にその後半生をたどり、人間 漱石の魅力をつたえる特別展を開催します。 
● 入館料	一般400(280)円 小中学生200(140)円
● 開館時間	9:00〜17:00 ※入館は16:30まで
● 休館日	月曜日(1月9日、3月20日は開館)
※年末年始(12月29日〜1月3日)
● 企画協力	中島 国彦(早稲田大学名誉教授) 
長島 裕子(早稲田大学文学学術院非常勤講師)
● 特別協力	岩波書店
★正岡子規×夏目漱石 生誕150年特別展開催記念スタンプラリー 夏目漱石、正岡子規の生誕150年を記念し、鎌倉文学館で「漱石からの手紙 漱石への手紙」、神奈川近代文学館で「正岡子規」展を開催します。各館で配布するスタンプラリー台紙をお持ちいただくと、二館目の入館料が割引に!さらに記念ポストカードをプレゼントします!
問合せ 
鎌倉文学館「漱石からの手紙 漱石への手紙」(4月22日〜7月9日):
0467-23-3911
神奈川近代文学館「正岡子規-病牀六尺の宇宙」(3月25日〜5月21日):
045-622-6666
--同時開催
・ミニ特集 生誕110年 中原中也

**中部地方 [#f4a4a8de]
-&size(16){''[[ほんぽーと新潟市立中央図書館>http://www.niigatacitylib.jp/]]''};
〒950-0084 新潟県新潟市中央区明石2-1-10
--[[★北原白秋とにいがた展★>http://www.niigatacitylib.jp/?page_id=279]]
【展示期間 平成29年3月2日(木曜)〜6月27日(火曜)】
[[北原白秋]]の新潟来港から95年。
童謡「砂山」は大正11年の新潟での講演が縁となり作詞されました。
そして3代目萬代橋開通を記念して作られた「新潟小唄」、その歌詞の一部抄と題された自筆原稿「流氷」を中心に、新潟とのかかわりのある資料を紹介しています。
※自筆原稿展示期間:3月2日(木曜)〜3月9日(木曜)
 (以降は複製を展示) 
開館時間:月曜〜土曜 午前10時〜午後8時
     日曜・祝日 午前10時〜午後5時
休館日:第1水曜・第2金曜(5/3は開館)
入館料は無料ですが駐車場代は有料です。
30分まで無料、その後30分ごとに100円。

**近畿地方 [#i76d0fab]

-&size(16){''[[アサヒビール大山崎山荘美術館>URL:http://www.asahibeer-oyamazaki.com/]]''};
〒618-0071 京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3
--「[[生誕150年記念 漱石と京都−花咲く大山崎山荘>http://www.asahibeer-oyamazaki.com/tokubetu/33767/]]」
会期:2017年3月18日(土)−2017年5月28日(日) 
開館時間:午前10時〜午後5時 ※最終入館は午後4時30分まで
休館日:月曜   
    5月1日(月)は開館
    ※祝日の場合は翌火曜日休館
アクセス:JR京都線「山崎駅」、阪急京都線「大山崎駅」より徒歩10分
     駐車場なし
--''展示概要''
2017年は文豪 [[夏目漱石]](1867−1916)の生誕150年にあたります。
漱石は、生涯で4度京都を訪れており、その経験をもとに『虞美人草』(1907年)を著すなど、京都は漱石にとってさまざまな思い入れのある地でした。
1915年の4回目となる京都滞在中、漱石は関西の実業家 加賀正太郎(1888−1954)の熱心な招待に応え、大山崎に建設中であった加賀の山荘を訪ねました。
若さあふれる20代の加賀は、大胆にも文豪の漱石に山荘の命名を依頼し、漱石は快く引き受けます。
後日、帰京した漱石が加賀に宛てた書簡には、工事の進捗を気遣う内容や、創案した14もの呼称案を書き記しています。
加賀に書簡を送った翌年に漱石は没し、翌々年の1917年に山荘は竣工しました(第一期工事)。
漱石によるこの書簡は長らく所在が明らかではありませんでしたが、このたび確認され、漱石生誕150年そして大山崎山荘第一期工事竣工から100年目を迎えるこの記念すべき年に、当館で所蔵することとなりました。
本展では、漱石が加賀に宛てた書簡を当館で初めて一般に公開するほか、漱石の日記や、ともに山荘を訪れた画家 津田青楓(1880-1978)らの作品も紹介し、漱石最後の京都滞在に迫ります。
さらに、加賀正太郎が情熱を注ぎこの地で栽培した蘭を、後年図譜にまとめた『蘭花譜』も展示することで、大山崎山荘にまつわるさまざまな歴史を紐解きます。
&color(#ff0000){''※会期中展示替え有''};

-[期間中イベント]
「先生5度目の京都訪問が実現!! ―漱石アンドロイドが大山崎山荘へ―」
日程:2017年4月14日(金), 15日(土), 16日(日)
   ''※事前申し込み不要''

(以上、サイト内特設ページより引用)


**中国地方 [#vdb133db]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**四国地方 [#z624d6e2]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**九州地方 [#zb7cfda2]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**沖縄地方 [#y1de9408]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**毎年開催 [#l9bc4255]
#region(クリックで開きます)
-&size(16){''尾崎紅葉祭・紅葉筆塚祭(静岡県熱海市)''};
開催期間:毎年1月17日
--2018年の第75回目は市制80周年事業として「尾崎紅葉150年祭」が予定されている。
--当日スケジュールを[[熱海市観光協会 公式観光サイト「あたみニュース」>https://www.ataminews.gr.jp/]]の尾崎紅葉祭イベントページで確認可能。

-&size(16){''菊池寛忌''};
菊池寛忌([[菊池寛]]の命日)を含む期間(3/4〜12)、菊池寛アニバーサリー・イベントが開催されます。
詳細は詳細は[[菊池寛記念館>http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kyouiku/bunkabu/kikuti/kantop.html]]と[[高松市菊池寛アニバーサリーページ>http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/3674.html]]をご覧下さい。

#endregion

・終了した期間限定イベント情報は[[文豪ゆかりの地・終了済み期間限定イベントログページ]]に集約しました。

////////////////////ここまで期間限定////////////////////

*北海道地方 [#x1311917]

&size(16){''北海道''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''市立小樽文学館''};
〒047-0031 北海道小樽市 色内1丁目9番5号([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/3bYMMUwbwi92]])
--''概要''
函館に次いで古くから開かれた港町、北海道経済の窓口としてかつては盛況を誇った小樽。
経済的繁栄を背景に花開いた文学者たちの歩みを後世に伝える文学館。
[[小林多喜二]]、[[石川啄木]]、伊藤整などの書簡、色紙、初版本などが展示されている。
--''常設展に作品がある文豪''
[[小林多喜二]]、[[石川啄木]]

-&size(16){''土方・啄木浪漫館''};
〒040-0022 北海道函館市日乃出町25-4([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/mrGCYwUerhx]])
--''概要''
啄木小公園に隣接している。
函館に縁の深い土方歳三と[[石川啄木]]に関する「哀愁テーマパーク」と銘打った施設。
石川啄木函館記念館はその2階にある。
資料展示室には歌集『一握の砂』初版本や『悲しき玩具』のフランス装丁版などが展示されている。
展示室奥には約100名収容できる「浪漫シアター」があり、明治40年の弥生尋常小学校(現・函館市立弥生小学校)の教室をイメージしたつくりとなっている。
そこには石川啄木の精巧なハイテクロボットがおり、代用教員として務めていた石川啄木が歌を詠んだり、生徒や来館者に話かけたりしながら授業を進めていく。
1階にある浪漫食堂では「オリジナル 啄木カレー」や「啄木参食膳」などが食べられる。

-&size(16){''有島記念館''};
〒048-1531 北海道虻田郡 ニセコ町有島57番地
TEL (0136)44-3245 FAX (0136)55-8484
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後 4時30分まで)
・休 館 日:毎週月曜日及び年末年始
※ただし5月から9月は無休(月曜日が、祝祭日及びその振替休日の時はその翌日)
入 館 料 :500円(団体10名以上:400円) 高校生:100円 ※中学生以下および65歳以上のニセコ町民は無料
--''概要''
「カインの末裔」「生れ出づる悩み」「或る女」などで知られる大正期の作家・[[有島武郎]]の人と作品、武郎が所有した農場の足跡を紹介しています

#endregion

#region(お墓)
-&size(16){''奥沢墓地''};
〒047-0013 北海道小樽市奥沢5丁目130/市立天神小学校南
--''概要''
[[小林多喜二]]の墓所。毎年命日には多くの参拝者が訪れる。

-&size(16){''石川啄木一族の墓''};
〒040-0045 北海道函館市住吉町15([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/pRbs4257guD2]])
--''概要''
立待岬の少し北側に一族の墓がある。近くには与謝野寛・晶子の歌碑([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/5argaLkn7bQ2]])もある。
#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
--''概要''
北海道内には40ヶ所以上[[石川啄木]]の歌碑がある。

-&size(16){''小林多喜二旧居跡''};
JR函館本線「小樽築港」駅南
--''概要''
明治末期に秋田から移住してきた際に、この場所で家族が小さなパン屋を営んでいた。その時出来た港が「小樽築港」。
碑文には住んでいた頃のエピソードが詳しく書かれている。
近所にはタコ部屋(戦前の北海道で、労働者をかなりの期間身体的に拘束して行われた非人間的環境下における過酷な肉体労働を「タコ部屋労働」と言った) があり、虐待に耐えかねた労働者が逃げ込んできたこともあったとの事。

