*文豪ゆかりの地 [#x7fe52da]

ゲームに登場する文豪たちの記念館や碑文、作品の舞台となった地など縁のある場所を載せています。

※記念館、博物館等の展示物は展示品入れ替えなどのために変わる可能性があります。&br;また、このページの情報は最新ではない可能性がありますので、必ずご自身で事前にご確認ください。
※施設公式サイトがある場合、リンク禁止でない限りはトップページのURLを記載して頂けると助かります。(都道府県庁・市町村役場の紹介ページのみの場合は、そのページのURLで大丈夫です)
※GoogleMapのURL、新築・改装・復旧工事が完了した施設などの情報も随時募集中です。
※終了済みイベントを発見しましたら[[文豪ゆかりの地・終了済み期間限定イベントログページ]]に情報を移して頂ければ幸いです。

#contents
*&color(red){期間限定}; [#gentei]
**北海道地方 [#r8acb541]

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**東北地方 [#b9483e59]

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-&size(16){''[[青森県近代文学館>http://www.plib.pref.aomori.lg.jp/viewer/info.html?id=30]]''};
〒030-0184 青森県青森市荒川藤戸119-7
--「太宰治」パネル展
|~会場|~住所|~日時|
|~ふかうら文学館|〒038-2324 青森県西津軽郡深浦町大字深浦字浜町134|5月23日〜6月20日|
|~青森県立弘前中央高等学校|〒036-8345 青森県弘前市蔵主町7-1|7月13日〜15日|
|~伊藤忠吉記念図書館|〒037-0202 青森県五所川原市金木町芦野345−12|10月13日〜10月29日|
|~弘前大学医学部・文教キャンパス厚生施設内|〒036-8224 青森県弘前市文京町1|11月2日〜11月29日|

--「太宰治生誕100年」パネル展
|~会場|~住所|~日時|
|~青森県立金木高等学校|〒037-0202 青森県五所川原市金木町芦野200−403|5月24日〜5月30日|
|~伊藤忠吉記念図書館|〒037-0202 青森県五所川原市金木町芦野345−12|6月16日〜6月30日|
|~横浜町ふれあいセンター|〒039-4141 青森県上北郡横浜町三保野57−8|7月6日〜8月31日|
|~金木観光物産館マディニー|〒037-0202 青森県五所川原市金木町朝日山195−2|10月13日〜10月29日|

--太宰治没後70年 ―秘蔵資料大公開―
平成30年10月27日(土)〜平成31年1月14日(祝・月)
---''概要''
[[太宰治]](本名・津島修治)は明治42年(一九〇九)年に金木村(現五所川原市)で生まれ、青森中学在学中に作家になることを決意。
官立弘前高等学校で学んだのち上京し、昭和11(一九三六)年には第一創作集『晩年』を出版しました。
昭和15年「走れメロス」を発表。戦時中も『津軽』や『お伽草子』等の名作を生み出し、戦後は『斜陽』がベストセラーとなりました。
昭和23年「人間失格」連載中の突然の逝去から70年を経た今、当館で所蔵する太宰資料の数々を公開し、その生涯と業績を振り返ります。
これまでは有名な資料の影に隠れ、知られる機会の少なかった資料群にも光を当てます。 

-&size(16){''[[盛岡てがみ館>http://www.mfca.jp/tegami/]]''};
〒020-0871 岩手県盛岡市中ノ橋通1丁目1-10 プラザおでって6階
時間 9時〜18時
定休日 火曜日
電話:019-604-3302
--[[第55回企画展「文人たちから見た啄木」>http://www.mfca.jp/tegami/jigyo/%E7%AC%AC55%E5%9B%9E%E4%BC%81%E7%94%BB%E5%B1%95%E3%80%8C%E6%96%87%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%81%9F%E5%95%84%E6%9C%A8%EF%BC%88%E4%BB%AE%EF%BC%89%E3%80%8D]]
開催期間:2018年2月20日(火)〜6月11日(月)
入館料・料金:
一般:200円(団体160円)
高校生:100円(団体80円)
※団体は20名以上からとなります。
場所:盛岡てがみ館 展示室
---''概要''
盛岡出身で、日本を代表する歌人である[[石川啄木]]。
啄木は短い生涯の間に、母校・盛岡中学校の同窓生をはじめ、東京新詩社や苜蓿社の同人など多くの文人たちと交流しました。
啄木は文人たちから文学的影響を受けるだけでなく、彼らに自身の生活苦を支えてもらうなど、その生涯は、文人たちとの交流がなければ成り立たないものでした。
本展では、啄木と交流した文人たちが残した資料を展示し、彼らの啄木に対する思いや、交流の様子を紹介します。

-&size(16){''[[仙台文学館>http://www.sendai-lit.jp/]]''};
〒981-0902 宮城県仙台市青葉区北根2丁目7-1([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@38.296473,140.8739533,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x5f89873e6b42f54d:0x66afb09d74609218!8m2!3d38.296473!4d140.876142]])
--[[特別展「田沼武能写真展 &ruby(とき){時代};を刻んだ&ruby(かお){貌};」>http://www.sendai-lit.jp/2893]]
場所:仙台文学館
会 期:2018年4月21日(土)〜6月24日(日)
休館日:月曜日(4月30日は開館)、4月26日(木)、5月1日(火)、5月24日(木)
観覧料:一般800円、高校生460円、小・中学生230円(各種割引あり)
---''概要''
田沼武能はその65年におよぶ写真家人生において、世界中の子どもたちのすがたを撮影してきました。
その一方で、時代を象徴する文学者・芸術家たちの「貌」をライフワークとして撮り続け、数々の賞を受賞してきました。
みずからを「人間大好き人間」と評する田沼は、「貌にはその人の歴史、その人の心、内面までも写し撮ることができると思う」「貌には、それぞれのドラマを演じてきた人間の味わいがある」とも語っています。
本展では、そのようにして写し撮られた昭和を代表する文化人たち、約130人の肖像写真を展示します。
写真家・田沼武能が迫る、多彩な人間たちの「貌」をぜひご覧ください。
(※ゲーム実装文豪では[[川端康成]]の写真が展示されます。また川端以外の文豪の写真展示があるかは不明)

#region(特別展「田沼武能写真展 時代を刻んだ貌」展示関連イベント一覧を開く)

''特別展「田沼武能写真展 &ruby(とき){時代};を刻んだ&ruby(かお){貌};」 ※会場はすべて仙台文学館 講習室''

|CENTER:|C
|~タイトル|~開催日時|~内容・定員|~申込方法|
|~‥直舵霰醜岷蕾顱屬錣心の残像」|5月19日(土)14:00〜15:30|本展の展示作品について、田沼武能氏が写真を紹介しながらエピソードを語ります。&br;定員:100名(先着)|電話・ファクスで受付(ファクスの場合はイベント名・氏名・電話番号を明記)。&br;定員になり次第受付終了します。&br;※入場には、会期中の特別展観覧券の半券が必要です。|
|~⊆命寝判乎帖崟臑罐灰譽ション」による“写真deタイムトリップ”とお話|4月28日(土)10:00〜15:00|仙台の風景を撮り続ける写真家集団「仙台コレクション」の皆さんが、昭和の懐かしい仙台の風景とこの日のあなたの写真を組み合わせて一枚の写真にします。また、「仙台コレクション」についてのお話もあります。&br;お話だけの聴講も可能です。(聴講のみの場合は無料、申込不要、直接会場へ)&br;&br;※お話は11:00からと14:00からの2回行います。&br;定 員:15名(先着)&br;参加費:500円|4月6日(金)10:00から電話・ファクスで受付(ファクスの場合はイベント名・氏名・電話番号を明記)。&br;定員になり次第受付終了します。|
|~ワークショップ「写真を素敵にアレンジ!」|4月30日(月・休)10:30〜12:00|思い出の写真やお気に入りの写真にシールやマスキングテープなどでデコレーションして、素敵にアレンジしてみませんか?(フォトフレーム付き)&br;講師:yukari(富士フイルムイメージングシステムズ株式会社認定 アルバム大使)&br;持ち物:L判サイズの写真1枚&br;定員:20名(抽選)&br;参加費:1人500円|往復はがきに、イベント名・参加者(2名まで)の氏名・住所・電話番号を明記して、4月14日(土)<必着>までに仙台文学館へ。&br;申込多数の場合は抽選。|

#endregion

--[[仙台文学館ゼミナール2018 太宰治『人間失格』を読む>http://www.sendai-lit.jp/2801]]
会 場:仙台文学館2F講習室
日 程:10/7・10/28・11/4・11/11・11/18(各日曜日・全5回)
時 間:10:30〜12:00
講 師:高橋 秀太郎(東北工業大学准教授)
定 員:80人
受講料:1回500円
締 切:&color(red){&size(16){''9/7(金)必着''};};
テキスト:『人間失格 グッドバイ』(岩波文庫)※他の本でもかまいません
---''概要''
―彼は人間犲些福蹇それとも人間犢膤福蹇「神様みたいないい子」?― 
『人間失格』における太宰の問いとその問いが読者をとらえる仕組みを丁寧に解説します。
近年公開された太宰自筆の原稿も参照しながら、今なお読者を獲得し続ける〈人間失格〉像をつくりあげた、その手腕に迫ります。
|~◇◇申込みについて◇◇|
|往復はがきに、住所、氏名、電話番号・ファックス番号(講座日変更などの連絡に必要)、希望する講座を記入の上、仙台文学館にお送りください。&br;はがき1枚につき、1人、1講座の申込みとします。&br;複数の講座に参加ご希望の方は、それぞれにお申込みください。&br;締切は必着で、各講座それぞれ違いますので、ご注意ください。&br;カリキュラムは、全回参加して1講座が終了するように組んでありますので、基本的に、各講座とも毎回ご参加ください。&br;申込みが定員を超える場合は、抽選となります。&br;なお、余裕のある場合は、締切後も受付けますので、お問合わせください。&br;返信は、締切後にお送りします。(先着順ではありません。)|
|~◇◇申込先◇◇|
|仙台文学館 〒981-0902 仙台市青葉区北根2-7-1 ☎022-271-3020|

-&size(16){''[[宮沢賢治童話村>http://www.city.hanamaki.iwate.jp/shimin/176/181/p004861.html]]''};
〒025-0014 岩手県花巻市高松26-19
--[[童話村の森ライトアップ2018>http://www.city.hanamaki.iwate.jp/shimin/176/181/p008091.html]]
開催日:平成30年7月27日(金曜日)から10月7日(日曜日)までの毎週、金曜日・土曜日・日曜日(8月13日から8月16日は毎日開催)
時間:午後6時から午後9時まで
---''概要''
夜の童話村に光と自然が織りなす賢治の作品世界が出現。
偏光フィルターとステンドグラスが映し出す光と自然が融合した幻想的な賢治の作品世界をご体感ください。
これまでのエリアに加えて、今年は「川辺エリア」と「賢治の教室エリア」を新設するほか、どんぐりオブジェのエリアもパワーアップして皆様のご来場をお待ちしております。(花巻市公式ホームページ・童話村の森ライトアップ2018より引用)
&size(16){&color(red){''注)荒天時には、中止する場合があります。中止の場合は、花巻市ホームページにてお知らせします。''};};
&size(16){&color(red){''ライトアップ開始の時間は、日没時間により変動することがあります。''};};

-&size(16){''[[新潮社記念文学館>http://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/bungakukan/]]''};
〒014-0311 秋田県仙北市角館町田町上丁23
--「[[佐藤義亮生誕140年 記念企画展 新潮社の装幀展>http://www.akita-kenmin.jp/docs/2018032000071/]]」(参考PDFは[[こちら>http://www.akita-kenmin.jp/docs/2018032000071/files/souten.pdf]])
開催日:2018年4月8日(日) 〜 7月8日(日)【月曜休館 ※4月23日、30日は開館】
開館時間 午前9時〜午後5時(入館は閉館の30分前まで)
電話番号:0187-43-3333 ファックス:0187-53-2701
アクセス JR角館駅より徒歩10分
---''概要''
2018年は新潮社の創業者佐藤義亮の生誕140年にあたります。
義亮は秋田県仙北市角館町の出身で、大正時代より故郷への自費出版の寄贈を始め、それは現在まで続いています。
本展では義亮の生誕140年を記念し、本を手にするときの最初の入り口である装幀をテーマに取り上げます。
創業から現在まで刊行された本の中から当館所蔵の約50点を紹介します。
※「『文豪とアルケミスト文学全集』コーナー」あり

-&size(16){''[[こおりやま文学の森資料館>http://www.bunka-manabi.or.jp/bungakunomori/index.html]]''};
〒963-8016 福島県郡山市豊田町3-5
--こおりやま文学の森資料館文学講座