-&size(16){''幸田露伴句碑''};
--''概要''
〒046-0021 北海道余市郡余市町浜中町238 北海道中央水産試験場敷地内
幸田露伴は、電信技手として余市に赴任、2年余を過ごした後、上京し作家生活に入った。
句碑には露伴の筆跡で自身の句「塩鮭のあ機と風吹く寒さかな(からざけのあぎとかぜふくさむさかな)」が刻まれている。

-&size(16){''小林多喜二文学碑''};
〒047-0033 北海道小樽市富岡旭展望台
アクセス:小樽駅からバスで15分。バス「小樽商大線」・「商業高校前」下車  徒歩25分
--''概要''
[[小林多喜二]]は4歳のとき小樽に渡り、昭和5年まで住んだ。
見開き本の形をした碑で、友人に宛た手紙の一部が碑文として刻まれている。

#endregion

#region(その他)
-&size(16){''啄木小公園''};
〒040-0022 北海道函館市日乃出町25([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/dSuG8B8ogsN2]])
--''概要''
公園内に石川啄木座像があり、青年時代に啄木の詩に触れ感銘を受けた彫刻家・本郷新が53歳の時に制作した作品。
台座には「潮かおる北の浜辺の砂山のかの浜薔薇(はまなす)よ今年も咲けるや」の歌が刻まれており、啄木の石膏原型は函館市文学館2階に展示されている。
隣接地には土方・啄木浪漫館もある。
#endregion

////////////////////ここまで北海道地方////////////////////

*東北地方 [#ac56e45e]

&size(16){''青森県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''太宰治記念館「斜陽館」''};
〒037-0202 青森県五所川原市金木町朝日山412-1([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/P9BwKCtb64y]])
--''概要''
[[太宰治]]の生家。太宰の父、津島源右衛門によって建てられた豪邸。
建物は国の重要文化財建造物に指定されており、明治期の木造建築物としても貴重である。
現在は太宰治の記念館となっており、太宰が生前着用していたマントや執筆用具、直筆原稿、書簡、初版本や外国語の翻訳本などが展示されている。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
--''概要''
青森県内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。
#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''岩手県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''石川啄木記念館''};
〒028-4132 岩手県盛岡市渋民字渋民9([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/LH1D1pcQ3nm]])
--''概要''
[[石川啄木]]の故郷渋民に、彼の生誕100年を記念して建てられた記念館。
啄木文学の原点から終焉まで啄木の人生を紹介している。
啄木の直筆書簡、ノート、日誌などが展示されている。
敷地内には啄木が代用教員を務めた旧渋民尋常高等小学校や一家が間借りした旧齊藤家が移築されている。

-&size(16){''高村光太郎記念館''};
〒025-0037 岩手県花巻市太田第3地割85番地1
--''概要''
[[高村光太郎]]が花巻で過ごした7年の間に遺した様々な資料を展示している。
代表作である「手」や「乙女の像・中型試作」などの彫刻を見ることができる。
光太郎の旧居、高村山荘と隣接している。

-&size(16){''宮沢賢治イーハトーブ館''};
〒025-0014 岩手県花巻市高松1-1-1
--''概要''
[[宮沢賢治]]に関する数多くの図書や研究論文のほか、様々なジャンルの芸術作品を収集・整理・公開している。
アニメーションの上映や企画展も行っている。
また、「宮沢賢治学会イーハトーブセンター」の本部が置かれている。

-&size(16){''宮沢賢治記念館''};
岩手県花巻市矢沢第1地割1番地36
--''概要''
[[宮沢賢治]]ゆかりの地に建てられた記念館。
スクリーン映像や関係資料を5分野に分類し、解説と作品に至る創作過程、最新の研究成果などを紹介している。
喫茶コーナーでは、地元のりんごを使った果汁100%(無添加)のりんごジュースが飲める。

-&size(16){''宮沢賢治童話村''};
〒025-0014 岩手県花巻市高松26-19
--''概要''
賢治童話の世界で楽しく遊ぶ「楽習」施設。
「銀河ステーション」、「天空の広場」、「賢治の教室」、「妖精の小径」、「ふくろうの小径」、「山野草園」、「賢治の学校」がある。
また、ログハウス展示施設「賢治の教室」では、童話に登場する植物や動物、星、鳥、石に関する展示を行っている。

-&size(16){''小岩井農場まきば園''};
〒020-0507 岩手県岩手郡雫石町丸谷地36-1
--''概要''
宮沢賢治は中学校の遠足の帰り道に小岩井農場を訪れ、以後たびたび通っていたそう。
賢治が生前発行した心象スケッチ『春と修羅』・イーハトヴ童話『注⽂の多い料理店』には小岩井農場を舞台とした作品(「⼩岩井農場」・「狼森と笊森、盗森」)が収録されている。(公式サイトの紹介を要約)
農場内の小岩井農場資料館には宮沢賢治とのかかわりに関する展示が行われている。
併設レストランや園内のフードワゴンで生乳ソフトクリームやジンギスカンが食べられたり、日によっては乗馬や羊の毛刈りショーなども楽しめる。また、乳業工場(4/21まで冬期休業中)では新鮮な牛乳の試飲も可能。
&color(#ff0000){''※冬期(11/19〜3/18)まで資料館は休業中。また、時期により営業時間に変動があるので、出発前に公式サイトにて営業時間要確認。''};

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''啄木歌碑''};
--''概要''
岩手県内には60ヶ所以上[[石川啄木]]の歌碑がある。
石川啄木記念館の近くにも1つある。([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/nTwpSwijNbv]])
盛岡市馬場町の下橋中学校校門前には「石川啄木・若山牧水友情の歌碑」もある。
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''高村山荘''};
岩手県花巻市太田3-236-2(高村山荘総合案内所)([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92025-0037+%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C%E8%8A%B1%E5%B7%BB%E5%B8%82%E5%A4%AA%E7%94%B0%E7%AC%AC%EF%BC%93%E5%9C%B0%E5%89%B2%EF%BC%99%EF%BC%91%E2%88%92%EF%BC%93+%E9%AB%98%E6%9D%91%E5%B1%B1%E8%8D%98%E7%B7%8F%E5%90%88%E6%A1%88%E5%86%85%E6%89%80/@39.3873079,141.0034368,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x5f8f6620edb4d213:0x84552db727703061!8m2!3d39.3873139!4d141.0056197]])
--''概要''
[[高村光太郎]]の旧居。
東京の自宅兼アトリエを空襲で失った光太郎は、花巻に疎開してきた。
内部は光太郎が生活した当時のまま保存されている。
#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''宮城県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
--''概要''
宮城県内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。
//数が多いので省略
//---東北本線 船岡駅のホームに歌集『一握の砂』の中の一首「汽車の窓 はるかに北にふるさとの山見え来れば 襟を正すも」が彫られている。
//駅構内の一角に「石川啄木と船岡の人びと」の展示があり、歌碑の拓本も飾られている。
//---宮城県石巻市日和が丘2丁目地内にある日和山公園の歌碑に「砕けては またかへしくる大波のゆくらゆくらに胸おどる洋」と彫られている。
//啄木が盛岡中学校5年生の時に就学旅行で石巻を訪れ、長浜海岸を詠んだ二首のうちの一首。

-&size(16){''初恋通り「島崎藤村 青春の地」碑''};
--''概要''
初恋通りの入り口にある小ぶりの碑。
付近の宮城野橋(通称:X橋)の欄干石柱を再利用して作られており、[[島崎藤村]]の「初恋」より「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」が刻まれている。

-&size(16){''島崎藤村「若菜集」碑''};
--''概要''
初恋通りを少し入った所にある小ぶりの碑。
付近の宮城野橋(通称:X橋)の欄干石柱を再利用して作られており、[[島崎藤村]]の「初恋」より「わがこころ なきためいきの その髪の毛にかかるとき 楽しき恋の盃を 君が情けに酌みしかな」が刻まれている。

-&size(16){''日本近代詩発祥の地 名掛丁・藤村下宿『三浦屋』跡''};
--''概要''
初恋通り沿いにある藤村広場建設に合わせて設置された碑文。
「若菜集」の表紙図柄と「ここ三浦屋にありて 若き島崎藤村 日本近代詩の夜明けをつげる『若菜集』を生む」という文言が彫り込まれている。

-&size(16){''詩碑「草枕」''};
--''概要''
平成19年9月2日に青葉城跡より藤村広場に移設された碑文。
[[島崎藤村]]の直筆による若菜集『草枕』が彫り込まれている。
昭和12年、青葉城跡にあったこの碑を[[島崎藤村]]が訪ねている。

-&size(16){''詩碑「潮音」''};
--''概要''
日本近代詩発祥の地碑の近くにある小ぶりの碑。
付近の宮城野橋(通称:X橋)の欄干石柱を再利用して作られており、[[島崎藤村]]の「潮音」が彫られている。

-&size(16){''荒浜の春の潮騒の記念碑''};
--''概要''
もとは仙台市若林区荒浜地区の個人宅敷地内にあったが、東日本大震災の津波被害によって同地区が荒廃し放置されていた為に平成27年8月に藤村広場に移設。
詩碑「潮音」よりやや大きめのどっしりとした碑で、失恋の痛手から関西方面をさまよった[[島崎藤村]]が、荒浜を見て「初めて大洋を望んだ」と感動した思いを詠んだ「潮音」が刻まれている。
津波によって詩碑の一部が損傷しており、藤村の詩の情緒と共に津波の激しさを伝えている。

#endregion
#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[仙台文学館>http://www.sendai-lit.jp/]]''};
〒981-0902 宮城県仙台市青葉区北根2丁目7-1([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@38.296473,140.8739533,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x5f89873e6b42f54d:0x66afb09d74609218!8m2!3d38.296473!4d140.876142]])
--''概要''
平成11年3月開館。初代館長・井上ひさしを始め、[[島崎藤村]]ら仙台市並びに宮城県にゆかりある近代文学関連資料の収集・展示を行っている。
情報・交流コーナーやこどもの本の部屋の利用は無料だが、&color(#ff0000){''常設展・特別展・企画展の観覧および講習室の使用は有料なので注意''};。
但し「仙台文学館友の会」、仙台都市圏「どこでもパスポート」および石巻圏「ゆうゆうパスポート」の会員などは無料観覧可能。
館内喫茶「杜の小径(こみち)」の特別メニューは、担当者が作者或いは作品ゆかりの地を訪れ、その時々の企画展に合わせて考案している。
//地下鉄で行くと遠いので、バス移動推奨。

・宮城交通
└旧仙台ホテル前の20、21、22、23番のりばから、高速バスおよび急行バスを除く宮城学院前・宮城大学・虹の丘団地・北根三丁目・松陵ニュータウン・向陽台団地・明石台団地・鶴が丘ニュータウン・富谷営業所などが行き先となっている系統のバスに乗車。

・仙台市営バス
└旧仙台ホテル前 (仙台駅西口)23番のりばから地下鉄八乙女駅行きに乗車。 
#endregion

#region(その他)
-&size(16){''初恋通り''};([[Googleマップ>https://tools.wmflabs.org/wp-world/googlmaps-proxy.php?page=https:%2F%2Ftools.wmflabs.org%2Fkmlexport%3Farticle%3Dja:%25E5%2588%259D%25E6%2581%258B%25E9%2580%259A%25E3%2582%258A&output=classic]])
--''概要''
仙台駅東口駅前広場に北接するBiVi仙台駅東口および仙台駅東口交番(宮城県警・仙台東警察署管轄)の間にある、[[島崎藤村]]の「若菜集」の代表作「初恋」に因んで付けられた歩行者専用道路。藤村広場すぐそばにある鹽竈神社および三吉神社の表参道も兼ねている。
この通りを真っ直ぐに行き左に曲がると藤村広場がある。
-&size(16){''藤村広場''};
--''概要''
初恋通りを直進して西側(名掛丁鹽竈神社の対面)にある広場で、明治29年に[[島崎藤村]]が仙台にて英語教師をしていた時に下宿した三浦屋旅館の跡地の一部。
往時を偲ばせる面影は無いものの「若菜集」の表紙の揚羽蝶をカラーブロックを用いて描いた絵が足下に広がっており、周囲には「日本近代詩発祥の地 名掛丁・藤村下宿『三浦屋』跡」などの藤村にまつわる碑文がある。

-&size(16){''名掛丁鹽竈神社(なかけちょうしおがまじんじゃ)''};
--''概要''
宮城県塩竈市にある鹽竈神社の分祀社。
初恋通り沿いにある神社で、仙台駅東第二土地区画整理事業により[[島崎藤村]]が下宿していた三浦屋旅館跡地に遷座した。
境内には平成6年に名掛丁東名青年部が三浦屋跡地に建てた看板が移設されている。

#endregion

&size(16){''秋田県''};

#region(碑文)
-&size(16){''小林多喜二誕生の石碑''};
〒017-0878 秋田県大館市隼人岱116
--''概要''
[[小林多喜二]]は大館市下川沿の小作農家に生まれた。生家は現在、下川沿駅になっている。
獄死した多喜二を地元の人が偲んで建てられたもの。
下川沿駅すぐそこ。
#endregion

#region(その他)
-&size(16){''小林多喜二コーナー 小林多喜二文庫''};
〒017-0878 秋田県大館市川口字隼人岱108-55 大館市役所下川沿公民館出張所
開館時間 9時〜22時 入場料無料
休館日	祝日・年末年始(12月29日〜1月3日)
JR奥羽本線 下川沿駅から5分〜10分
写真撮影OK。予約不要。

#endregion

&size(16){''山形県''};
////////////////////////////////////////////////////////////
&size(16){''福島県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒969-6274 福島県大沼郡会津美里町雀林三番山下3554 法用寺境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/uiJXfHyr4pt]])
--''概要''
観音堂と三重塔の間に[[石川啄木]]の歌碑が2基ある。
歌集『一握の砂』の中の一篇「忘れがたき人人」の中から「敵として憎みし友と やや長く手をば握りき わかれといふに」「あらそひて いたく憎みて別れたる 友をなつかしく思ふ日も来ぬ」が彫られている。
啄木が小樽日報に勤めていた時の先輩である中野(旧小林)寅吉は会津美里町(旧会津高田町)雀林出身で、晩年法用寺の住職を務めていた。
そのような関係から、啄木生誕100年を記念して昭和60年に会津啄木会が歌碑を建立した。
#endregion

////////////////////ここまで東北地方////////////////////

*関東地方 [#uf43c528]

&size(16){''茨城県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒319-1221 茨城県日立市大甕町4丁目 古房地公園([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/EUDCTWYoSKn]])
--''概要''
古房地公園内の灯台のすぐ右脇にある松の大木の下に[[石川啄木]]の歌碑がある。
歌集『一握の砂』の中の一首「何事も 思ふことなく いそがしく 暮らせし一日を 忘れじと思ふ」が彫られている。
大甕駅前に1982(昭和57)年、日立港ロータリークラブが創立5周年記念事業として建て、1997(平成9)年に大甕駅前から移された。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''栃木県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒327-0015 栃木県佐野市金井上町2233 惣宗寺境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/m351eF3mjZo]])
--''概要''
栃木県佐野市の通称「厄除け大師」境内にある碑は、足尾銅山の公害問題を詠んだ歌が彫られている。
佐野市郷土の英雄、田中正造衆議院議員の活動に関連した歌を啄木の歌の中から探し出したもの。

#endregion

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&size(16){''群馬県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''田山花袋記念文学館''};
〒374-0018 群馬県館林市城町1-3
--''概要''
[[田山花袋]]生誕の地館林市に建てられた記念館。
初版本、書簡、日記、愛用品などが展示されている。
また、[[島崎藤村]]や[[国木田独歩]]などとの交友関係なども垣間見ることができる。
毎月第1日曜日(午後2時から)に展示解説会を行っている。

-&size(16){''萩原朔太郎記念館''};
&color(red){※平成29年4月の前橋文学館前への移築準備のため、現在公開を中止している。};

-&size(16){''前橋文学館''};
〒371-0022 群馬県前橋市千代田町三丁目12-10([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/pCvinviXhAE2]])
--''概要''
多くの詩人を輩出した前橋は「近代詩のふるさと」と言われており、前橋市出身の詩人を中心に展示している。
特に、[[萩原朔太郎]]関連資料は全国一の質と量を誇る。
朔太郎展示室があり、ノート、自筆原稿、書簡、著書、愛蔵品などが展示されている。
他に[[室生犀星]]や[[北原白秋]]のコーナーもある。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''志賀直哉文学碑''};
〒371-0101 群馬県前橋市富士見町赤城山4-2 赤城神社境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/afU4hhAfqn32]])
--''概要''
小説『焚火』の末尾「舟に乗った。蕨取りの焚火はもう消えかゝって居た。舟は小鳥島を廻って、神社の森の方へ静かに滑って行った。梟の聲が段々遠くなった。」が彫られている。
赤城山大沼は[[志賀直哉]]が大正4年の夏に実父との不和から神経を痛めた妻の健康を取り戻すために過ごした場所である。
最初は猪谷旅館に泊っていたが、夏場は客で混雑すると聞いて赤城山大洞に山小屋を建ててもらって同年5月から9月まで康子夫人と住んだそう。
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''田山花袋旧居''};
〒374-0018 群馬県館林市城町2-3
--''概要''
[[田山花袋]]が7歳から14歳までおよそ8年間を過ごした家。
館林の思い出を書き綴った作品『ふる郷』の中にこの家のことを書いている。

#endregion

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&size(16){''埼玉県''};

#region(その他)
-&size(16){''中院''};
〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町5-15-1([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/mG76Hhw4PTt]])
--''概要''
正式名称は「星野山無量寿寺中院」。
[[島崎藤村]]は川越によく足を運んでおり、小説『夜明け前』の第1部・第2部には度々「川越」が登場する。(主人公「青山半蔵」の生まれが川越)
ここには藤村の義母・加藤みきの墓があり、義母と仲の良かった藤村は度々訪れていた。
墓石に書かれている戒名「蓮月不染之墓」は、藤村の直筆であると言われている。
また、茶道の師であった義母に藤村が贈った茶室「不染亭」があり、茶室前には藤村書の「不染の碑」もある。
茶室「不染亭」は、桜の季節に一週間だけ「SAKURA CAFE 川越中院」として開放されるそう。
中では藤村愛用の長火鉢や藤村が書いた掛け軸なども見ることができる。