#region(こおりやま文学の森資料館文学講座一覧を開く)

|~タイトル|~講師|~開催日時|~定員|~申込受付開始日|~会場|
|堀辰雄の妻であること−堀多恵子の人生(仮)|菅野 純&br;(早稲田大学名誉教授)|7月7日(土)&br;13:30〜15:30|40名|6月7日(木)|ミューカルがくと館(中ホール)|
|芥川龍之介と芭蕉|伊藤一郎&br;(東海大学教授)|7月25日(水)&br;13:30〜15:30|40名|6月26日(火)|ミューカルがくと館(中ホール)|
|太宰治「富嶽百景」-「富士」と「月見草」と「私」-|庄司達也&br;(横浜市立大学教授)|8月29日(水)&br;13:30〜15:30|40名|7月29日(日)|ミューカルがくと館(中ホール)|
|「太宰作品はなぜ今なお読み継がれ、研究されているのか?」|高橋秀太郎&br;(東北工業大学准教授)|9月9日(日)&br;13:30〜15:30|40名|8月9日(木)|ミューカルがくと館(小ホール)|
|宮沢賢治の文学〜社会的弱者へのまなざし〜|高野保夫&br;(福島大学名誉教授)|10月31日(水)&br;13:30〜15:30|40名|10月2日(火)|ミューカルがくと館(小ホール)|

#endregion

---お問合せ・お申込み
こおりやま文学の森資料館に直接お電話を。
また、内容などが変更になる場合があります。
TEL 024(991)7610
FAX 024(991)7620

**関東地方 [#t463512c]

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-&size(16){''[[小田原文学館>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/literature-museum/bungakukan.html]]''};
--[[特集展示 白秋と童謡、「赤い鳥」>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/library/liblaryevent/2017hakushu.html]]
場所:小田原文学館 本館(小田原市南町2-3-4)
入館料:一般250円、小・中学生100円(20名以上で団体割引有、障害者手帳をお持ちのかた割引有)
開催期間:平成29年9月2日(土)〜平成30年7月下旬予定
---''概要''
大正期に開花した日本初の児童文芸誌「赤い鳥」は、子ども向けの読物がなかった時代にあって、子どもたちの童心によりそった優れた物語や童謡を子どもたちに届けることを目指した児童文化運動でした。
当時小田原に住んでい文学者[[北原白秋]]はこの運動に賛同し《りすりす子栗鼠》や《赤い鳥小鳥》《あわて床屋》など今日でも親しまれている童話の名作を「赤い鳥」に発表しました。
「赤い鳥」100年を来年に控え、小田原文学館では「赤い鳥」をキーワードとして白秋の童謡をめぐる主要な作品を館蔵資料のなかから紹介します。(小田原市HPより)

-&size(16){''[[写真歴史博物館>http://fujifilmsquare.jp/]]''};
〒107-0052 東京都港区赤坂9丁目7番地3号
--[[「昭和が生んだ写真・怪物 時代を語る林忠彦の仕事」>http://fujifilmsquare.jp/detail/18040104.html]]
入館無料
第1部 2018年4月1日(日)〜5月31日(木)
第2部 2018年6月1日(金)〜7月31日(火)
---''概要''
作家・[[太宰治]]や[[坂口安吾]]の肖像写真で知られる写真家・林忠彦は、戦後間もない銀座から再出発し、カストリ※雑誌ブームの時流に乗って、一躍、人気写真家となりました。
第二次世界大戦から高度経済成長へ、そしてバブル景気へと移り変わる激動の昭和時代、世相をとらえたスナップから文化人のポートレート、日本文化の真髄を追い求めた風景写真まで、林はありとあらゆるものをフィルムに写し込んでいきました。
復興していく日本のエネルギーを原動力に、凄まじい勢いですべてを撮り尽くした林の仕事ぶりは、まさに「昭和が生んだ怪物」と呼ぶにふさわしいものです。
本展は、林忠彦の四男で写真家の林義勝氏監修のもと、林の約半世紀におよんだ活動の中から二つの時代に焦点を絞り、新たな視点でその足跡を振り返ります。
第1部では林の初期の傑作〈カストリ時代〉に代表される戦後の東京と人々を記録したモノクロ作品を展示します。
第2部では、国宝や重要文化財に指定されている全国各地の茶室を被写体に林の美意識と撮影技術の粋を極めた〈茶室〉と、人生最後のライフワークとして四男・義勝氏とともに完成させた〈東海道〉より厳選されたカラー作品を展示します。
それぞれの作品は、林の活動初期と晩年の仕事を対比的に示すと同時に、「写真は記録だ」という林の一貫した信念を浮かび上がらせます。
一葉一葉に凝縮された写真の力は、その時代や写真家の思いをよみがえらせ、私たちの心を強く揺さぶることでしょう。
''(※太宰以外の文豪の写真展示があるかは不明。また、展示替えがあるため、いつ太宰の写真が展示されているかは未確認です)''

-&size(16){''[[文京区森鴎外記念館>http://moriogai-kinenkan.jp/]]''};
〒113-0022 東京都文京区千駄木1-23-4([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/H24s3rshuqq]])
--[[特別展「鴎外と旅する日本」>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000646&caldate=2018-4-9]]
会期:平成30年4月7日(土)〜7月1日(日)
   ※会期中の休館日 5月22日(火)、6月26日(火)
開館時間:10時〜18時(最終入館は17時30分)
料金:一般500円(20名以上の団体:400円)
---''概要''
明治、大正期に活躍した[[森鴎外]](陸軍軍医、作家)は、北は北海道から南は九州まで日本各地に足を運んでいます。
旭川、弘前、新潟、長野、大宮、横浜、京都、奈良、広島、琴平、小倉、熊本…多くは公務の旅でしたが、休暇に一人でもしくは友人、家族とともに温泉地や三崎、千葉の別荘に出かけることもありました。
公務の合間にも、寺社や史跡を巡り、歴史に登場する著名人の墓を訪れました。
こうした旅は、鴎外が日頃書物から取り入れた知識により深みを与え、後に作品の中にあらわれました。
本展では鴎外が実際に訪れた地、『高瀬舟』『金毘羅』『阿部一族』など作品の舞台になった地を、鴎外の旅行記『北游日乗』『みちの記』『北遊記』や日記、書簡などの資料などから紹介します。
鴎外の生きた60年の間には日本全国に交通網が伸び、鴎外の旅も変化していきました。鴎外を道しるべに全国をめぐると共に、現在につながる明治、大正の景色も紹介します。
馴染みの観光地、見知った街を新たな視点で旅してみませんか。

#region(特別展「鴎外と旅する日本」関連事業一覧を開く)

|>|>|~特別展「鴎外と旅する日本」関連事業|
|~内容|~開催日時|~講師|
|講演会[[「旅の楽しみ、ヨーロッパ採集」>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/index.php?smode=Monthly&action=View&event_id=0000000653&caldate=2018-6-16]]|6月10日(日)14時〜15時30分|講師:林丈二氏(路上観察家・イラストレーター)|
|講演会[[「森鴎外と鉄道の旅」>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/index.php?smode=Monthly&action=View&event_id=0000000654&caldate=2018-6-16]]|6月16日(土)14時〜15時30分|講師:老川慶喜氏(跡見学園女子大学教授、立教大学名誉教授)|
|ギャラリートーク|4月18日、5月16日、6月20日&br;いずれも水曜日14時〜(約30分)|展示室にて当館学芸員が展示解説を行います。&br;申込不要(展示観覧券が必要です)|
|子ども向けギャラリートーク|5月20日(日)11時〜(約30分)|小学1〜3年生を対象とした展示解説を行います。&br;申込不要(高校生以上の方は展示観覧券が必要です)|

#endregion


--[[鴎外文学ツアー「鴎外文学散策〜さいたま編」>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000661]]
日程:平成30年6月6日(水)
午前10時 JR大宮駅集合 午後3時 JR宇都宮線土呂駅解散 
募集人員:40人(事前申込制)
参加費:4,000円(昼食代込)
申込締切:5月25日(金)
同行講師:須田喜代次氏(大妻女子大学教授)
現地講師:山田登美男氏(盆栽作家)
協力:さいたま市大宮盆栽美術館、
   大宮観光ボランティアガイド会
---''概要''
明治の文豪・森鴎外ゆかりの地を巡る一日散歩、今回は、埼玉県「大宮」を舞台に文学と自然を楽しむ小さな日帰り旅に出かけませんか。

#region(鴎外文学ツアー「鴎外文学散策〜さいたま編」予定一覧を開く)

|>|~予定一覧|
|~ 10:00|JR大宮駅集合|
|~ |氷川の杜文化館&br;(須田喜代次先生による埼玉文学についての講座 約45分)|
|~ |先生を囲んで昼食|
|~ |大宮公園等を散策しながら盆栽村へ|
|~ |盆栽園見学&br;(雑木盆栽、松柏盆栽、彩花盆栽など)|
|~ |森於菟氏旧居跡見学|
|~ |大宮盆栽美術館&br;(山田登美男先生のお話、学芸員による美術館ガイドと庭園見学 約60分)|
|~15:00頃|JR宇都宮線土呂駅解散|

#endregion

--鴎外講座 応用編 明治150年―文学とその背景(全6回)
会場:文京区立森鴎外記念館2階
参加費:無料
定員:45名(事前申込制)

#region(鴎外講座 応用編 明治150年―文学とその背景 講座一覧を開く)

|~内容|~開催日時|~講師|~応募締切|
|[[第1回「〈第三項〉と鴎外初期三部作の新しい読み方 >http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000647]]|5月26日(土)&br;11時〜12時半|田中実(都留文科大学名誉教授)|5月11日(金)|
|[[第2回「〈第三項〉と鴎外初期三部作の新しい読み方◆>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000648&caldate=2018-4-9]]|6月9日(土)&br;11時〜12時半|田中実(都留文科大学名誉教授)|5月28日(月)|
|[[第3回「鴎外の多面的な活動(1)ジャーナリストとしての鴎外」>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000649]]|6月23日(土)&br;11時〜12時半|田中実(都留文科大学名誉教授)|6月11日(月)|
|[[第4回「鴎外の多面的な活(2)翻訳家としての鴎外」>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000650]]|7月14日(土)&br;11時〜12時半|松木博(大妻女子大学短期大学部教授)|6月25日(月)|
|[[第5回「鴎外・漱石・一葉」作品鑑賞(1)&br;『青年』鴎外と『三四郎』漱石―女性との出会い―>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000651]]|7月28日(土)&br;11時〜12時半|倉本幸弘(森鴎外記念会常任理事)|7月16日(月)|
|[[第6回「鴎外・漱石・一葉」作品鑑賞(2)&br;『たけくらべ』一葉―〈三人冗語〉の評にふれながら―>http://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000000652]]|8月4日(土)&br;11時〜12時半|倉本幸弘(森鴎外記念会常任理事)|7月27日(金)|

#endregion

--&color(red){&size(14){''鴎外文学ツアー「鴎外文学散策〜さいたま編」・鴎外講座 応用編 明治150年―文学とその背景 申込方法(共通)''};};
申込は、1通につき1名様(はがき・Eメールどちらかお一人様1通まで)、応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。
|~往復はがき|往信に「参加希望プログラム名・日時」・氏名(ふりがな)・住所・電話番号を、&br;返信用には、住所・氏名を明記の上、&br;〒113-0022 東京都文京区千駄木1‐23‐4 文京区立森鴎外記念館イベント受付係までご応募ください。|
|~Eメール|件名に「参加希望プログラム名・日時」、本文に氏名(ふりがな)・電話番号・Eメールを明記の上、&br;bmk-event@moriogai-kinenkan.jpにご応募ください。|

-&size(16){''[[日本近代文学館>http://www.bungakukan.or.jp/]]''};
〒153-0041東京都目黒区駒場4-3-55
--[[生誕135年  志賀直哉―「ナイルの水の一滴」>http://www.bungakukan.or.jp/cat-exhibition/cat-exh_current/10231/]]
会    期	3月31日(土)〜6月9日(土)
開館時間	午前9時30分〜午後4時30分(入館は午後4時まで)
観 覧 料	一般300円(20名以上の団体200円、中学高校生100円)
休 館 日	日曜日・月曜日・第4木曜日(4/26、5/24)
*5/3木、5/4金、5/5土 の祝日は開館
編 集	
池内輝雄(日本近代文学館副理事長・志賀直哉コレクション研究委員会委員)
小林幸夫(日本近代文学館評議員・志賀直哉コレクション研究委員会委員)
中島国彦(日本近代文学館専務理事・図書資料委員長・志賀直哉コレクション研究委員会委員)
宗像和重(日本近代文学館理事・志賀直哉コレクション研究委員会委員)
---''概要''
本展は、2015年12月受贈「志賀直哉コレクション」の資料を中心とした初めての展覧会です。
当コレクションは、原稿・草稿、書簡、絵画筆墨、写真など計11,886点に及びます。
これらの膨大な資料が当館に寄贈されたことによって、志賀直哉の、文学だけにとどまらない美術や宗教、思想、哲学、民藝との一体性や志賀が与した白樺派の活動、志賀自身の交友世界といった、総合的な研究がはじまっていくことになります。
当館でも、本展をきっかけとして、これから時間をかけて研究の歩みを進め、次の世代へと志賀直哉の文学が読み継がれていくように行動をし続けていきます。 