#endregion

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&size(16){''千葉県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''白樺文学館''};
〒270-1153 千葉県我孫子市緑2-11-8([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/ncTuC6EjmHB2]])
--''概要''
白樺派([[志賀直哉]]、[[武者小路実篤]]など)の活動を広く次代に伝えるため、建設された記念館。
小説『暗夜行路』の原稿や初版本、書簡などが展示されており、雑誌『白樺』復刻版や白樺派関係書籍の閲覧もできる。
ゲームに出てくる文豪の書簡では、志賀直哉の小林多喜二宛、夏目漱石の志賀直哉宛、武者小路実篤の谷崎潤一郎宛などが主な所蔵品にある。
バーナード・リーチや浜田庄司など柳宗悦の民芸運動とかかわりのある陶磁器作品も展示されている。
また、2階の和室の窓からは志賀直哉邸跡を見ることができる。
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''志賀直哉邸跡''};
〒270-1153 千葉県我孫子市 緑2丁目7([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/Ddu444hJjam]])
--''概要''
我孫子に住んでいた柳宗悦に勧められ、[[志賀直哉]]は1915年(大正4)9月、赤城山大洞での滞在から移転。この時32歳。
転居23回の中で志賀直哉は我孫子の旧居について「次が我孫子でここには七年半も居りました。あそこへ行って翌年、もう厭になり、京都に引越したいと思ったほどでしたが、武者が少し胸が悪いと医者に云われたというので、少し離れた根戸という所へ、僕が千何百坪という地所を買って持っていたので、そこへ武者は家を建てたのでした。僕としても武者に勧めで招んでおいて、自分だけ引上げるわけにも行かず、それに前から柳も居たし、リーチもその間に来て、僕も落ちついて了い、到頭僕が、最後まで残って了いました。」と述べている。
白樺文学館に寄ることがあれば一緒に立ち寄ってはいかがだろうか。
ちなみに1923年(大正12)3月には京都市上京区粟田口に転居した。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''大黒家''};
〒272-0021 千葉県市川市八幡3-26-5([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/eXbhYzqsUEK2]])
--''概要''
[[永井荷風]]が愛したというカツ丼を出す店。
荷風の日記「断腸亭日乗」にもこの店のことが書かれており、荷風は大黒家へ行くと決まって「カツ丼並」と「上新香」、「日本酒一合」を注文していた。
店が休みでも荷風が来ればカツ丼を作って出し、死の前日にも大黒家へ行き、いつも通りにカツ丼を頂いたそう。
定休日は第一木曜日。

#endregion

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&size(16){''東京都''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''新宿区立漱石山房記念館''};
&color(red){※平成29年9月に開館予定};
〒162-0043 東京都新宿区早稲田南町7
--''概要''
漱石が晩年の9年間を過ごし、数々の名作を世に送り出した「漱石山房」のあった地。
「漱石山房」の一部を再現、常設展のほか、企画展や講座・イベントを開催予定。
漱石の著作や関連する本を読みながら、ゆったりと過ごせる図書室やカフェも設置予定。

-&size(16){''田端文士村記念館''};
〒114-0014 東京都北区田端6-1-2([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/HHkj5AHh5RG2]])
--''概要''
田端で活躍した文士や芸術家関連の資料を展示している。
田端に集まった主な文士…[[芥川龍之介]]、[[室生犀星]]、[[萩原朔太郎]]、[[菊池寛]]、[[堀辰雄]]、[[中野重治]]など
彼らの作品、原稿、書簡等の資料などを展示している。
また、芥川龍之介が田端で暮らした家を約1/30のスケールで復元した模型も展示している。

-&size(16){''調布市武者小路実篤記念館''};
〒182-0003 東京都調布市若葉町1−8−30
--''概要''
[[武者小路実篤]]が1955(昭和30)年から1976(昭和51)年まで、晩年の20年間を過ごした邸宅(現:実篤公園)の隣接地に建てられた記念館。
実篤の本、絵、書、原稿や手紙、実篤が集めていた美術品などを所蔵している。
様々なテーマの展覧会をほぼ5週間ごとに開催している。
閲覧室では、実篤の本や実篤が好きだった画家の画集、友人の[[志賀直哉]]や岸田劉生らの本、雑誌『白樺』などを読むことができる。
&color(red){※平成28年11月8日から平成29年3月17日まで空調設備改修工事のため休館中。隣接する実篤公園は通常通り利用可。};

-&size(16){''文京区立森鴎外記念館''};
〒113-0022 東京都文京区千駄木1-23-4([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/H24s3rshuqq]])
--''概要''
[[森鴎外]]がその半生を過ごした地、文京区千駄木に建てられた記念館。
鴎外の旧居「観潮楼」の跡に建っている。鴎外は、1892(明治25)年から亡くなる1922(大正11)年までこの地で過ごした。
原稿、書簡、遺品などが展示されている。
図書室では、鴎外の著作や研究資料を閲覧することができる。
敷地内に鴎外が座り、[[幸田露伴]]・斉藤緑雨と共に写真を撮った「三人冗語の石」が残っている。また、観潮楼正門の門柱跡が残っている。
庭園内には、鴎外が「観潮楼」で親しんでいたといわれる草花が植えられている。

-&size(16){''吉川英治記念館''};
〒198-0064 東京都青梅市柚木町1-101-1
--''概要''
青梅の[[吉川英治]]旧邸敷地内に建てられた記念館。建物は当時の物が残っている。
作品の原稿やゲラ、挿絵、初版本などの他、数多く書き残した書画類を展示している。
毎年9月7日の命日には普段は入れない母屋の一部を公開している。

-&size(16){''太宰治文学サロン''};
〒181-0013 東京都三鷹市下連雀3-16-14 グランジャルダン三鷹1階
電話/ファックス 0422-26-9150
【開館時間】午前10時〜午後5時30分 入館無料
【休館日】月曜日、年末年始(12月29日〜1月4日)※ただし、月曜日が休日の場合は開館し、その翌日と翌々日休館
--''概要''
太宰治は、38歳という短い生涯の中で昭和14年9月より三鷹の下連雀に家族とともに移り住み、疎開期間を除いて約7年半を過ごしていた。太宰治の創作活動の拠点となった地。
平成20(2008)年の歿後60年と翌年の生誕100年を記念して、太宰が通い「十二月八日」に登場する、伊勢元酒店の跡地に平成20年3月に開設されました。館内では定期的に企画展示を開催し、直筆原稿の複製や初版本、初出雑誌など様々な貴重な資料を公開している。
また、サロンにはガイドボランティアが午前10時30分〜午後4時30分の間に常駐し、太宰の足跡や三鷹について展示ガイドを行っている。
さらに、土・日・休日は、要望に応じて三鷹駅周辺の太宰ゆかりの場所へ案内している。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''芥川龍之介生誕の地の記念碑''};
--''概要''
東京都両国に芥川龍之介生誕の地の記念碑がある。
芥川龍之介文学碑も近くにある(歩いて行ける距離)ので一緒に訪ねるといいだろう。

-&size(16){''芥川龍之介文学碑''};
〒130-0026 東京都墨田区両国4丁目26−6
--''概要''
墨田区両国にある両国小学校の脇に[[芥川龍之介]]の文学碑がある。(両国小学校の脇)
芥川はここの卒業生である。
碑文には『杜子春』の一節が刻まれている。

-&size(16){''石川啄木歌碑''};
--''概要''
東京都内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。
JR上野駅15番ホームと16番ホームの間に『一握の砂』の中の短歌の歌碑がある。
平成27年3月22日、文京区の石川啄木終焉の地の隣接地に「石川啄木終焉の地歌碑」及び「石川啄木顕彰室」(高齢者施設内)を設置。([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/SHXhrno5puN2]])
歌碑には啄木最後の歌とされる、第二詩集『悲しき玩具』冒頭の二首が書かれている。
#endregion

#region(お墓)
-&size(16){''雑司ヶ谷霊園''};
〒171-0022 東京都豊島区南池袋4-25-1
--''概要''
多くの著名人が眠る墓地。
ここには[[泉鏡花]]、[[夏目漱石]]、[[永井荷風]]が眠る。

-&size(16){''多磨霊園''};
〒183-0002 東京都府中市多磨町4-628
--''概要''
多くの著名人が眠る墓地。
ここには[[田山花袋]]、[[北原白秋]]、[[江戸川乱歩]]、[[横光利一]]、[[堀辰雄]]、[[中島敦]]、[[吉川英治]]、[[菊池寛]]が眠る。

-&size(16){''青山霊園''};
〒107-0062 東京都港区南青山2−32−2
--''概要''
多くの著名人が眠る墓地。
ここには[[志賀直哉]]、[[有島武郎]]、[[尾崎紅葉]]、[[国木田独歩]]が眠る

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''芥川龍之介旧宅跡''};
--''概要''
田端駅南口より歩いて5、6分のところ。
道順は田端文士村記念館でもらえるパンフレットに載っているマップやHPの田端文士村散策マップを参考にすると分かりやすいかもしれない。
芥川龍之介旧宅などの史跡は残っていないが、芥川龍之介旧宅跡の説明板がある。

-&size(16){''尾崎紅葉旧居跡''};
〒162-0831 東京都新宿区横寺町47 第二いしばしハイツ([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/mN6FjegHo2T2]])
--''概要''
都営地下鉄大江戸線 牛込神楽坂駅から徒歩5分。
尾崎紅葉がこの地に住んだのは、明治24年2月、25歳の時から。
紅葉が当時盛んになってきた言文一致の文章を用いだしたのが小説『二人女房』(同年8月 - )からであるから、紅葉なりの新しい文体は牛込移住と並行して始まったといえる。
明治36年10月30日この地に没した。
紅葉の家は鳥居家となっているが、紅葉がふすまの下張りにした俳句が二枚残っており、それは「初冬やひげそりたてのをとこぶり十千万はしたもののいはひ過ぎたる雑煮かな十千万堂紅葉」というもの。
十千万堂とは、緑山・半可通人などとともに紅葉が用いた号。
現地には説明板がある。

-&size(16){''旧江戸川乱歩邸(大衆文化研究センター)''};
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1 立教大学キャンパス内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/urCY3iiach12]])
--''概要''
[[江戸川乱歩]]は46回の引っ越しの末に昭和9年(1934年)にこの地に引っ越してきたのだという。
立教大学は2002年に「創立130年事業」の一環として、不動産を買い上げた。
乱歩がこの家を借りることにした決め手は土蔵があること。いわゆる「幻影城」と呼ばれるもの。
土蔵は邸宅の裏にあり、乱歩の膨大な数の書籍が収められている。
一般公開はされているが中に入ることはできず、ガラス越しに見ることができる。
邸宅は玄関、応接間を見ることができる。レイアウトは乱歩自身だそう。
こちらも中に入ることができないが、旧乱歩邸ではガイドブック(500円)が販売されている。
内部の写真は旧江戸川乱歩邸のサイトでも見ることができるので、関心のある方は検索してみてはどうだろう。
開室日は月・水・金曜日だが、一般公開は祝祭日を除く水・金のみ(10:30〜16:00)
*公開日の見学は予約不要
*資料閲覧(立教大学OPACから検索が可能)には事前予約が必要

-&size(16){''徳田秋声旧宅''};
〒113-0033 東京都文京区本郷6-6-9
--''概要''
自然主義文学の巨匠、[[徳田秋声]](1871〜1943)の旧宅。
金沢から上京後、現在の文京区内で居を代えたが、明治38年から没するまでこの地に住んだ。
『新所帯』『黴』『あらくれ』など数多くの名作を生み出した。(文京区HPより引用)
【アクセス】
東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「本郷3丁目」駅より徒歩約7分
東京メトロ南北線「東大駅」より徒歩約10分

-&size(16){''佐藤春夫旧宅''};
〒112-0014 東京都文京区関口3-6-16
--''概要''
詩人・小説家として知られる[[佐藤春夫]](1892〜1964)の旧居跡。
中学時代に[[石川啄木]]選の『明星』や『スバル』の歌壇に作品を寄せた。
与謝野鉄幹や[[永井荷風]]に師事し、[[谷崎潤一郎]]との交流も深く、後年森鴎(鷗)外の孫弟子と称した。
『殉情詩集』『田園の憂鬱』『晶子曼陀羅』など数多くの作品を世に送り出す。1960年文化勲章受賞。
この地には1927年から没するまで住んだ。伝通院に眠る。
【アクセス】
東京メトロ有楽町線「江戸川橋」駅より徒歩約7分
文京区コミュニティバス「Bーぐる(目白台・小日向ルート)」の「9番:関口二丁目」「10番:椿山荘」

-&size(16){''高村光太郎旧宅''};
〒113-0022 東京都文京区千駄木5-22-8
--''概要''
高村光雲の長男で、詩人・彫刻家として活躍した[[高村光太郎]](1883〜1956)の旧居跡。
東京美術学校入学、『明星』に短歌を発表の後、明治39年に欧米留学し、パリを中心とする欧米の芸術運動に遭遇した。
明治44年、洋画家を志す長沼智恵子と出会う。
大正3年、詩集『道程』を発表、同年智恵子との生活をはじめる。
明治16年『智恵子抄』刊行。
ここには、明治45年から空襲で焼失し花巻市へ疎開した昭和20年まで住んだ。
【アクセス】
東京メトロ千代田線「千駄木」駅より徒歩約7分
文京区コミュニティバス「Bーぐる(千駄木・駒込ルート)」の「19番:千駄木小学校」

-&size(16){''夏目漱石旧居跡(猫の家)''};
--''概要''
夏目漱石(1867〜1916)の旧居跡。
ここには、イギリスから帰国後の明治36年から3年間住んだ。
この間、東京大学英文科・第一高等学校の講師として活躍する一方、処女作『我輩は猫である』を執筆し、この旧居は作品の舞台となった。
『倫敦塔』『坊ちゃん』『草枕』等を次々に発表したところでもある。
なお、現在は案内板があるのみで、家屋は愛知県犬山市にある「明治村」に移築され公開されている。

#endregion

#region(その他)
-&size(16){''銀座・ルパン''};
〒104-0061 東京都中央区銀座五丁目5番11号 塚本不動産ビル地下1階([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/rb1uyVvCtvD2]])
--''概要''
昭和3年開店の老舗バー。
かつて、[[永井荷風]]、[[泉鏡花]]、[[菊池寛]]、川端康成などが集い「文壇バー」として名を馳せた。
また、写真家林忠彦氏による「無頼派三人衆([[織田作之助]]、[[坂口安吾]]、[[太宰治]])」の有名なポートレイトは、往時の内装そのままの店内にも飾られている。

-&size(16){''中野区立 平和の森公園''};
〒165-0026 東京都中野区新井3丁目37番6号([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/UCWvMFBx1fr]])
--''概要''
昭和58年(1983年)に閉鎖された中野刑務所(旧名:豊多摩監獄・豊多摩刑務所)の跡地に作られた公園。
中野刑務所は戦前〜戦中、主に治安維持法に違犯した政治犯・思想犯を収容していた。
[[小林多喜二]](昭和5年〜6年)や[[中野重治]](昭和5年・昭和7年〜9年)もここに収監され、獄中生活を送っていた。
往時を偲ばせる建物の殆どは取り壊されてしまっているが、唯一、旧刑務所の正門だけが公園に隣接する法務省矯正研修所東京支所の敷地内に保存されている(見学は要予約)。

-&size(16){''水月ホテル鴎外荘''};
〒110-0008 東京都台東区池之端3丁目3-21
水月ホテル鷗外荘は、敷地内に明治の文豪・[[森鴎外]]の旧居を保存しております。名作「舞姫」を執筆したお部屋やお庭を保存し、「舞姫の間」として宴席などにご利用いただいております。今なお残る明治の文学の薫りをお楽しみください。(公式サイトより)
お食事処や温泉施設もあり。

#endregion

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&size(16){''神奈川県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[神奈川近代文学館>http://www.kanabun.or.jp/]]''};
〒231-0862 神奈川県横浜市中区山手町110([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/wPNAg3YVJMv]])
--''概要''
また、東京・早稲田南町の「漱石山房」の書斎の雰囲気を再現した漱石山房書斎があり、収蔵されている[[夏目漱石]]コレクションの一部を見ることができる。
--''常設展に作品がある文豪''
※常設展「文学の森へ 神奈川と作家たち」は、企画展・常設展の1会期ごとに1部門ずつ展観します。
---第1部 夏目漱石から萩原朔太郎まで
[[萩原朔太郎]]、[[泉鏡花]]、[[夏目漱石]]、[[島崎藤村]]、[[志賀直哉]]、[[森鴎外]]、[[北原白秋]]、[[武者小路実篤]]、[[国木田独歩]]
---第2部 芥川龍之介から中島敦まで
[[芥川龍之介]]、[[中原中也]]、[[谷崎潤一郎]]、[[永井荷風]]、[[横光利一]]、[[堀辰雄]]、[[中島敦]]、[[吉川英治]]
---第3部 [[太宰治]]、三島由紀夫から現代まで
[[太宰治]]

-&size(16){''[[鎌倉文学館>http://www.kamakurabungaku.com/]]''};
〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷1-5-3([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/9xTisqqVFXo]])
--''概要''
鎌倉ゆかりの文学、特に鎌倉文士をテーマにした鎌倉市立の資料館。
[[夏目漱石]]、[[正岡子規]]の碑文もある。
作品だけでなく、国の登録有形文化財となっている西洋風なデザインの鎌倉文学館本館やバラ園等の庭園も楽しむことができる。
庭園でスケッチや食事も可能。
蔵書閲覧・レファレンスのみで利用する場合、入館料無料。
--''常設展に作品がある文豪''
[[芥川龍之介]]、[[太宰治]]、[[萩原朔太郎]]、[[中原中也]]、[[泉鏡花]]、[[夏目漱石]]、[[島崎藤村]]、[[正岡子規]]、[[国木田独歩]]、[[三好達治]]

-&size(16){''[[逗子市郷土資料館>http://www.city.zushi.kanagawa.jp/syokan/syakyou/newbunkazai/kyodo-muse/kyodo-muse.html]]''};
〒249-0005 神奈川県逗子市桜山8丁目2275([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/bh2QaPeDc422]])
--''概要''
「蘆花記念公園」の一角にある。
逗子縁の文学作品に関する展示のほか、実際に市内で使われていた調度品などの民俗資料、市内の遺跡から出土した資料などが展示されている。
徳富蘆花・蘇峰のみならず、[[国木田独歩]]など逗子に逗留した著名な文人に縁のある品が並んでいる。
また、逗子市は戦前期には多くの文豪が訪れていたようで縁の史跡や文学碑があるよう。
逗子市はゲームに実装が予定されている川端康成の終焉の地でもある。

-&size(16){''[[小田原文学館>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/literature-museum/bungakukan.html]]・[[白秋童謡館>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/library/libra/douyoukan.html]]''};
〒250-0013 神奈川県小田原市南町2-3-4([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%8E%9F%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@35.244769,139.1515303,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x6019a4e5409a53ad:0xf74410e79348f9d0!8m2!3d35.244769!4d139.153719]])
TEL 0465-22-9881
休み 年末年始(12月28日〜1月3日)
開館時間 9時00分〜17時00分(入館は16時30分まで)
観覧料 ''※文学館・童謡館共通''
大人:250円(20名以上の団体の場合は180円)
小・中学生:100円(20名以上の団体の場合は70円)
駐車場無料(7台)
--''概要''
小田原は、温暖な気候ゆえに、明治期以降は多くの政財界人や文学者が居住しました。文学者では、[[北原白秋]]や[[坂口安吾]]などの文学者など十数名にのぼります。
小田原出身の文学者では、近代文学の先駆者とされる北村透谷、芥川賞作家で文化勲章を受章した尾崎一雄、また民衆詩派の中心詩人であった福田正夫や昭和20年代後半「抹香町もの」で一世を風靡した川崎長太郎などを輩出しました。
このように小田原には出身やゆかりの作家が数多くいます。小田原文学館では、その生涯や作品を常設展示と特別展示によって幅広く紹介しています。
小田原文学館のある[[西海子小路>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/corridor/villa/p10010.html]](さいかちこうじ)は桜の名所でもあります。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒257-0057 神奈川県秦野市富士見町1-1 秦野市立本町中学校([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/5JxkRZGZ4GG2]])
--''概要''
明治41年啄木歌稿ノート「暇ナ時」(6月25日)にある「あたたかき飯を 子に盛り 古飯に湯を かけたまふ 母の白髪」が彫られている。
建立は1964年(昭和39年)。
正門から入って左側の庭園にある大きな樹の下にあるそう。