第1部 志賀直哉の息吹を見つめる――志賀宛書簡を中心に
同時代の作家や芸術家からの志賀宛書簡を読みといていくことで、志賀直哉という人物、作品を浮かび上がらせていきます。

#region(出品書簡の差出人一覧を開く)

|>|>|>|~出品書簡の差出人|
|[[芥川龍之介]]|網野菊|[[有島武郎]]|
|小津安二郎|[[北原白秋]]|[[小林多喜二]]|
|滝井孝作|[[谷崎潤一郎]]|[[夏目漱石]]|
|[[武者小路実篤]]|[[室生犀星]]|柳宗悦|
|安田靭彦| | | |

#endregion

第2部 『暗夜行路』クロニクル
構想段階から数えれば、実に25年に及んだ『暗夜行路』の執筆の変遷を志賀自身の歩みと重ね合わせてたどります。

第3部 十代にいのちを伝える――「城の崎にて」
高校の教科書において、志賀作品のなかで最も多く取り上げられている「城の崎にて」。
この作品が十代に読まれることは何を意味するのでしょうか。
【コーナー展示】 
機〇峅貭昇函ヽ惱院中等科時代のスケッチ(松室重剛指導)
供 岾タГ侶遏廖仝狭討覇匹爛織ぅ肇襪諒兪

---特別関連イベント
詩人 高橋睦郎に聞く、志賀直哉文学の魅力
日 時 5月3日(木・祝)午後2時〜3時30分 於:講堂
参加料 1000円(観覧料込。当日いただきます)
申込み お電話でご予約下さい。03-3468-4181 (定員80名)

---春の駒場周遊企画
志賀直哉と、日本民藝館初代館長・柳宗悦とは「白樺」の同人であり終生の友人でもありました。
この縁により、日本民藝館・日本近代文学館・日本近代文学館内カフェBUNDANとが初の周遊割引企画を実施。
周遊マップを手に、春の散策へお出かけください。
(マップは日本民藝館、日本近代文学館、BUNDANに設置しています)

---展示室の外で志賀直哉に触れる
●「志賀直哉への新たなまなざし」書下ろしエッセイパネル展示(ロビーにて無料観覧)
 阿部公彦(英文学者・文芸評論家)
 絲山秋子(作家)
 高橋睦郎(詩人)
●志賀直哉の声を聞く
自作朗読「暗夜行路(抄)」「山鳩」

--生誕135年  志賀直哉―「ナイルの水の一滴」同時開催 川端文学の名作供弊鄰執成記念室)
併設の川端康成記念室にて開催。企画展の観覧料(300円)で同時にご覧いただけます。
---第一部     千羽鶴
川端康成 サイデンステッカー宛封書【昭和33年3月15日】 ほか
---第二部 山の音
「山の音」原稿  ほか
---第三部 古都
『古都(豪華限定版)』(牧羊社) ほか
---第四部 みづうみ
川端康成編 『湖』(有紀書房) ほか
---第五部 眠れる美女
「新潮」【昭和35年1月】(「眠れる美女」第一回初出誌) ほか
---第六部 女であること
「女であること」原稿 ほか
---特集展示 -川端康成と志賀直哉-
雑誌「八雲」、『志賀直哉自選集』(集英社) ほか

-&size(16){''[[鎌倉文学館>http://www.kamakurabungaku.com/]]''};
〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷1-5-3([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/9xTisqqVFXo]])
--[[特別展「明治、BUNGAKUクリエイターズ」>http://www.kamakurabungaku.com/exhibition/index.html]]
2018年4月21日(土)〜7月8日(日)
---''概要''
明治時代、西洋に追いつくためさまざまな文化が輸入され、多くの日本人が初めて近代的自我をもつ西洋の小説に触れました。
そして[[二葉亭四迷]]、森鴎外、北村透谷、[[国木田独歩]]、[[島崎藤村]]、[[田山花袋]]、[[夏目漱石]]、[[石川啄木]]らの作家たちは、新しい時代の日本の文学がどうあるべきか、テーマや文体について模索、苦悩しながら作品を生み出していきました。
明治150年にあたる本年、日本近代文学の黎明期の作家たちの葛藤を独自の解釈により書いた高橋源一郎氏の小説『日本文学盛衰史』をもとに、時代の開拓者である明治の作家たちを貴重な資料で紹介します。
● 入館料	一般400(280)円 小中学生200(140)円
※( )は20人以上の団体料金
● 開館時間	9:00〜17:00  ※入館は30分前まで
● 休館日	4月23日(月)、5月7日(月)、6月18日(月)、 7月2日(月)
● 特別協力	高橋源一郎(作家)
● 主催	鎌倉文学館指定管理者 鎌倉市芸術文化振興財団 国際ビルサービス共同事業体

-&size(16){''[[東京国立博物館>http://www.tnm.jp/]]''};
〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
--東京国立博物館 総合文化展(常設展)特集展示 『就任100年 帝室博物館総長森鷗外の筆跡』
会場:本館15室
会期:2018/5/15〜2018/7/8(情報:[[東京国立博物館年間スケジュール表>http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1255]]より)

-&size(16){''[[三鷹市美術ギャラリー>http://mitaka-sportsandculture.or.jp/]]''};
--[[太宰治 三鷹とともに―太宰治没後70年―>http://mitaka-sportsandculture.or.jp/dazai/event/20180616/]]
2018年 6月16日(土)〜7月16日(月・祝) 
会場:三鷹市美術ギャラリー
---''概要''
[[太宰治]](1909–1948)は妻美知子と甲府で新婚生活を営みながら、昭和14(1939)年9月1日に〈下連雀一一三〉(現三鷹市下連雀二丁目)の新築借家に転居します。
家族とともに、亡くなるまで(疎開期間を除いた約7年半)をここで過ごし、その間、師友、弟子をはじめとする多くの文化人と文芸談義に花を咲かせ、研鑽を積みました。
三鷹では「走れメロス」(昭和15年)、「東京八景」(昭和16年)、「斜陽」(昭和22年)、「人間失格」(昭和23年)などの珠玉の作品を発表し、自宅の書斎や、終戦後は駅前に仕事部屋を借りて代表作と言われるその多くを執筆しました。
一町民として生き、一作家として書き尽くした太宰にとって〈東京市外、三鷹町〉は、あらゆるものとの距離感を保つに絶好の創作地だったと言えます。
太宰が住んだ当時の三鷹は、自宅周辺に麦畑が広がる一見穏やかな農村地帯。
しかし、戦況が悪化するにつれ軍需産業の町として著しい成長を遂げた町でもありました。
本展では、激動の時代の潮流に呑込まれてゆく三鷹に身を置きながら、筆一本で人気作家に長じた太宰治の人生と、太宰治を支えた人々との交流に迫ります。

**中部地方 [#a2a456ed]

-&size(16){''[[徳田秋聲記念館>http://www.kanazawa-museum.jp/shusei/index.html]]''};
--企画展「秋聲をめぐる人々ー文壇星座観測ー」
場所: 徳田秋聲記念館(金沢市東山1丁目19番1号)
入館料:一般300円(20名以上で団体割引250円)、高校生以下無料、65歳以上・障害者手帳をお持ちの方およびその介護人200円(祝日無料) 
開催期間:2018年3月1日(木)〜 2018年7月1日(日)※会期中無休
---''概要''
[[徳田秋声]]は明治・大正・昭和の三代を第一線で活躍した作家です。
その間約40年、秋聲は決してひとりきりで文業に挑み続けたわけでなく、その前には文学を志す彼を育て導いた先達がおり、隣には文名を競い合った兄弟弟子がおり、また時に激しくぶつかり、言葉を尽くし歩み寄らんとした同志たちがおり、そんな秋聲を慕い、逆境のとき彼の力となった後進がおり――そうしたさまざまな作家たちとの交流が、長きにわたる秋聲の創作活動を支えました。
本展では、文壇に無数に散らばる星と星、すなわち秋聲をめぐる人々を線で結び、その関係性をご紹介します。(徳田秋聲記念館HPより)
※芥川龍之介筆 秋聲宛書簡 (徳田家蔵)、 尾崎紅葉筆 秋聲宛葉書 (徳田家蔵)の展示あり。※
◇ 金沢市主催「文豪とアルケミスト」とのタイアップ企画を開催中。

-&size(16){''[[山梨県立文学館>http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/]]''};
〒400-0065 山梨県甲府市貢川1丁目5-35([[Google Map>https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%B1%B1%E6%A2%A8%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@35.6600509,138.537181,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x601bf79f84cc31d9:0xffffa18910ca9716!8m2!3d35.6600509!4d138.5393697]])
--[[特設展 生誕120年 井伏鱒二展 旅好き 釣り好き 温泉好き>http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/exhibition/2018/04/post-51.html]]
平成30年4月28日(土)〜6月17日(日)
---''概要''
[[井伏鱒二]]の生誕120年を記念して、下部温泉、増富ラジウム温泉、疎開した甲府など、井伏が山梨各地に残した足跡や、俳人の飯田蛇笏・龍太親子との交流を、当館収蔵の原稿、書簡、書画などを中心にたどっていきます。(告知ページより)

#region(主な展示資料・関連イベント一覧を開く)

#region(主な展示資料)

|>|~主な展示資料|
|~原稿・草稿|「頓生菩提」「二つの話」 「本日休診」「甲斐の黒駒」「釣宿」「旧・笛吹川の趾地」|
|~書画|「はなにあらしのたとへもあるぞさよならだけが人生だ」&br;「今宵は仲秋名月初恋を偲ぶ夜われら萬障くりあはせよしの屋でひとり酒をのむ」&br;幸富講寄せ書き|
|~書簡|飯田龍太との往復書簡、太宰治 井伏鱒二宛書簡、深沢七郎 井伏鱒二宛書簡&br;熊王徳平、一瀬稔、中込重春、野上照代などに宛てた書簡|

#endregion

#region(関連イベント)

|>|~関連イベント(※要申込のイベントは、お電話か山梨県立文学館受付でお申込みください。)|
|町田康 講演会「井伏鱒二の笑いと悲しみ」|6月10日(日)午後1時30分〜&br;講師:町田康(作家)&br;会場:講堂 定員500名 要申込 聴講無料|
|ワークショップ「羊毛フェルトで山椒魚を作ろう!」|6月2日(土)午後1時30分〜&br;講師:小澤美智子(フィトンチッド工房主宰)&br;会場:研修室 対象:小学校以上 定員25名 材料費500円 要申込&br;ワークショップは材料費がかかります。|
|映画鑑賞会「黒い雨」|5月20日(日)午後1時30分〜&br;原作井伏鱒二 監督 今村昌平&br;出演 田中好子、北村和夫、市原悦子ほか 東映 1989年&br;会場:講堂 定員500名 申込不要 鑑賞無料|
|年間文学講座3「山梨の文学」第1回「井伏鱒二と山梨」|5月12日(土)午後2時〜&br;講師中野和子(当館学芸員)&br;会場:研修室 定員150名 要申込 聴講無料&br;(年間文学講座3は5、7、12月に3回開講される文学講座)|
|閲覧室資料紹介「井伏鱒二を読む」|4月28日(土)〜6月17日(日)&br;午後9:00〜午後7:00まで(土日祝は午後6:00まで) 入場無料&br;会場:閲覧室&br;『黒い雨』、『本日休診』や、山梨を舞台にした『岳麓点描』などの著作や研究書を紹介します。&br;資料は手に取ってご覧いただけます。|

#endregion

#endregion

-&size(16){''[[福井県ふるさと文学館>http://www.library-archives.pref.fukui.jp/?page_id=673]]''};
〒918-8113 福井県 福井市下馬町51-11
--ふくいのお宝 ―ふるさと文学館コレクション展―
期間:平成30年4月21日(土)〜6月24日(日) 観覧無料
---''概要''
福井を代表する作家[[三好達治]]、[[中野重治]]、高見順、水上勉、津村節子の5人は、日本の近現代文学を代表する作家でもあります。
本展では、この5人の作家と作品の数々は、まさに福井が誇る宝です。
本展では、自筆原稿や愛用品、執筆関連資料など、開館3周年を迎えたふるさと文学館がこれまでに収集してきた5人に関する資料を一堂に展示し、その業績と作品の魅力をあらためて紹介します。
---主な展示資料
  三好達治愛用のカバン、中野重治「『文学者に就て』について」原稿、高見順従軍時の手帳、水上勉「父と子」装画(画:司修)、津村節子「炎の舞い」原稿など