-&size(16){''田園の憂鬱由来の地''};
〒225-0025 神奈川県横浜市青葉区鉄町1101
--''概要''
[[佐藤春夫]]の小説『田園の憂鬱』に登場した「村で唯一の女学生」金子美代子氏(故人)が私費で建てたもの。

-&size(16){''国木田独歩追憶碑''};
〒253-0055 神奈川県茅ヶ崎市中海岸3-3([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92253-0055+%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E8%8C%85%E3%83%B6%E5%B4%8E%E5%B8%82%E4%B8%AD%E6%B5%B7%E5%B2%B8%EF%BC%93%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%93/@35.3202035,139.4027351,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x601852801e14d1c1:0x9abc478b8bc5117!8m2!3d35.3200305!4d139.404931]])
アクセス:茅ヶ崎駅南口から高砂通りを海に向かって徒歩15分
茅ヶ崎公園野球場の東南のスタンド裏に、「武蔵野」や「鎌倉夫人」で有名な国木田独歩の追憶碑があります。
--''概要''
[[国木田独歩]]ゆかりの地、湯河原から運んだ自然石にはめ込んだ石板に、牧野英一博士が題字を書き、三橋兄弟治画伯が肖像を描いています。
右隣にある碑文からは、結核を患い、茅ヶ崎で闘病生活を送っていた独歩が、荒涼とした海にその心を写していたことがうかがえます。

#endregion
#region(お墓)
-&size(16){''地福寺''};
神奈川県中郡大磯町大磯1135 (JR大磯駅より徒歩5分)
--''概要''
[[島崎藤村]]夫妻の墓がある。
毎年藤村の命日である8月22日には「島崎藤村忌」が開かれ、多くの人が墓参・献花に訪れる。
藤村は境内を気にいっていて、生前よく散歩の時に立ち寄っていたそう。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''[[旧島崎藤村邸>http://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/look/meisyo/kyuushimazakitousontei.html]]''};
〒255-0004 神奈川県中郡大磯町東小磯88−9 (JR大磯駅より徒歩5分)
--''概要''
[[島崎藤村]]が最晩年、71歳で永眠するまでの2年余を過ごした家。
簡素を信条とした藤村の暮らしぶりが垣間見える。
見学は無料。月曜日定休。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''[[七沢温泉 福元館>http://fukumotokan.jp/]]''};
〒243-0121 神奈川県厚木市七沢2758
--''概要''
明治44年開業の温泉旅館。
宿泊の他、部屋の日帰り利用や立ち寄り入浴のプランもある。
[[小林多喜二]]が1931年3月から約1ヶ月間潜伏し、小説「オルグ」を執筆した離れが現存しており、利用客のみ見学が可能。

-&size(16){''[[南湖院記念 太陽の郷庭園>http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/1017513.html]]''};
〒253-0061 神奈川県茅ヶ崎市南湖7-12869 有料老人ホーム「茅ヶ崎 太陽の郷」敷地内([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92253-0061+%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E8%8C%85%E3%83%B6%E5%B4%8E%E5%B8%82%E5%8D%97%E6%B9%96%EF%BC%97%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%91%EF%BC%92%EF%BC%98%EF%BC%96%EF%BC%99/@35.3187799,139.3870461,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x6018529936effbe1:0xb9dd69648e3e0c9c!8m2!3d35.3187799!4d139.3892348]])
アクセス 茅ヶ崎駅南口よりバス「仲町」下車徒歩7分
開 園 日 月・木・金・土・日曜日
休 園 日 火・水曜日、年末年始(12/28〜1/4)
開園時間 4月〜10月=10時〜17時、11月〜3月=10時〜16時半
&color(#ff0000){''※入園は閉園の30分前まで''};
入 園 料 無料(&color(#ff0000){''受付ハウスで手続きが必要''};)
問合 TEL0467-82-1111 茅ヶ崎市公園緑地課公園緑地担当
--''概要''
南湖院は、明治32(1899)年に医師の高田畊安(こうあん)氏(1861-1945)が開設。明治期に“国民病”と言われた結核は長期療養が必要な感染症だったため、当時、海岸沿いや高原など自然が豊かな場所に多くの転地療養施設が建てられた。
東海道線の茅ヶ崎駅開設(明治31年)と同時期に建設された同院は、広大な敷地(約165,000)に14の病舎や多くの施設が点在し“東洋一のサナトリウム”とも呼ばれた。
小説家の[[国木田独歩]](1871-1908)や詩人の八木重吉(1898-1927)ら文化人も多く療養したという。
一般公開される部分は、第一病舎(病舎内は非公開)を含む太陽の郷庭園部分。桜、梅をはじめとする樹木や藤棚、池、南湖院の記念碑などが点在している。入園無料だが受付必須。

-&size(16){''[[西海子小路(さいかちこうじ)>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/corridor/villa/p10010.html]]''};
神奈川県小田原市南町
--''概要''
その昔、武家屋敷が集まっていた風情のある小路。桜の花びらが舞う小路は歴史と昭和の文化が漂う。
かつて[[谷崎潤一郎]]や[[三好達治]]など多くの文学者たちが周辺に居を構え、数々の文学作品を生み出していったゆかりの地でもある。
ここから小田原駅西口までの間は、「白秋童謡の散歩道」として、小田原で多くの童謡を創作した[[北原白秋]]の足跡をたどる散歩道として整備されています。
4月上旬には51本もの桜の木が見事に咲き誇り、より趣のある雰囲気に。
桜の花びらの舞う通りをのんびりとそぞろ歩きしてみては?

#endregion

////////////////////ここまで関東地方////////////////////

*中部地方 [#x60bb260]

&size(16){''新潟県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[「安吾 風の館」(旧市長公舎)>http://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/yukari/kazenoyakata/index.html]]''};
〒951-8104 新潟県新潟市中央区西大畑町5927-9
開館時間:午前9時〜午後5時
休館日:毎週月曜日(祝日又は振替休日の場合はその翌日)
    年末年始(12月28日〜1月3日)
入場料:無料
アクセス:JR新潟駅から、路線バス西循環線(11A・12A系統)、または観光循環バス乗車。「西大畑坂上」バス停下車 徒歩3分
--''概要''
本市は平成17年2月に、坂口家から本市出身の作家[[坂口安吾]]の遺品・所蔵資料の寄贈を受け、8千点に及ぶ寄贈品の分類整理を実施しました。
平成21年7月から、坂口安吾の生まれ育った中央区西大畑町にあり、周辺には坂口安吾の生誕碑・詩碑や他の文化施設が立ち並ぶ旧市長公舎を活用し、遺品・所蔵資料等の調査研究を進めるとともに、様々なテーマによる展示を行いながら、新たな坂口安吾の魅力を発信していきます。
また、政令指定都市・中核市の中で現存する最古の市長公舎といえる建物の和室部分と、平成4年に造られた新潟を代表する現代庭園の一つと言われる庭園を公開します。(新潟市HP「安吾 風の館」より抜粋)

#endregion

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&size(16){''富山県''};

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''石川県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''石川近代文学館''};
〒920-0962 石川県金沢市広坂2-2-5
--''概要''
日本で2番目に古い総合文学館。
石川県にゆかりある文学者([[泉鏡花]]、[[室生犀星]]、[[徳田秋声]]など)を中心に展示しているが、
四高繋がりで[[中野重治]]の展示もあり。
朗読会などのイベントも随時行っている。

-&size(16){''泉鏡花記念館''};
〒920-0910 石川県金沢市下新町2番3号
--''概要''
[[泉鏡花]]が幼少期を過ごした生家跡に建てられている。
作品の初版本、遺品などが展示されている。
また、泉鏡花の作品の一部を朗読で聴くことができるサウンドコーナーがある。

-&size(16){''徳田秋声記念館''};
〒920-0831 石川県金沢市東山1丁目19番1号
--''概要''
[[徳田秋声]]が生れ育った地に建てられた記念館。
遺品、初版本、直筆原稿などを展示している。
また、東京都文京区本郷に現存する秋声の書斎を再現したコーナーがある。
関連書籍の閲覧や、タブレットでの朗読を聞くこともできる。

-&size(16){''室生犀星記念館''};
〒921-8023 石川県金沢市千日町3-22
--''概要''
[[室生犀星]]の生家跡に建つ記念館。
犀星の自筆原稿や書簡、遺品などが展示されている。
年代順に並んだ全著書の表紙パネルなどもある。
また、現代風にアレンジした犀星が愛した庭を見ることができる。
つくばいや石塔は、実際に犀星の庭にあったものだそうだ。

#endregion

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&size(16){''福井県''};

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''中野重治生家跡''};
福井県坂井市一本田/国道8号線丸岡庁舎口交差点西側
--''概要''
没後市(寄贈当時は町)に寄贈された生家の跡が役場の西側の木立の中にある。
ここには生前東京に居た頃使っていた書斎も移築されている。

#endregion

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&size(16){''山梨県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''[[清春白樺美術館>http://www.kiyoharu-art.com/]]''};
〒408-0036 山梨県北杜市長坂町中丸2072
--''概要''
白樺派中心の美術館です。
[[武者小路実篤]]・[[志賀直哉]]・[[有島武郎]]・有島生馬・里見だけでなく、[[高村光太郎]]関係もあります。