**近畿地方 [#vd555563]

-&size(16){''[[川端康成文学館>http://www.city.ibaraki.osaka.jp/kikou/shimin/bunka/menu/kawabata/raikanannai/kawabata.html]]''};
〒567-0881 大阪府茨木市上中条2丁目11-25
--[[テーマ展示「川端康成と横光利一」>http://www.city.ibaraki.osaka.jp/kikou/shimin/bunka/menu/kawabata/kaisaichu/40510.html]]
2月11日(月)〜5月21(月)
(火曜日、3月22日、祝日の翌日は休館)
開館時間:9:00〜17:00
--''概要''
今日からこちらの展示が始まります。利一の生誕120年にあたっての展示だそうです。
新感覚ファンは是非。 

**中国地方 [#jfaa55f5]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**四国地方 [#u126d685]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**九州地方 [#n30814ea]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**沖縄地方 [#gadb8dc0]

現在開催中のイベントはありません。もし開催中イベント情報をお持ちでしたらコメント欄にお寄せ下さい。

**毎年開催 [#j43a26a6]
#region(クリックで開きます)
-&size(16){''尾崎紅葉祭・紅葉筆塚祭(静岡県熱海市)''};
開催期間:毎年1月17日
--2018年の第75回目は市制80周年事業として「尾崎紅葉150年祭」が予定されている。
--当日スケジュールを[[熱海市観光協会 公式観光サイト「あたみニュース」>https://www.ataminews.gr.jp/]]の尾崎紅葉祭イベントページで確認可能。

-&size(16){''[[鎌倉文学館>http://www.kamakurabungaku.com/]]''};
〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷1-5-3([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/9xTisqqVFXo]])
--''「愛は言葉だ!文豪のハートにふれるバレンタイン」''
---開催期間:毎年1下旬〜2/14の週末まで(詳しい開催期間は公式サイト・Twitterの告知要確認)
---[[芥川龍之介]]、[[太宰治]]、[[中原中也]]、[[夏目漱石]]らの文豪の愛にまつわる作品展示
---「文豪の愛の言葉おみくじ」イベントも同時開催
---「文豪の愛にまつわるギャラリートーク」期間中の土日・祝日・14日 13:00〜(10分程度)
---「実篤チョコ特別販売」武者小路実篤記念館で限定販売(300個限定、1缶540円(税込)チョコレートはモロゾフ製)

-&size(16){''菊池寛忌''};
開催期間:毎年3月4日から3月12日
菊池寛忌([[菊池寛]]の命日)を含む期間(3/4〜12)、菊池寛アニバーサリー・イベントが開催されます。
詳細は詳細は[[菊池寛記念館>http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kyouiku/bunkabu/kikuti/kantop.html]]と[[高松市菊池寛アニバーサリーページ>http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/3674.html]]をご覧下さい。

-&size(16){''「女川・光太郎祭り」(女川・光太郎の会主催)''};
毎年8月9日
会場:[[女川フューチャーセンター・カマス>http://www.onagawa-future.jp/]]
〒986-2261 宮城県牡鹿郡女川町女川浜大原75
--昭和6年(1931年)に『時事新報』の依頼で三陸沿岸一帯の紀行文「三陸廻り」を執筆する為に[[高村光太郎]]が東京を発った日を記念して永く光太郎の精神を受け継ごうと始まったイベント。主に、作品の朗読会や講演などが行われる。
光太郎は同年8月に三陸地方を巡り、その際に女川の事を書いた紀行文や詩を残しており、91年にそれらの紀行文や詩の文学碑が女川港近くに建ち、翌92年から女川・光太郎祭りが開催されている。

-&size(16){''[[長崎歴史文化博物館>http://www.nmhc.jp/]]''};([[Facebook>https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1638399016193742&substory_index=0&id=148322191868106&__tn__=%2As%2As-R]])
〒850-0007 長崎県長崎市立山1-1-1
開催期間:毎年7月20日頃〜9月中旬(詳しい開催期間は公式Facebookの告知要確認)
観覧料:600円
--芥川龍之介の「河童屏風図」展示
[[芥川龍之介]]が芸妓に描き贈った「河童図屏風」が、毎年7月20頃から9月中旬まで長崎歴史文化博物館の常設展示室「近代化の魁」コーナーで公開されています。
ホームページ上では開催期間を確認出来ませんでしたので、お知らせ時のFacebookを添付いたします。
--交通アクセスについて
複雑な道路事情、周辺駐車場が少ないため、慣れていない方は公共交通機関がおすすめです。
バスは長崎駅前バス停から県営バス「風頭町行き/歴史文化博物館経由」が出ています。
歴史文化博物館で下車。
路面電車は脱線事故の影響で、長崎駅前から最寄りの桜町電停を通る路線「蛍茶屋行き」は運行していますが、桜町電停から長崎駅前に向かう路線「桜町経由赤迫行き」は29年9月現在運休となっています。

#endregion

・終了した期間限定イベント情報は[[文豪ゆかりの地・終了済み期間限定イベントログページ]]に集約しました。

////////////////////ここまで期間限定////////////////////

*北海道地方 [#ldbe7939]

&size(16){''北海道''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[市立小樽文学館>http://otarubungakusha.com/yakata]]''};
〒047-0031 北海道小樽市 色内1丁目9番5号([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/3bYMMUwbwi92]])
--''概要''
函館に次いで古くから開かれた港町、北海道経済の窓口としてかつては盛況を誇った小樽。
経済的繁栄を背景に花開いた文学者たちの歩みを後世に伝える文学館。
[[小林多喜二]]、[[石川啄木]]、伊藤整などの書簡、色紙、初版本などが展示されている。
--''常設展に作品がある文豪''
[[小林多喜二]]、[[石川啄木]]

-&size(16){''土方・啄木浪漫館''};
〒040-0022 北海道函館市日乃出町25-4([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/mrGCYwUerhx]])
--''概要''
啄木小公園に隣接している。
函館に縁の深い土方歳三と[[石川啄木]]に関する「哀愁テーマパーク」と銘打った施設。
石川啄木函館記念館はその2階にある。
資料展示室には歌集『一握の砂』初版本や『悲しき玩具』のフランス装丁版などが展示されている。
展示室奥には約100名収容できる「浪漫シアター」があり、明治40年の弥生尋常小学校(現・函館市立弥生小学校)の教室をイメージしたつくりとなっている。
そこには石川啄木の精巧なハイテクロボットがおり、代用教員として務めていた石川啄木が歌を詠んだり、生徒や来館者に話かけたりしながら授業を進めていく。
1階にある浪漫食堂では「オリジナル 啄木カレー」や「啄木参食膳」などが食べられる。

-&size(16){''有島記念館''};
〒048-1531 北海道虻田郡 ニセコ町有島57番地
TEL (0136)44-3245 FAX (0136)55-8484
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後 4時30分まで)
・休 館 日:毎週月曜日及び年末年始
※ただし5月から9月は無休(月曜日が、祝祭日及びその振替休日の時はその翌日)
入 館 料 :500円(団体10名以上:400円) 高校生:100円 ※中学生以下および65歳以上のニセコ町民は無料
--''概要''
「カインの末裔」「生れ出づる悩み」「或る女」などで知られる大正期の作家・[[有島武郎]]の人と作品、武郎が所有した農場の足跡を紹介しています。

-&size(16){''[[港文館>http://www.h-rokyo.com/kobunkan/]]''};
〒085-0847 北海道釧路市大町2丁目1-12
開館時間:10時〜18時(5月から10月)、10時〜17時(11月から4月)
休館日:月曜日、12/31〜1/3 
入館無料
--''概要''
[[石川啄木]]は1908年(明治41年)1月21日から76日間、新聞記者として釧路市に滞在していた。
港文館はその所縁から1993年(平成5年)に旧釧路新聞社社屋を港湾休憩所として復元したもの。
1階は売店・喫茶、2階は釧路新聞社提供の啄木関連資料を展示した「啄木資料室」となっている。
玄関外に啄木の銅像と歌碑板、周辺の「啄木道」や「啄木ゆめ公園」などに25基の歌碑が建てられており、館でも定期的に「啄木講座」や「歌碑巡り」などのイベントを開催している。

#endregion
#region(お墓)
-&size(16){''奥沢墓地''};
〒047-0013 北海道小樽市奥沢5丁目130/市立天神小学校南
--''概要''
[[小林多喜二]]の墓所。毎年命日には多くの参拝者が訪れる。

-&size(16){''石川啄木一族の墓''};
〒040-0045 北海道函館市住吉町15([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/pRbs4257guD2]])
--''概要''
立待岬の少し北側に一族の墓がある。近くには与謝野寛・晶子の歌碑([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/5argaLkn7bQ2]])もある。
#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
--''概要''
北海道内には40ヶ所以上[[石川啄木]]の歌碑がある。

-&size(16){''小林多喜二旧居跡''};
JR函館本線「小樽築港」駅南
--''概要''
明治末期に秋田から移住してきた際に、この場所で家族が小さなパン屋を営んでいた。その時出来た港が「小樽築港」。
碑文には住んでいた頃のエピソードが詳しく書かれている。
近所にはタコ部屋(戦前の北海道で、労働者をかなりの期間身体的に拘束して行われた非人間的環境下における過酷な肉体労働を「タコ部屋労働」と言った) があり、虐待に耐えかねた労働者が逃げ込んできたこともあったとの事。

-&size(16){''幸田露伴句碑''};
〒046-0021 北海道余市郡余市町浜中町238 北海道中央水産試験場敷地内
--''概要''
幸田露伴は、電信技手として余市に赴任、2年余を過ごした後、上京し作家生活に入った。
句碑には露伴の筆跡で自身の句「&ruby(からざけ){塩鮭};のあ&ruby(ぎ){機};と&ruby(かぜふ){風吹};く&ruby(さむ){寒};さかな」が刻まれている。

-&size(16){''小林多喜二文学碑''};
〒047-0033 北海道小樽市富岡旭展望台
アクセス:小樽駅からバスで15分。バス「小樽商大線」・「商業高校前」下車  徒歩25分
--''概要''
[[小林多喜二]]は4歳のとき小樽に渡り、昭和5年まで住んだ。
見開き本の形をした碑で、友人に宛た手紙の一部が碑文として刻まれている。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''[[旧有島武郎邸>https://artpark.or.jp/shisetsu/arishimatakeo-kyutei/]]''};
〒005-0864 北海道札幌市南区芸術の森2丁目
開館時間:9:45〜17:00(6月1日〜8月31日は17:30)
入館料:無料
休館日
4月29日〜11月3日無休
11月4日〜11月29日土日祝のみ開館
''&color(#ff0000){冬期間 閉館};''
''&color(#ff0000){休館期間中の見学希望は、芸術の森 管理課(011-592-5111)までご連絡下さい。};''
--''概要''
札幌にゆかりの深い文豪、[[有島武郎]]。
大正2年に建てられた邸宅を当時の姿そのままに芸術の森に移築復元し、有島武郎の様々な資料を展示しています。
館内には、小さなカフェコーナーもあり、休憩スポットとしてもご利用いただけます。
#endregion

#region(その他)
-&size(16){''啄木小公園''};
〒040-0022 北海道函館市日乃出町25([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/dSuG8B8ogsN2]])
--''概要''
公園内に石川啄木座像があり、青年時代に啄木の詩に触れ感銘を受けた彫刻家・本郷新が53歳の時に制作した作品。
台座には「潮かおる北の浜辺の砂山のかの&Ruby(はまなす){浜薔薇};よ今年も咲けるや」の歌が刻まれており、啄木の石膏原型は函館市文学館2階に展示されている。
隣接地には土方・啄木浪漫館もある。
#endregion

////////////////////ここまで北海道地方////////////////////

*東北地方 [#z0b209e6]

&size(16){''青森県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''[[太宰治記念館「斜陽館>http://dazai.or.jp/modules/contents/class-a01.html]]」''};
〒037-0202 青森県五所川原市金木町朝日山412-1([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/P9BwKCtb64y]])
--''概要''
[[太宰治]]の生家。太宰の父、津島源右衛門によって建てられた豪邸。
建物は国の重要文化財建造物に指定されており、明治期の木造建築物としても貴重である。
現在は太宰治の記念館となっており、太宰が生前着用していたマントや執筆用具、直筆原稿、書簡、初版本や外国語の翻訳本などが展示されている。

-&size(16){''[[小説「津軽」の像記念館>http://dazai.or.jp/modules/contents/class-a05.html]]''};
〒037-0511 青森県北津軽郡中泊町小泊砂山1080-1
--''概要''
小説「津軽」の像に隣接する小説「津軽」の像記念館では、小説「津軽」の誕生から、小説「津軽」のたどった足跡、「津軽」が執筆されるようになった経緯を紹介しているほか、越野タケと太宰治の年譜、写真、思い出の品をパネルなどで解説しています。
映像音声コーナーとして、太宰の合成音声、長女園子さんの映像や音声を自由に選択できるコーナーを設置。
ほかに、在りし日のタケの姿と太宰を映像でとらえたビデオシアター、タケが太宰との思い出を語る映像など、小説「津軽」にまつわるものを展示しています。

-&size(16){''[[青森県近代文学館>http://www.plib.pref.aomori.lg.jp/viewer/info.html?id=30]]''};
〒030-0184 青森県青森市荒川藤戸119-7 青森県立図書館2階常設展示室
--''概要''
常設展に[[太宰治]]を始めとした青森県ゆかりの文学者の直筆原稿や書画が展示してある。

#region(青森県近代文学館 太宰治常収蔵資料一覧)

|>|~青森県近代文学館 太宰治常収蔵資料一覧|
|~直筆原稿|「人間失格」&br;「お伽草子」|
|~書画|「常人の恋心といふよりは」書画(歌軸)&br;「蔵に収めず」書画(短冊)|
|~書簡|久保隆一郎宛(昭和9年9月13日付)書簡|

#endregion

-&size(16){''[[弘前市立郷土文学館>http://www.city.hirosaki.aomori.jp/bungakukan/]]''};
〒036-8356 青森県弘前市大字下白銀町2-1 追手門広場内
開館時間 9時〜17時(入館は16時30分まで)
観覧料  小中学生50円
     一般100円
     ※65歳以上の市民、市内の小・中学生や外国人留学生、多子家族応援パスポートをお持ちの方、県内外の障がい者は無料。
     (年齢や住所を確認できるものを掲示してください。)
--''概要''
[[太宰治]]を始め、弘前市とゆかりある文学者9人の資料などを展示している。

-&size(16){''[[太宰の宿「ふかうら文学館」>http://www.town.fukaura.lg.jp/spot/309.html]]''};
〒038-2324 青森県西津軽郡深浦町大字深浦字浜町134
◎開館時間 午前8時30分〜午後5時
◎観覧料   一   般/300円(団体150円)
       高・大学生/200円(同  100円)
       小・中学生/100円(同 50円)
--''概要''
歴史と美しい夕陽海岸で知られた深浦町に新しい文化・観光ルートが誕生しました。「太宰の宿 ふかうら文学館」です。
[[太宰治]]、大町桂月、成田千空の三人の作家をメイン展示とし、深浦にゆかりのある文人たちも紹介しています。
太宰治が宿泊した旧秋田屋旅館を改築したもので、ほっとしたくつろぎの中で、文学的な雰囲気に浸ることが出来ます。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''石川啄木歌碑''};

#region(青森県内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。)

青森県内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。

|~場所|~住所|~内容|
|~十和田荘|〒018-5501 &br;青森県十和田市奥瀬十和田湖畔休屋 十和田荘前|「夕雲に丹摺はあせぬ 湖ちかき草舎くさはら 人しづかなり」の句が刻まれている。|
|~野辺地町愛宕山公園|〒039-3118 &br;青森県上北郡野辺地町寺ノ沢56|「潮かをる北の浜辺の 砂山のかの浜薔薇よ 今年も咲けるや」の句が刻まれている。|
|~大間崎|〒039-4601 &br;青森県下北郡大間町大間大間平17-1|ストーンサークルのような意匠の碑で、三基の石柱にそれぞれ&br;「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」 &br;「大といふ 字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて 帰り来れり」 &br;「大海に むかひて一人 七八日 泣きなむとすと 家を出でにき」 &br;の句が刻まれている。|

#endregion

-&size(16){''[[小説「津軽」の像>http://dazai.or.jp/modules/contents/class-a05.html]]''};
〒037-0511 青森県北津軽郡中泊町小泊砂山1080-1
--''概要''
小説「津軽」のクライマックス。太宰の子守をしていたタケと太宰が30年ぶりに再会を果たした丘にあるのが、小説「津軽」の像と太宰治文学碑です。
太宰の子守タケが住んでいた旧小泊村(中泊町)にも太宰の文学碑を作ろうと、平成元年に建立。

-&size(16){''幸田露伴文学碑''};
〒039-4100 青森県上北郡横浜町雲雀平 国道279号沿い
--''概要''
1892年7月10日から8月15日までの紀行を記した「易心後語」(岩波書店「露伴全集」第十四巻収録)より、東京から仙台・盛岡・野辺地を経て恐山に向かう際、石碑辺りの情景を映し出したと思しき一節が刻まれている。

#region(「易心後語」より抜粋されている一節)

「左に絶えず海を眺めつ
&ruby(ぼうぼう){茫々};たる&ruby(はらなか){原中};を
歩まするに&ruby(しょうぶ){菖蒲}; &ruby(はまなす){玫瑰};
遠く近く 咲きにほひ
さま&ruby(ざま){ヽヽ};の&ruby(とり){禽};の歌ふ
声&ruby(のどけ){長閑};く立てる座れる
&ruby(ねむ){睡};れる 当歳 二歳
三歳の馬どもの&ruby(おの){各};が
じし自由に振舞へるも
我等の眼には
&ruby(あたら){新};し&ruby(し){ゝ};」

#endregion

-&size(16){''若山牧水句碑''};
〒037-0044 青森県五所川原市元町 八幡宮裏手
--''概要''
昭和27年に和田山蘭・加藤東籬・[[若山牧水]]の交流を記念して建立された句碑で、大正15年の来訪時に詠んだ「ひっそりと 馬のりいるゝ つがる野の 五所川原まちは ゆきをやみせり」が刻まれている。

-&size(16){''佐藤春夫詩碑''};
〒034-0301 青森県十和田市奥瀬(銚子大滝)
--''概要''
1951年(昭和26年)6月30日、作詞を担当した青森県立三本木高等学校の校歌制定発表式に出席するため青森県を訪れ、その後、奥入瀬・十和田湖・蔦、恐山、種差などを巡った際に作った「奥入瀬渓谷の賦」より「おちたぎり急ぎ流るるなかなかに 見つつ悲しき 行きゆきて 野川と濁る 汝が末をわれし知れれば」の一節が刻まれている。

-&size(16){''「佐藤春夫 奥入瀬渓谷の賦」木碑''};
〒034-0301 青森県十和田市奥瀬(銚子大滝)
--''概要''
1951年(昭和26年)6月30日、作詞を担当した青森県立三本木高等学校の校歌制定発表式に出席するため青森県を訪れ、その後、奥入瀬・十和田湖・蔦、恐山、種差などを巡った際に作った「奥入瀬渓谷の賦」全編が書かれており、佐藤春夫詩碑の近くに設置されている。

-&size(16){''高村光太郎「十和田湖畔の裸像に与ふ」詩碑''};
〒018-5501 青森県十和田市奥瀬十和田湖畔休屋
--''概要''
平成6年6月18日に乙女の像のすぐ近くに建立された、乙女の像への思いを詠った「十和田湖畔の裸像に与ふ」が刻まれた詩碑。

-&size(16){''吉川英治句碑''};
〒036-0173 青森県平川市切明坂本1-32
--''概要''
1930年(昭和5年)に[[吉川英治]]が「宮本武蔵」を執筆中に温川温泉に来た時に詠んだ「ぬる川や、湯やら霧やら月見草」の句が刻まれている。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''乙女の像''};
〒018-5501 青森県十和田市奥瀬十和田湖畔休屋
--''概要''
十和田湖の国立公園指定15周年記念事業の一環として[[高村光太郎]]が依頼を受けて制作したブロンズ像。
台座は妻・智恵子の故郷である福島県で産出した黒御影石を用いている。
すぐ傍にはこのブロンズ像への思いを詠った「十和田湖畔の裸像に与ふ」詩碑が建立されている。

-&size(16){''[[浅虫温泉 旅館 椿館>http://www.810215.com/]]''};
〒039-3501 青森県青森市大字浅虫字内野14
電話番号 0120-8102-15 やどにいこー
FAX番号 017-752-3483
宿泊料金 10,650円〜
客室数 26室/収容人数 120名
チェックイン 15:00〜 チェックアウト 〜10:00
日帰り料金 3,300円〜
--''概要''
椿館と太宰治
別項でも紹介しております、棟方志功画伯も椿館を愛してやまなかったお一人ですが、実は他にも、ここ、椿館を愛していた作家はおりました。皆様もよくご存知の文豪 太宰治です。
太宰治はこちらに投宿しておりまして、太宰治の母親と姉が当館に湯治をしておりました。
その当時の状況は氏の小説「思い出」「津軽」に載っております。([[参考>http://www.asamushi.com/ryokan/tsubakikan.html]]/[[浅虫温泉 椿館 旅館案内>http://www.asamushi.com/ryokan/tsubakikan.html]])

#endregion



////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''岩手県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''[[石川啄木記念館>http://www.mfca.jp/takuboku/]]''};
〒028-4132 岩手県盛岡市渋民字渋民9([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/LH1D1pcQ3nm]])
--''概要''
[[石川啄木]]の故郷渋民に、彼の生誕100年を記念して建てられた記念館。
啄木文学の原点から終焉まで啄木の人生を紹介している。
啄木の直筆書簡、ノート、日誌などが展示されている。
敷地内には啄木が代用教員を務めた旧渋民尋常高等小学校や一家が間借りした旧齊藤家が移築されている。

-&size(16){''[[高村光太郎記念館>http://www.hanamaki-takamura-kotaro.jp]]''};
〒025-0037 岩手県花巻市太田第3地割85番地1
--''概要''
[[高村光太郎]]が花巻で過ごした7年の間に遺した様々な資料を展示している。
代表作である「手」や「乙女の像・中型試作」などの彫刻を見ることができる。
光太郎の旧居、高村山荘と隣接している。

-&size(16){''[[宮沢賢治イーハトーブ館>http://www.kenji.gr.jp/office.html]]''};
〒025-0014 岩手県花巻市高松1-1-1
--''概要''
[[宮沢賢治]]に関する数多くの図書や研究論文のほか、様々なジャンルの芸術作品を収集・整理・公開している。
アニメーションの上映や企画展も行っている。
また、「宮沢賢治学会イーハトーブセンター」の本部が置かれている。

-&size(16){''[[宮沢賢治記念館>http://www.miyazawa-kenji.com/kinenkan.html]]''};
〒025-0011 岩手県花巻市矢沢第1地割1番地36
--''概要''
[[宮沢賢治]]ゆかりの地に建てられた記念館。
スクリーン映像や関係資料を5分野に分類し、解説と作品に至る創作過程、最新の研究成果などを紹介している。
喫茶コーナーでは、地元のりんごを使った果汁100%(無添加)のりんごジュースが飲める。

-&size(16){''[[宮沢賢治童話村>https://www.city.hanamaki.iwate.jp/shimin/176/181/p004861.html]]''};
〒025-0014 岩手県花巻市高松26-19
--''概要''
賢治童話の世界で楽しく遊ぶ「楽習」施設。
「銀河ステーション」、「天空の広場」、「賢治の教室」、「妖精の小径」、「ふくろうの小径」、「山野草園」、「賢治の学校」がある。
また、ログハウス展示施設「賢治の教室」では、童話に登場する植物や動物、星、鳥、石に関する展示を行っている。
入場無料だが、童話村内の「賢治の学校」に入館する場合は別途入館料が必要。

-&size(16){''[[小岩井農場まきば園>http://www.koiwai.co.jp/makiba/]]''};
〒020-0507 岩手県岩手郡雫石町丸谷地36-1
--''概要''
宮沢賢治は中学校の遠足の帰り道に小岩井農場を訪れ、以後たびたび通っていたそう。
賢治が生前発行した心象スケッチ『春と修羅』・イーハトヴ童話『注文の多い料理店』には小岩井農場を舞台とした作品(「小岩井農場」・「狼森と笊森、盗森」)が収録されている。(公式サイトの紹介を要約)
農場内の小岩井農場資料館には宮沢賢治とのかかわりに関する展示が行われている。
併設レストランや園内のフードワゴンで生乳ソフトクリームやジンギスカンが食べられたり、日によっては乗馬や羊の毛刈りショーなども楽しめる。
また、乳業工場(4/21まで冬期休業中)では新鮮な牛乳の試飲も可能。
&color(#ff0000){''※冬期(11/19〜3/18)まで資料館は休業中。また、時期により営業時間に変動があるので、出発前に公式サイトにて営業時間要確認。''};