-&size(16){''[[山梨県立文学館>http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/]]''};
〒400-0065 山梨県甲府市貢川1丁目5-35
--'''概要''
山梨出身として檀一雄等、山梨ゆかりの文豪として、[[太宰治]]・井伏鱒二・[[芥川龍之介]]等を取り上げています。
四季に合わせて常設展示を替えているようなので、タイミングによっては展示されてない可能性もあります。
また、過去に[[高村光太郎]]・[[石川啄木]]・[[宮沢賢治]]等の展示を行っているので、一部図録が売っているかもしれません。

#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''太宰治新居跡''};
山梨県甲府市朝日5丁目/県道104号線国立病院南交差点西側
--''概要''
結婚をしてから数ヶ月ではあったが甲府市に居を構え生活した時期がある。
ただ、建物自体は昭和20年の甲府空襲で焼失し、現地には石碑が残るだけである。
#endregion

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&size(16){''長野県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''藤村記念館(小諸市立)''};
〒384-0032 長野県小諸市丁311(懐古園内)
--''概要''
[[島崎藤村]]は明治32年から6年余の間、小諸で過ごした。
代表作の『破戒』はその間に書かれた。
藤村記念館では、藤村の小諸時代を中心とした作品、資料、遺品などが展示されている。

-&size(16){''堀辰雄文学記念館''};
〒389-0115 長野県北佐久郡軽井沢町大字追分662
--''概要''
[[堀辰雄]]は大正12年19歳の時に初めて軽井沢を訪れ、それ以来毎年のように軽井沢を訪れた。
辰雄は、軽井沢を舞台とした作品を多く残した。
原稿・書簡・初版本・遺愛の品々が展示されている。
辰雄が晩年を過ごした住居、愛蔵書が納められた書庫などがある。
また、閲覧室では辰雄の著書や関係資料を閲覧することができる。
#endregion

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&size(16){''岐阜県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''藤村記念館(財団法人藤村記念郷)''};
〒508-0502 岐阜県中津川市馬籠4256-1
--''概要''
作品原稿や祖父母の隠居所、遺愛品、明治大正時代の稀覯本等の展示が行われている。
終焉の地である神奈川県大磯町にあった書斎も復元されている。
#endregion

#region(お墓)
-&size(16){''永昌寺''};
〒508-0502 岐阜県中津川市馬籠5358
--''概要''
島崎藤村の墓の一つ。こちらは菩提寺にあたる。
ここには遺髪と遺爪が納められており、妻と子供の墓がここに在る。
「夜明け前」に出てくる『万福寺』はこの寺がモデルになったとされている。
#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''静岡県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''沼津市若山牧水記念館''};
〒410-0849 静岡県沼津市千本郷林1907-11
--''概要''
[[若山牧水]]は、千本松原の景観に魅せられ沼津を永住の地と定めた。そして、晩年の9年間を沼津で過ごした。
半切、原稿、書簡、をゆかりの品などを編年体で展示している。
沼津の家の書斎を復元したコーナーもある。
酒好きの牧水らしい「牧水と酒のコーナー」なんてものもある。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''水辺の文学碑(水上通り)''};
411-0000 静岡県三島市一番町1-28
--''概要''
三島駅から三嶋大社に繋がる水上通り沿いの碑文群。
[[太宰治]]、[[若山牧水]]、[[正岡子規]]らの碑文がある。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''千本浜公園''};
〒410-0867 静岡県沼津市本字千本1910-1
--''概要''
東海道随一の景勝地である千本松原を有する沼津を代表する公園の一つ。
数々の歌碑・文学碑が建っている。[[若山牧水]]の「幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく」の歌碑がある。

-&size(16){''三嶋大社''};
〒411-0035 静岡県三島市大宮町2-1-5
--''概要''
境内に[[若山牧水]]が三嶋大社の夏祭りの花火を見て詠んだという「のずえなる 三島のまちの あげ花火 月夜のそらに 消えて散るなり」の歌碑がある。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''愛知県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''新美南吉記念館''};
〒475-0966 愛知県半田市岩滑西町1-10-1
--''概要''
新美南吉生誕80周年、没後50年を記念し建てられた記念館。
「ごんぎつね」の舞台ともなった地である。
自筆原稿を展示している他、作品のビデオシアターなどを上映している。

-&size(16){''博物館明治村''};
〒484-0000 愛知県犬山市字内山1番地
--''概要''
明治時代の建造物等を移築して公開している。
[[森鴎外]]、[[夏目漱石]]の住宅や[[幸田露伴]]住宅蝸牛庵(有形文化財)などがある。
季節ごとの美しい風景も楽しめる。

#endregion

////////////////////ここまで中部地方////////////////////

*近畿地方 [#we1e7c56]

&size(16){''三重県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''鳥羽みなとまち文学館''};
〒517-0011 三重県鳥羽市鳥羽2丁目5-2
--''概要''
---乱歩館・鳥羽文学ギャラリー
[[江戸川乱歩]]が鳥羽で過ごした日々や生涯の伴侶となる妻・村上隆との出逢いを紹介している。
また、眼鏡、万年筆などの乱歩の愛用品を展示している。
他にも、鳥羽にゆかりのある文学者の紹介パネルを展示している。
---幻影城
[[江戸川乱歩]]の作品『屋根裏の散歩者』『人でなしの恋』『虫』のワンシーンを再現する人形などを展示している。
また、『パノラマ島奇談』の朗読を聞くこともできる。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''江戸川乱歩像''};
近鉄名張駅東口
--''概要''
[[江戸川乱歩]]生誕の地ということで銅像が立っている。
60代の乱歩の姿をほぼ等身大で再現している。

-&size(16){''名張市立図書館''};
〒518-0400 三重県名張市桜ヶ丘3088番地156
--''概要''
[[江戸川乱歩]]の著書や色紙、遺品の展示を行っている。

-&size(16){''乱歩生誕地碑広場''};
〒518-0726 三重県名張市本町209
--''概要''
昭和27年の帰郷がきっかけとなり建立された。
乱歩の作品『幻影城』の一文(「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」)が刻まれている。
除幕式は、乱歩夫妻臨席のもと執り行われた。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''滋賀県''};

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''京都府''};

#region(碑文)
-&size(16){''志賀直哉旧居跡''};
〒607-0000 京都府京都市山科区竹鼻立原町
--''概要''
1989年に、京都洛東ライオンズクラブが建立。
[副碑東]
志賀直哉旧居跡
山科川の小さい流れについて来ると、
月は高く、寒い風が刈田を渡って吹いた。
山科の記憶
志賀直哉は、大正十二年十月から同十四年
四月までの約二年当地に居住、こゝでの体験
をもとに、「山科の記憶」「痴情」「瑣事」
「晩秋」など、一連の作品が生まれた。
細い土橋、硝子戸、池庭のある一軒家で、
その清澄な文学のように、美しい山科の自然
に囲まれた静かな住まいであった。
[副碑西]
平成元年四月吉日
京都洛東ライオンズクラブ建立

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&size(16){''大阪府''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''本澄寺・三好達治記念館''};
〒569-0003 大阪府高槻市上牧2-6-31
--''概要''
日蓮宗寺院の本澄寺内にある[[三好達治]]の記念館。
自筆原稿や詩集、遺品などをお寺の一室に展示している。
本澄寺内には達治の墓もある。
なお、来館の際は事前連絡が必要。
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#region(その他)
-&size(16){''自由軒 難波本店''};
〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波3-1-34 ビックカメラ(旧プランタンなんば)向い
--''概要''
[[織田作之助]]が小説『夫婦善哉』を書き、作中にも登場させた西洋料理店。カレーの名店である。
店内には「トラは死んで皮をのこす、織田作死んでカレーライスをのこす」と入った織田作之助の写真が飾ってある。

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&size(16){''兵庫県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''芦屋市谷崎潤一郎記念館''};
〒659-0052 兵庫県芦屋市伊勢町12-15
--''概要''
[[谷崎潤一郎]]が、昭和9年から11年にかけて住んでいた芦屋市に建てられた記念館。
谷崎愛用の机、硯、筆、などの様々な資料を展示している。
玄関横に飾られている巨石は、神戸市東灘区岡本にあった旧谷崎邸の庭石である。
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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''倚松庵''};
〒658-0052 神戸市東灘区住吉東町1-6-50
--''概要''
『細雪』のモデルとなった家。
[[谷崎潤一郎]]はこの家に昭和11年11月から18年11月まで住んでいた。

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&size(16){''奈良県''};

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''志賀直哉旧居''};
〒630-8301 奈良県奈良市高畑町1237-2([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/37RyX9f3tuP2]])
--''概要''
昭和初期に[[志賀直哉]]が自ら設計し、約9年間暮らした奈良市高畑町の旧居。
昭和53年には現厚生労働省から学校法人奈良学園に譲られた。
2009年に改装工事を行い、同学園が所有する資料写真や、同居していた家族の記憶を参考に約1億円をかけて当時の姿を忠実に再現した。
現在は同学園のセミナーハウスとして用いられているほか、一般の見学もできる。
1階にはサンルームや書斎があり、2階には昭和37年に直哉が小説『暗夜行路』を書きあげた和室や、[[小林多喜二]]が宿泊した客間がある。

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&size(16){''和歌山県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''佐藤春夫記念館''};
〒647-0003 和歌山県新宮市新宮1番地(熊野速玉大社境内)
--''概要''
[[佐藤春夫]]の故郷新宮市にある記念館。
建物は、東京都文京区関口町に建てられた佐藤春夫の邸宅を移築したもの。
1927年(昭和2)に建てられ、1964年(昭和39)春夫が72歳で亡くなるまで過ごした。
庭は当時の様子を模して作られている。
廊下では、春夫肉声での詩の朗読が聞ける。
詩集、小説、随筆、翻訳の初版本や春夫の絵画作品、自作詩歌の書などが展示されている。
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////////////////////ここまで近畿地方////////////////////