-&size(16){''[[もりおか啄木・賢治青春館(旧第九十銀行)>http://www.odette.or.jp/seishunkan/index.html]]''};
〒020-0000 岩手県盛岡市中ノ橋1丁目1-25
アクセス:盛岡駅前バス乗り場6番線 盛岡バスセンター行
またはでんでんむし号 盛岡バスセンター下車
--''概要''
明治11年に士族の銀行としてスタートした第九十銀行が、明治43年に建てたものです。
市内の銀行店舗としては最も歴史があり、ロマネスク風の趣をかもし出しています。
様式は簡略化され、内部は明治末期のデザイン潮流をしのばせます。
しゃれたベージュ色のタイル貼りに、花崗岩の加工仕上げと荒くカットした石積みとの組合せが風格ある造りです。
盛岡市歴史的建造物に指定されています。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''啄木歌碑''};
--''概要''
岩手県内には60ヶ所以上[[石川啄木]]の歌碑がある。
石川啄木記念館の近くにも1つある。([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/nTwpSwijNbv]])
盛岡市馬場町の下橋中学校校門前には「石川啄木・若山牧水友情の歌碑」もある。

-&size(16){''宮沢賢治の詩碑''};(アクセス方法:[[中尊寺公式HP>http://www.chusonji.or.jp/access/index.html]]より)([[詩碑の写真>http://hiraizumi.or.jp/history/kuhi.html]])
〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
電話:0191-46-2211
FAX:0191-46-2216
--''概要''
中尊寺金色堂の敷地内にある[[宮沢賢治]]の詩『中尊寺』の詩碑。直筆のものを約20倍に拡大して写したもの。
金色堂建立850年を記念し昭和34年にたてられたもの。
拝観時間 年中無休
3月1日〜11月3日 8:30〜17:00
11日4日〜2月末日まで 8:30〜16:30 
※10分前に拝観券発行を終了
入館料
大人 800円
高校生 500円
中学生 300円
小学生 200円
(団体は 30名以上1割引 100名以上2割引)
障害者手帳を持っている場合、提示することで半額になる。

-&size(16){''[[賢治・医大詩碑>http://www.odette.or.jp/information/?page_id=333]]''};
〒020-0023 岩手県盛岡市内丸19-1
アクセス:盛岡駅前バス乗り場6番線 盛岡バスセンター行
中央通一丁目下車 徒歩2分
またはでんでんむし号 医大前下車
--''概要''
1914年(大正3)盛岡中学卒業の年、[[宮沢賢治]]はかねてから患っていた鼻炎の手術をうけるために岩手病院(現在の岩手医科大学付属病院)に1か月ほど入院しました。
憂うつな入院生活のなか、看護婦に恋心を抱きます。といっても、何かがあったというわけではありません。
看護婦が賢治の手首をとって10秒間、脈拍を測る。それだけの関係です。
しかし、賢治は真剣でした。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''[[高村山荘>https://www.city.hanamaki.iwate.jp/shisei/418/425/p004836.html]]''};
岩手県花巻市太田3-236-2(高村山荘総合案内所)([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92025-0037+%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C%E8%8A%B1%E5%B7%BB%E5%B8%82%E5%A4%AA%E7%94%B0%E7%AC%AC%EF%BC%93%E5%9C%B0%E5%89%B2%EF%BC%99%EF%BC%91%E2%88%92%EF%BC%93+%E9%AB%98%E6%9D%91%E5%B1%B1%E8%8D%98%E7%B7%8F%E5%90%88%E6%A1%88%E5%86%85%E6%89%80/@39.3873079,141.0034368,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x5f8f6620edb4d213:0x84552db727703061!8m2!3d39.3873139!4d141.0056197]])
--''概要''
[[高村光太郎]]の旧居。
東京の自宅兼アトリエを空襲で失った光太郎は、花巻に疎開してきた。
内部は光太郎が生活した当時のまま保存されている。

-&size(16){''[[啄木新婚の家>http://www.iwatetabi.jp/spot/detail/03201/673.html]](詳細は[[こちら>http://www.iwatabi.net/morioka/morioka/takuboku.html]])''};
〒020-0021 盛岡市中央通三丁目17−18
利用時間 4〜11月 8:30〜18:00 
     12〜3月 9:00〜16:00
定休日	 12/28〜1/4、12〜3月のみ火曜日
入場料金 無料
電話番号 019-624-2193
--''概要''
明治38年、新婚の[[石川啄木]]・節子夫婦が啄木の父母、妹とともに3週間ほど暮らした家。随筆「我が四畳半」にこの頃のことが書かれている。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''宮城県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};

#region(宮城県内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。)

宮城県内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。
|~場所|~内容|
|~東北本線 船岡駅ホーム|歌集『一握の砂』の中の一首「汽車の窓 はるかに北にふるさとの山見え来れば 襟を正すも」が彫られている。&br; また、船岡駅構内の一角に「石川啄木と船岡の人びと」の展示があり、歌碑の拓本も飾られている。|
|~日和山公園|園内の歌碑に「砕けては またかへしくる大波のゆくらゆくらに胸おどる洋」と彫られている。&br; 啄木が盛岡中学校5年生の時に就学旅行で石巻を訪れ、長浜海岸を詠んだ二首のうちの一首。|
|~荻浜羽山姫神社|啄木生誕90周年記念に境内に建立。&br;明治41年に三河丸という船に乗って釧路から上京する途中に荻浜に寄港した折に詠んだ一首&br;「港町 とろろとなきて輪を描く 鳶を圧せる 潮曇りかな」を&br;「暇ナ時」に書き残した啄木直筆より拡大、彫刻されている。&br;また、歌碑の解説板には「漂泊の人はかぞえぬ風青き越の峠にあひし少女かな」も併記されている。|

#endregion

-&size(16){''初恋通り・島崎藤村詩碑''};

#region(初恋通りには、数基の[[島崎藤村]]の詩碑がある。)

初恋通りには、数基の[[島崎藤村]]の詩碑がある。
|~碑銘|~説明|
|~「若菜集」碑|初恋通りを少し入った所にある小ぶりの碑。&br;付近の宮城野橋(通称:X橋)の欄干石柱を再利用して作られており、島崎藤村の「初恋」より&br;「わがこころ なきためいきの その髪の毛にかかるとき 楽しき恋の盃を 君が情けに酌みしかな」が刻まれている。|
|~詩碑「草枕」|平成19年9月2日に青葉城跡より藤村広場に移設された碑文。&br;島崎藤村の直筆による若菜集『草枕』が彫り込まれている。&br; 昭和12年、青葉城跡にあったこの碑を島崎藤村が訪ねている。|
|~詩碑「潮音」|日本近代詩発祥の地碑の近くにある小ぶりの碑。&br; 付近の宮城野橋(通称:X橋)の欄干石柱を再利用して作られており、島崎藤村の「潮音」が彫られている。|
|~荒浜の春の潮騒の記念碑|もとは仙台市若林区荒浜地区の個人宅敷地内にあったが、東日本大震災の津波被害によって&br;同地区が荒廃し放置されていた為に平成27年8月に藤村広場に移設。&br;詩碑「潮音」よりやや大きめのどっしりとした碑で、失恋の痛手から関西方面をさまよった島崎藤村が、荒浜を見て「初めて大洋を望んだ」と感動した思いを詠んだ「潮音」が刻まれている。&br;津波によって詩碑の一部が損傷しており、藤村の詩の情緒と共に津波の激しさを伝えている。|
|~日本近代詩発祥の地&br;名掛丁・藤村下宿『三浦屋』跡|初恋通り沿いにある藤村広場建設に合わせて設置された碑文。&br;「若菜集」の表紙図柄と「ここ三浦屋にありて 若き島崎藤村 日本近代詩の夜明けをつげる『若菜集』を生む」という文言が彫り込まれている。|

#endregion

-&size(16){''シオーモの小径石碑群''};
〒985-0002 宮城県塩竈市海岸通 みなと広場(イオンタウン塩釜すぐそば)

#region(シオーモの小径には塩釜を訪れた文豪の碑文が建立されている。)

シオーモの小径には塩釜を訪れた文豪の碑文が建立されている。
|~文豪名|~内容|
|~[[若山牧水]]|大正五年三月に東北の旅の途中で仙台から塩釜に汽車で訪れ、鹽竈神社に参拝し松島へ向かった事から歌碑が建立された。&br; 『朝の歌』より「塩釜より松島湾へ出づ 鹽釜の入江の氷はりはりと 裂きて出づれば松島の見ゆ」が彫られている。|
|~[[北原白秋]]|昭和十五年六月に松島から船で塩竈を訪れ、鹽竈神社に参詣、勝画楼で昼食に蝦蛄と蟹を食べた事から歌碑が建立された。&br; 『海坂』より「みちのくの千賀の塩釜雨ながら 網かけ竝めぬほばしらのとも」が彫られている。|
|~[[正岡子規]]|明治二十六年七月、汽車で塩竈を訪れて鹽竈神社に詣でた後、当時の海老屋旅館で昼食を摂り、船で松島へ向かった事から歌碑が建立された。&br; 紀行文「はて知らずの記」より「籬嶋 涼しさのこゝを扇のかなめかな」が彫られている。|
|~[[田山花袋]]|大正三年三月、大正六年十二月などに幾度か塩竈を訪れている事から碑が建立された。&br; 碑文は紀行文『山水小記』より塩釜に言及した部分が抜粋されている。|
|~[[宮沢賢治]]|「ポラーノの広場」碑という一際大きな石碑。&br; 「ポラーノの広場」の「五、センダード市の毒蛾」より「そして八月三十日の午ごろ、わたくしは小さな汽船でとなりの縣のシオーモの港に着き、そこから汽車でセンダードの市に行きました。」が彫られている。&br;石碑のやや下よりに空いている丸い穴の先は賢治の故郷である花巻方面を向いているのだという。&br; また、一番下の穴からちらと見えるレールと石碑周辺の敷石は、実際に開業当時の旧塩釜駅で用いられたものを利用している。&br; 解説の副碑は「明治四十五年三月、十六歳の時、修学旅行の途中、石巻から船で塩竈(シオーモ)に。七ヶ浜に泊まり、翌日汽車で仙台(センダート)へ。」と「ポラーノの広場」に因んだルビが振られている。|

#endregion

-&size(16){''宮沢賢治詩碑''};

#region(宮城県内には数カ所に宮沢賢治の詩碑がある。)

宮城県内には数カ所に[[宮沢賢治]]の詩碑がある。

|~場所|~住所|~内容|
|~「ポラーノの広場」碑|〒985-0002&br;宮城県塩竈市海岸通&br;みなと広場(イオンタウン塩釜すぐそば)|「ポラーノの広場」の「五、センダード市の毒蛾」の一節が刻まれた石碑と解説の副碑の二基がある。&br;詳細は「シオーモの小径石碑群」の一覧参照。|
|~「われらひとしく丘に立ち」詩碑|〒986-0833&br;石巻市日和が丘2丁目1-10&br;日和山公園内|[[宮沢賢治]]が盛岡中学4年生の時に修学旅行で石巻を訪れ、生まれて初めて海を見た時に詠んだ「まぼろしとうつつとわかずなみがしら/きほひ寄せ来るわだつみを見き。」という短歌を晩年に文語詩に改作した「われらひとしく丘に立ち」が刻まれた詩碑。&br;奇しくも賢治が修学旅行で石巻を訪れた時、同郷の[[石川啄木]]が石巻を修学旅行で訪れてからほぼ十年後だったという。|
|~「雨ニモマケズ」碑|〒988-0535&br;宮城県気仙沼市唐桑町字馬場&br;若草山頂上|[[宮沢賢治]]の詩「雨ニモマケズ」全文が刻まれている。&br;付近の保育園の裏にある山道を登るので、履き慣れた靴と動きやすい格好推奨。|

#endregion

-&size(16){''高村光太郎文学碑''};

#region(宮城県内には、高村光太郎の石碑が数基ある。)

宮城県内には、[[高村光太郎]]の石碑が数基ある。

|~名称|~住所|~内容|
|~高村光太郎文学碑|〒988-0554 宮城県気仙沼市唐桑町崎浜 御崎神社境内駐車場付近(目印の看板あり)|昭和6年8月15日に[[高村光太郎]]が来村した際、時事新報の委嘱による「三陸廻り」の紀行文の中で唐桑沖の船中からの景観を「霧の中の決意」と題して同年10月に発表した。&br;「霧の中の決意」に添えられたその詩に添えられた短歌「黒潮は親潮をうつ親潮はさ霧をたてゝ船にせまれり」が刻まれている。&br;平成5年3月14日に彼を偲んで建立された。|
|~女川町海岸公園・高村光太郎文学碑|〒986-2261 宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原|[[高村光太郎]]が時事新報の委嘱による「三陸廻り」の執筆に際して訪れた事を記念して建立された。&br;船の形に酷似した高さ2m・幅10m大きな石に五枚の石版が嵌め込まれており、左右各二枚の石版は「三陸廻り」より光太郎が女川町を訪れた際に描いた魚と漁具の縄の絵、文芸評論家・北村太一が「三陸廻り」の女川町の項を書写した原稿が、真ん中は光太郎が渡米する際に詠んだ「海にして 太古の民の おどろきを われふたたびす 大空のもと」の句の自筆筆跡が刻まれている。&br;(真下の小さな石碑には、読みやすいようにと配慮して活字で刻まれた「海にして 太古の民の おどろきを われふたたびす 大空のもと」の句が刻まれた副碑もあるが、平成29年1月19日発行の「女川町議会だより」10ページ目の「高村光太郎文学碑」関連の記述を見るに「よしきり鮫」詩碑と共に津波で流失した模様?)&br;現在は横倒しになっている旧女川交番がある場所から少し海側の、復興事業に支障をきたさない場所に仮設置されている。|
|~「霧の中の決意」詩碑|〒986-2261 宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原|[[高村光太郎]]が時事新報の委嘱による「三陸廻り」の執筆に際して女川町を訪れた時に発表した詩「霧の中の決意」が刻まれた石碑。&br;「よしきり鮫」の詩碑と同じく、光太郎が手許に残した控えの原稿から複写されている。&br;現在は横倒しになっている旧女川交番がある場所から少し海側の、復興事業に支障をきたさない場所に仮設置されている。|
|~「よしきり鮫」詩碑&br;(&color(,#191970){&color(#f0f8ff){流失};};)|〒986-2261 宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原|[[高村光太郎]]が時事新報の委嘱による「三陸廻り」の執筆に際して女川町を訪れた時に発表した詩「よしきり鮫」が刻まれた石碑。&br;光太郎が手許に残した控えの原稿から複写されている。&br;高村光太郎文学碑から少し離れた場所に「霧の中の決意」詩碑と一緒に建立されたが、東日本大震災の津波で流失し、行方不明になっている。|


#endregion

-&size(16){''夏目漱石文学碑''};
〒982-0263 青葉区茂庭字綱木裏山4(大梅寺境内)
--''概要''
大梅寺の名が登場する「草枕」の中の一節「泰安さんはその後発憤して陸前の大梅寺へ行って修行三昧ぢや。今に智識になられやう。結構なことよ」が刻まれている。

-&size(16){''井伏鱒二文学碑''};
〒989-0248 宮城県白石市南町2丁目 傑山寺境内
--''概要''
[[井伏鱒二]]が傑山寺を訪れた際、当時の住職に贈った色紙に認められた「さびしい庭に まつかさ落ちて とてもおまへは 寝にくうござろ」の句が刻まれた碑。
井伏鱒二来山記念碑として建立された。

-&size(16){''正岡子規句碑''};
〒981-0200 宮城県宮城郡松島町松島字町内115 五大堂内
--''概要''
[[正岡子規]]が五大堂に詣でた時に詠んだ「涼しさや 島から島へ 橋つたひ」が刻まれている。

-&size(16){''若山牧水句碑''};
〒988-0171 宮城県気仙沼市赤岩牧沢138-5 リアス・アーク美術館駐車場
--''概要''
「北国紀行」より「うす紅に 葉はいちはやく 萌えいでて 咲かむとすなり 山ざくら花」の句が刻まれている。

#endregion

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[仙台文学館>http://www.sendai-lit.jp/]]''};
〒981-0902 宮城県仙台市青葉区北根2丁目7-1([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@38.296473,140.8739533,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x5f89873e6b42f54d:0x66afb09d74609218!8m2!3d38.296473!4d140.876142]])
--''概要''
平成11年3月開館。初代館長・井上ひさしを始め、[[島崎藤村]]ら仙台市並びに宮城県にゆかりある近代文学関連資料の収集・展示を行っている。
情報・交流コーナーやこどもの本の部屋の利用は無料だが、&color(#ff0000){''常設展・特別展・企画展の観覧および講習室の使用は有料なので注意''};。
但し「仙台文学館友の会」、仙台都市圏「どこでもパスポート」および石巻圏「ゆうゆうパスポート」の会員などは無料観覧可能。
館内喫茶「ひざしの&Ruby(もり){杜};」の特別メニューは、担当者が作者或いは作品ゆかりの地を訪れ、その時々の企画展に合わせて考案している。
//地下鉄で行くと遠いので、バス移動推奨。

・宮城交通
└旧仙台ホテル前の20、21、22、23番のりばから、高速バスおよび急行バスを除く宮城学院前・宮城大学・虹の丘団地・北根三丁目・松陵ニュータウン・向陽台団地・明石台団地・鶴が丘ニュータウン・富谷営業所などが行き先となっている系統のバスに乗車。

・仙台市営バス
└旧仙台ホテル前 (仙台駅西口)23番のりばから地下鉄八乙女駅行きに乗車。
---常設展に展示がある文豪…[[島崎藤村]]

-&size(16){''[[東北学院史資料センター(ラーハウザー記念東北学院礼拝堂地下)>http://www.tohoku-gakuin.jp/archives/guide.html]]''};
〒980-0065 宮城県仙台市青葉区土樋1丁目3-1
&color(#ff0000){''※訪問前に開館時間の問い合わせ必須''};
--''概要''
明治19年に仙台神学校として開校した東北学院は、キリスト教の精神に基づく幅広い人間教育を目指した。
[[島崎藤村]]が教壇に立ったほか、[[岩野泡鳴]]、押川春浪、山川丙三郎などが学んで
いる。
史資料センターでは、学校の歴史と、創設者たちの偉業を顕彰している。


#endregion

#region(その他)

-&size(16){''初恋通り''};([[Googleマップ>https://tools.wmflabs.org/wp-world/googlmaps-proxy.php?page=https:%2F%2Ftools.wmflabs.org%2Fkmlexport%3Farticle%3Dja:%25E5%2588%259D%25E6%2581%258B%25E9%2580%259A%25E3%2582%258A&output=classic]])
--''概要''
仙台駅東口駅前広場に北接するBiVi仙台駅東口および仙台駅東口交番(宮城県警・仙台東警察署管轄)の間にある、[[島崎藤村]]の「若菜集」の代表作「初恋」に因んで付けられた歩行者専用道路。藤村広場すぐそばにある鹽竈神社および三吉神社の表参道も兼ねている。
この通りを真っ直ぐに行き左に曲がると藤村広場がある。
-&size(16){''藤村広場''};
--''概要''
初恋通りを直進して西側(名掛丁鹽竈神社の対面)にある広場で、明治29年に[[島崎藤村]]が仙台にて英語教師をしていた時に下宿した三浦屋旅館の跡地の一部。
往時を偲ばせる面影は無いものの「若菜集」の表紙の揚羽蝶をカラーブロックを用いて描いた絵が足下に広がっており、周囲には「日本近代詩発祥の地 名掛丁・藤村下宿『三浦屋』跡」などの藤村にまつわる碑文がある。

-&size(16){''&ruby(なかけちょうしおがまじんじゃ){名掛丁鹽竈神社};''};
--''概要''
宮城県塩竈市にある鹽竈神社の分祀社。
初恋通り沿いにある神社で、仙台駅東第二土地区画整理事業により[[島崎藤村]]が下宿していた三浦屋旅館跡地に遷座した。
境内には平成6年に名掛丁東名青年部が三浦屋跡地に建てた看板が移設されている。

-&size(16){''&ruby(ひよりやまこうえん){日和山公園};(石巻城跡)''};
〒986-0833 石巻市日和が丘2丁目1-10
--''概要''
旧北上川河口や牡鹿半島、松島、蔵王連峰の山々を一望出来る公園。
[[志賀直哉]]、[[井伏鱒二]]らも此処からの眺望を楽しんだという。
また、[[石川啄木]]と[[宮沢賢治]]が修学旅行で石巻を訪れた時に詠んだ歌が刻まれた歌碑が園内に建立されている。
桜とツツジの名所としても有名なので、花を楽しみながら歌碑を巡るのもいいかもしれない。
小高い山なので、運動靴と動きやすい格好推奨。

-&size(16){''シオーモの&ruby(こみち){小径};''};
〒985-0002 宮城県塩竈市海岸通 みなと広場(イオンタウン塩釜すぐそば)
--''概要''
明治以降に塩竈市を訪れた文学者の作品を刻んだ歌碑が所々に点在している港沿いの散歩道。
ゲーム実装済み文豪では、[[宮沢賢治]]・[[北原白秋]]・[[若山牧水]]・[[田山花袋]]・[[正岡子規]]らの石碑がある。
名前の由来は、宮沢賢治の「ポラーノの広場」に出てくる地名・シオーモ。
&color(#ff0000){''※平成25年3月29日現在、震災復旧工事に伴い一部の石碑が移設中で見られなくなっている模様。''};

-&size(16){''「宮城野への道」看板''};
〒983-0842 宮城県仙台市宮城野区五輪1丁目3(宮城県合同庁舎分庁舎脇)
--''概要''
昭和49年(1974年)仙台東ロータリークラブ寄贈・建立。
「心の宿の 宮城野よ 乱れて熱き吾が身には 日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ ひとりさみしき吾が耳は 吹く北風を琴と聴き
悲しみ深き吾が目には &ruby(いろ){色彩};なき石も花と見き  島崎藤村26歳の作」
と「若菜集」の「草枕」より抜粋した一節が書かれている。

-&size(16){''&ruby(しょうがろう){勝画楼};''};
〒985-8510 宮城県塩竈市一森山1-1(鹽竈神社の裏坂を上がって右折)
--''概要''
鹽竈神社を管理する別当寺として江戸時代まで栄えた仙台藩御一門格十七ケ寺の一寺・法蓮寺の旧書院として伝わる建物。
[[北原白秋]]は、昭和15年6月に松島から船で塩竈を訪れ鹽竈神社に参詣した後、此処で昼食に蝦蛄と蟹を食べている。
2016年に老朽化や損傷の激しさから一旦解体が決まったものの、現在は地元市民団体の保存希望署名活動が功を奏し、塩竈市が鹽竈神社から無償で譲り受け、保全措置を施した上で文化財指定を目指している。
勝画楼敷地内は規制線が張られていて入れないが、裏坂からは松尾芭蕉の句碑と共に建つ勝画楼の看板を、通りの建物と建物の間からは勝画楼の姿をそれぞれ垣間見る事が出来る。


#endregion

&size(16){''秋田県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''[[新潮社記念文学館>http://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/bungakukan/]]''};
〒014-0311 秋田県仙北市角館町田町上丁23
--''概要''
新潮社記念文学館は、新潮社を創設した佐藤義亮(1878〜1951)の顕彰を目的に設けられ平成12年4月に開業した。
外壁の本を開いた形のオブジェは、戦後出版された「新潮文庫」の第1号が「雪國」だった事に因んで[[川端康成]]の代表作「雪國」の表紙と冒頭部を意匠してあり「國境の長いトンネルを抜けると雪國であった」の一文が刻まれている。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''「鹿角の国を憶ふ歌」歌碑''};
〒018-5201 秋田県鹿角市花輪荒田4-1 鹿角市役所庁舎前
--''概要''
[[石川啄木]]が「明星」創刊号に寄稿した「鹿角の国を憶ふ歌」が刻まれている。

-&size(16){''[[小林多喜二誕生の石碑>http://odate-city.jp/museum/culmap/odate/takiji_seitan]]''};
〒017-0878 秋田県大館市隼人岱116(下川沿駅すぐそこ)
--''概要''
[[小林多喜二]]は大館市下川沿の小作農家に生まれた。生家は現在、下川沿駅になっている。
獄死した多喜二を地元の人が偲んで建てられたもの。

-&size(16){''若山牧水歌碑''};
〒010-0876 秋田県秋田市千秋公園1
--''概要''
平成7年10月21日に、秋田ライオンズクラブが若山牧水の古里・宮崎県延岡市の延岡向洋ライオンズクラブと友好交流締結記念に建立した。
石碑には、大正5年4月21日に秋田市を訪れた際に詠み、第9歌集『朝の歌』の「秋田市千秋公園」にある「&ruby(ヒワ){鵜};&ruby(メジロ){繍眼児};&ruby(ヤマガラ){燕山雀};啼きしきり桜はいまだ開かざるなり」が刻まれている。
歌碑中央上部に取付られた30cm角の黒御影石には牧水の肖像が描かれている。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''小林多喜二コーナー 小林多喜二文庫''};
〒017-0878 秋田県大館市川口字隼人岱108-55 大館市役所下川沿公民館出張所
開館時間 9時〜22時 入場料無料
休館日	祝日・年末年始(12月29日〜1月3日)
JR奥羽本線 下川沿駅から5分〜10分
写真撮影OK。予約不要。