*中国地方 [#d52afbeb]

&size(16){''鳥取県''};

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&size(16){''島根県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''森鴎外記念館''};
島根県鹿足郡津和野町町田イ238
--''概要''
森鴎外旧宅の南側に隣接し、鴎外旧宅を展示物の一部として取り込んでいる。
[[森鴎外]]の遺品、直筆原稿、鴎外ゆかりの品々などが展示されている。
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#region(お墓)
-&size(16){''永明寺''};
〒699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田ロ107
--''概要''
没後に東京で埋葬されたが、関東大震災後に出生地である津和野のこの寺に改装されている。
墓碑は質素で、本人の遺言により「森林太郎の墓」と刻まれているだけである。
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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''森鴎外旧宅''};
--''概要''
[[森鴎外]]の生家。
鴎外は1862年(文久2)1月19日この家で生まれ、1872年(明治5)11歳で上京するまでここで過ごした。
この旧宅は、作品にも登場している。
現在は国指定の史跡となっている。
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&size(16){''岡山県''};

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&size(16){''広島県''};

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''志賀直哉旧居(おのみち文学の館)''};
〒722-0033 広島県尾道市東土堂町8-28
--''概要''
坂道と猫の町として知られる広島県尾道市にある[[志賀直哉]]の旧居のうちの一つ。
彼の唯一の長編小説『暗夜行路』の構想も、1912年から1年ほど過ごしたこの場所で練られたのだとか。
現在は「おのみち文学の館」([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/UkQ5EfDaSXF2]])の一施設として整備されているが、志賀が過ごしていた当時の姿ほぼそのままに残されているとのこと。
見晴らしの良い坂の上にあり、志賀が実際に過ごしていたという部屋からは『暗夜行路』中の描写にあるような、尾道水道を望む美しい風景を楽しむことができる。
坂道や階段、路地、海、猫、散歩などが嫌いでなければ是非訪れてみてはどうだろう。
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&size(16){''山口県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''中原中也記念館''};
〒 753-0056 山口県山口市湯田温泉1-11-21
--''概要''
平成六年に中原中也の生家跡の一部に建てられた記念館。
中也の遺稿や遺品など様々な資料が展示されています。
また、記念館オリジナルグッズで中也のトレードマークにもなっている帽子が購入できます。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''国木田独歩旧宅''};
〒742-0001 山口県柳井市姫田(JR山陽本線柳井駅から徒歩で10分)
--''概要''
[[国木田独歩]]は、20歳前後の多感な時期を柳井で過ごした。
この頃の出来事や思い出をもとに、『少年の悲哀』『置土産』などの作品を著している。
この旧宅は、独歩一家が、明治26年頃に住んでいた家を移築し、保存したもので、独歩が愛用した「月琴」や、国木田独歩の胸像等が展示されている。
&size(14){&color(#ff0000){''入館料は無料だが要予約。''};};
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////////////////////ここまで中国地方////////////////////

*四国地方 [#t56647f3]

&size(16){''徳島県''};

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&size(16){''香川県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''菊池寛記念館''};
香川県高松市昭和町1丁目2番20号 サンクリスタル高松3階
--''概要''
[[菊池寛]]の直筆の原稿、遺品などが展示されている。
東京の自宅にあった書斎を再現したコーナーもある。
また、芥川賞と直木賞の歴代受賞者を紹介している。

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&size(16){''愛媛県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''松山市立子規記念博物館''};
〒790-0857 愛媛県松山市道後公園1-30
--''概要''
[[正岡子規]]の故郷に建てられた記念館。
6万点近くの子規関係の収蔵資料がある。
また常設展示場には、子規と親友の[[夏目漱石]]が50日余りを共に暮らした愚陀佛庵の1階部分が復元されている。
(愚陀仏庵は、漱石が愛媛県松山市に赴任していた時の下宿先。)
漱石が松山に赴任していた時の経験をもとに書かれた漱石の作品『坊っちゃん』関連の展示もある。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''愚陀佛庵''};
〒790-0001 愛媛県松山市一番町3-3-7
--''概要''
愚陀仏庵は、夏目漱石が英語教師として松山中学校に赴任した際に下宿していた上野家の離れである。
それを当時の雰囲気そのままに復元している。
「愚陀佛庵」という名前は夏目漱石の自分の俳号「愚陀佛」から名付けたという説と、正岡子規が「愚陀佛がいる庵」と呼称しているところから、正岡子規が名付けたという説がある。
正岡子規が居候していた時期があり、句会「松風会」を開いていた。
&color(red){※2010年7月12日の豪雨で松山城の城山において大規模土砂崩れが発生し全壊してしまったため、現在公開を中止している。現在、再建への協力を呼びかけている。};

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&size(16){''高知県''};

////////////////////ここまで四国地方////////////////////

*九州地方 [#t0062e79]

&size(16){''福岡県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''白秋記念館''};
〒832-0065 福岡県柳川市沖端55-1
--''概要''
北原家の広大な旧跡地の一隅に建てられた記念館。
水郷柳川の民俗資料や[[北原白秋]]の詩業を紹介している。
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#region(碑文)
-&size(16){''片江風致公園''};
〒814-0143 福岡県福岡市城南区南片江4-41([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/8zwjoDcj2aL2]])
--''概要''
JR博多駅から東南方向、直線にして9劼曚匹里箸海蹇最寄り駅は地下鉄七隈線「福岡大学前」駅。
グーグルマップでは「片江風致公園」ではなく「日本文学碑園」と記載されている。
「文学の林」と名づけられた森の中にたくさんの文学碑が建っている。
ゲームに登場する文豪の文学碑は[[太宰治]]・[[夏目漱石]]・[[永井荷風]]・[[森鴎外]]・[[正岡子規]]が1基、[[北原白秋]]・[[若山牧水]]・[[石川啄木]]が2基ある。
案内板に載っていない碑も含めて全部で90基くらいあるらしい。

#endregion

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&size(16){''佐賀県''};

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&size(16){''長崎県''};

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&size(16){''熊本県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''漱石・草枕の里''};
〒861-2203 熊本県玉名市天水町小天735-1
--草枕交流館
---[[夏目漱石]]の小説『草枕』の歴史資料館。
入館料無料。休館日は水曜日。
--前田家別邸
---[[夏目漱石]]の小説『草枕』の舞台となった。
1897年(明治30)の暮に漱石は、同僚と二人でこの別邸を訪れ、離れに宿泊した。
この時の経験をもとに漱石は『草枕』を執筆した。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''夏目漱石内坪井旧居''};
〒860-0077 熊本県熊本市中央区内坪井町4-22
--''概要''
[[夏目漱石]]が第五高等学校(現在の熊本大学)教師時代に住んでいた家。
漱石は熊本滞在中に6回転居しており、ここは5番目に移り住んだ家である。
ここでは、その中で最も長い1年8ヶ月を暮らした。
現在は記念館として公開されている。
漱石直筆の原稿やレプリカ原稿、五高時代の写真などが展示されている。
&color(red){※現在、熊本地震の影響により、庭園のみ一部公開。};

#endregion

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&size(16){''大分県''};

#region(その他)
-&size(16){''青の洞門''};
〒871-0202 大分県中津市本耶馬渓町曽木([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/8k5ZnpADKeJ2]])
--''概要''
[[菊池寛]]の小説『恩讐の彼方に』の元となる禅海和尚の逸話の地。
小説内では「樋田の刳貫」と表記されている。

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&size(16){''宮崎県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''若山牧水記念文学館''};
〒883-0211 宮崎県日向市東郷町坪谷1271
--''概要''
[[若山牧水]]生誕の地に建てられた記念館。
牧水の愛用品や直筆の掛け軸、原稿や書簡などを展示している。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''若山牧水生家''};
〒883-0211 宮崎県日向市東郷町坪谷3
--''概要''
牧水の生家は、祖父健海が1845(弘化2)年に建築した。
なつるべ式の井戸やいろりなどが当時のまま残されている。
生家のすぐ裏には、牧水の筆跡で刻まれた歌碑がある。

#endregion

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&size(16){''鹿児島県''};

////////////////////ここまで九州地方////////////////////

*沖縄地方 [#a8597b18]

&size(16){''沖縄県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒900-0036 沖縄県那覇市西2丁目5−21 真教寺境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/5r1gZu6K9EU2]])
--''概要''
歌集『悲しき玩具』の中の一首「新しき明日の来たるを信ずといふ 自分の言葉に嘘はなけれど−」が彫られている。
啄木の歌碑を沖縄に建てる発案者は県出身歌人の山城正忠。啄木とは喧嘩をすることもあったが、お互いを認め合っていた同人。
正忠は思いを果たせず、その遺志を継いだのが親交があり平和・社会運動に尽力した国吉真哲。歌碑建立は1977年。
なぜこの歌を沖縄に建立したかのはっきりした記録はないそうだが、大西照雄著『啄木と沖縄』に「真教寺の歌には、明治末期の沖縄の近代文学の黎明期、大正デモクラシーと『ソテツ地獄』、昭和前期の労働運動・社会主義思想の高まり、沖縄戦、アメリカの軍事植民地支配と沖縄の闘いの歴史を歩んできた沖縄の『明日』への思いと願いが込められていると思います」と記されている。

#endregion

//-&size(15){'' ''};
//〒
//--''概要''

*コメント [#f2611e13]
#pcomment(,reply,10)

TIME:"2017-05-21 (日) 03:29:04" REFERER:"http://bungo.wikiru.jp/index.php?cmd=edit&page=%CA%B8%B9%EB%A4%E6%A4%AB%A4%EA%A4%CE%C3%CF"

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