#endregion

&size(16){''山形県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[大宝館>https://www.tsuruokakanko.com/cate/p0008.html]]''};
〒997-0035 山形県鶴岡市馬場町4-7
--''概要''
大正天皇の即位を記念して大正4年(1915年)に建てられた鶴岡公園にある洋風建築物。
郷土人物資料館として多くの先人・先覚の業績を紹介している。
[[横光利一]]文学碑の建立を機に、横光家から貴重な遺品等が鶴岡市に寄贈され、館内に展示コーナーを特設展示している。
他にも、明治の文豪高山樗牛、時代小説の第一人者の藤沢周平らの資料とともに常設展示している。

#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''[[横光利一文学碑>https://www.tsuruokakanko.com/cate/p0297.html]]''};
山形県鶴岡市西目(山口公民館、東源寺)
最寄り駅 羽前水沢駅
--''概要''
夫人の千代は鶴岡の実業家・日向豊作の次女で、鶴岡高等女学校(現鶴岡北高)を経て、東京の女子美術学校(現女子美大)で学んでいたが、横光との運命的な出会いから、当時の文壇の大御所・[[菊池寛]]の媒酌により結婚する。
この結婚で庄内と縁を持つことになった横光は、この地で作品の構想を練ったり、多くの作品を書き上げたりしてきた。
そして、昭和20年8月、鶴岡市上郷地区に疎開し、そこで終戦を迎えた。「ここが一番日本らしい風景だ」と書いた場所であった。[[横光利一]]最後の名作「夜の靴」の一節である。
このほか湯野浜、湯田川、あつみの各温泉にもたびたび訪れ、「機械」執筆の地である由良にも文学碑ある。

-&size(16){''日和山公園・文学の散歩道石碑群''};
〒998-0063 山形県酒田市南新町1丁目 日和山公園・文学の散歩道内
--''概要''
日和山公園の文学の散歩道には、江戸から昭和にかけての酒田市ゆかりの文人墨客や文学者の石碑が建立されている。

#region(文学の散歩道にあるゲーム実装済み文豪石碑一覧)

|~文豪名|~内容|
|~若山牧水|「北国紀行」より酒田に二日滞在し、出立した際の様子を記した一節と、1917年(大正6年)に新町の遊郭で詠み「さびしき樹木」に収録されている「砂山の蔭に早やなりぬ何やらむ 別れの惜しき酒田の港」の句が刻まれている。|
|~幸田露伴|「遊行雑記」より、友人・大橋乙羽と共に酒田に訪れた様子を記した文が刻まれている。|
|~正岡子規|「はて知らずの記」より酒田に滞在した時の様子を記した一文と「寒山落木 巻二」に収録されている「夕涼み山に茶屋あり松もあり」の句が刻まれている。|
|~田山花袋|「羽後の海岸」より一部抜粋した文章が刻まれている。|

#endregion

-&size(16){''正岡子規句碑''};

#region(山形県内には数ヶ所に正岡子規の句碑がある。)
山形県内には数ヶ所に[[正岡子規]]の句碑がある。

|~場所|~住所|~内容|
|~乗船寺|〒999-4100 山形県北村山郡大石田町大字大石田206 乗舩寺境内|1893年(明治26年)8月に大石田に一泊した時に詠んだ句「ずんずんと 夏を流すや 最上川」が刻まれている。|
|~清河神社境内&br;清川口古戦場・御殿林|〒999-6606 山形県東田川郡庄内町清川上川原 清河神社境内/清川口古戦場・御殿林|荘内戊辰の役で清川口古戦場として庄内藩と新政府軍の激戦地だった事を知り詠んだ句「蜩(ひぐらし)の 二十五年も 昔かな」の句が刻まれている。&br;句碑の傍には、解説板が併設されている。|
|~積雲寺|〒996-0112 山形県新庄市本合海94 積雲寺境内|1893年(明治26年)に、松尾芭蕉の足跡を訪ねる旅に出て、同年8月に本合海(新庄市)に到着し、その際に詠んだ 「草枕 夢路かさねて 最上川 行くへも知らず 秋立ちにけり」の句が刻まれている。|
|~戸澤藩船番所|〒999-6401 山形県最上郡戸沢村古口 戸澤藩船番所|「朝霧や 四十八瀧 下り船」の句が刻まれている。|
|~舟下り乗船所|〒999-6401 山形県最上郡戸沢村古口 舟下り乗船場|「朝霧や 船頭うたふ 最上川」の句が刻まれている。|
|~東沢公園|〒995-0023 山形県村山市楯岡東沢2-43 東沢公園内|「はて知らずの記」より、来遊した際の一文と「夕雲に ちらりと涼し 一つ星」「何やらの 花さきにけり 瓜の皮」「賤が家の 物干ひくし 花葵」の三首が刻まれている。|
|~国道48号&br;関山街道沿い|〒999-3724 山形県東根市関山3094-1 国道48号関山街道沿い|「とんねるや 笠にしたゝる 山清水」の句が刻まれている。|
|~成田山神社|〒999-3700 山形県東根市東根温泉1 成田山神社境内|「雲に濡れて関山越せば袖涼し」の句が刻まれている。|
|~日和山公園&br;文学の散歩道|〒998-0063 山形県酒田市南新町1丁目 日和山公園・文学の散歩道内|「はて知らずの記」より酒田に滞在した時の様子を記した一文と「寒山落木 巻二」に収録されている「夕涼み山に茶屋あり松もあり」の句が刻まれている。|

#endregion

-&size(16){''舞鶴山公園 文学の森石碑群''};

#region(舞鶴山公園の文学の森には、志賀直哉と田山花袋の石碑がある。)

舞鶴山公園の文学の森には、[[志賀直哉]]と[[田山花袋]]の石碑がある。

|~文豪名|~内容|
|~志賀直哉|志賀直哉の継母・浩が天童織田藩の士族の娘で、実母の死と継母との事を書いた自伝的短編小説「母の死と新しい母」を発表した繋がりと、2008年(平成20年)天童市制施行45周年記念事業の一環で建立された。&br;主碑に刻まれている文章は「母の死と新しい母」から一部抜粋されており、副碑は彼の写真のレリーフが埋め込まれた解説が刻まれている。|
|~田山花袋|田山花袋の母・てつが天童市南部の&ruby(たかだま){高擶};出身であり、田山自身も高擶を訪れ「月山の眺め」などを書き記している繋がりと、2008年(平成20年)天童市制施行45周年記念事業の一環で建立された。&br;主碑に刻まれている文章は「続南船北馬」から一部抜粋されており、副碑は彼の写真のレリーフが埋め込まれた解説が刻まれている。|

#endregion

-&size(16){''国木田独歩文学碑''};
〒999-3724 山形県東根市関山3094-1 国道48号関山街道沿い
小説「関山越」より「雨のうちに羽前の国を過ぎて、その夜遅くに関山絶頂の宿に泊った。」の一節が刻まれている。

-&size(16){''若山牧水句碑''};
〒999-6401 山形県最上郡戸沢村大字古口3058 山形県草薙温泉 高見屋 最上川別邸 紅(旧・臨江亭滝沢屋)牧水庵内
第11歌集『さびしき樹木』――北国行――「最上川」より「最上川 岸の山群 むきむきに 雲籠るなかを 濁り流る」と「中高にうねり流るる出水河最上の空は秋ぐもりせり」の二首が刻まれている。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''日和山公園・文学の散歩道''};
〒998-0063 山形県酒田市南新町1 日和山公園内
-''概要''
公園内の全長1.2Kmにわたる散歩道に、江戸から昭和にかけての酒田市ゆかりの文人墨客や文学者の石碑が建立されている。
--石碑が建立されているゲーム実装済み文豪
[[幸田露伴]]、[[田山花袋]]、[[正岡子規]]、[[若山牧水]]

-&size(16){''舞鶴山公園 文学の森''};
〒994-0000 山形県天童市城山4062-6 山形市天童市城山(舞鶴山西斜面)
天童市市制施行45周年記念事業の一環として作られたもので、ゲーム実装済み文豪では[[志賀直哉]]と[[田山花袋]]の文学碑が建立されている。

#endregion

&size(16){''福島県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''[[智恵子の生家・智恵子記念館>http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/site/kankou/453.html]]''};
〒969-1404 二本松市油井字漆原町36 二本松市智恵子記念館(JR二本松駅からタクシーで10分ほど)
開館時間:午前9時〜午後4時30分(入館は午後4時まで)
休館日:水曜日(祝日の場合は翌日)
年末・年始(12月28日〜1月3日)
入館料金:大人(高校生以上) 個人:410円 団体:360円
子供(小・中学生)  個人:200円 団体:150円
--''概要''
[[高村光太郎]]の妻である智恵子の記念館で、展示は智恵子の作品が主体。
その中で光太郎の手掛けた像やラフスケッチ等を見ることができる。(常設展示)

-&size(16){''[[こおりやま文学の森資料館>http://www.bunka-manabi.or.jp/bungakunomori/index.html]]''};
〒963-8016 福島県郡山市豊田町3-5
開館時間 10:00-17:00
休館日	月曜日、年末年始、館内整理日(土・日・祝除く月末)
入場料	一般200円
高校・大学生100円
65歳以上・中学生以下無料
TEL:024-991-7610
--''概要''
2000年(平成12年)、鎌倉市にあった[[久米正雄]]の邸宅が親族から郡山市に寄付され、郡山総合体育館に隣接する地に移築されたことをきっかけに設立された。
久米正雄を始めとして、宮本百合子や真船豊など郡山ゆかりの作家の作品や資料を収蔵・展示する文学資料館。
敷地内には、昭和5年に鎌倉市に建築された久米邸を移築・復元した久米正雄記念館がある。

-&size(16){''久米正雄記念館(旧久米正雄邸)''};
〒963-8016 福島県郡山市豊田町3-5 こおりやま文学の森資料館内
--''概要''
1930年(昭和5年)に鎌倉市に建築された[[久米正雄]]の邸宅で、2000年(平成12年)に鎌倉市にあった久米正雄の邸宅が親族から郡山市に寄付された。
正面から見ると白壁が美しい洋風の造りだが、裏手に回ると和風の外観となっている。
玄関右手にある応接間に飾られている梅原龍三郎の作品など自慢の絵画コレクションや飾り暖炉などが往時のまま遺されている。
1階の一部は展示室として、久米が愛用した品々を紹介しており、麻雀・野球・スキー・ゴルフ用具などの遺品が展示されている。
彼の訃報を聞いた漫画家の横山隆一が、悲しくて眠れず、夜半に起きて一晩かけてつくり、仏前に供えたという久米正雄石膏像も邸内の応接間に展示されている。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒969-6274 福島県大沼郡会津美里町雀林三番山下3554 法用寺境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/uiJXfHyr4pt]])
--''概要''
観音堂と三重塔の間に[[石川啄木]]の歌碑が2基ある。
歌集『一握の砂』の中の一篇「忘れがたき人人」の中から「敵として憎みし友と やや長く手をば握りき わかれといふに」「あらそひて いたく憎みて別れたる 友をなつかしく思ふ日も来ぬ」が彫られている。
啄木が小樽日報に勤めていた時の先輩である中野(旧小林)寅吉は会津美里町(旧会津高田町)雀林出身で、晩年法用寺の住職を務めていた。
そのような関係から、啄木生誕100年を記念して昭和60年に会津啄木会が歌碑を建立した。

-&size(16){''&ruby(くめさんてい){久米三汀};(久米正雄)句碑''};
久米三汀は、新傾倒俳句に傾倒していた頃の[[久米正雄]]の俳号。
福島県内には数カ所に句碑が建立されている。

#region(久米三汀(久米正雄)句碑一覧)

|~場所|~住所|~説明|
|~こおりやま文学の森資料館|〒963-8016 福島県郡山市豊田町3-5&br;こおりやま文学の森資料館内|新傾向俳句に傾倒していた時期の代表作「魚城移るにや寒月の波さざら」の句が刻まれており、&br;久米の短冊を基に波をイメージした造形になっている。|
|~開成山公園|〒963-8851  福島県郡山市開成1-5-12&br;開成山公園内|1953年(昭和28年)に、郡山青年文化協会が久米一周忌の記念して郡山市開成山公園内に建立した&br;句碑で「松柏の 嵐の底や 返り花」が刻まれている。|
|~磐梯熱海|〒963-1309 福島県郡山市熱海町熱海4丁目|久米が旅館に滞在した際に詠んだ句「一力の灯は庭川に雪暮るる」が刻まれている。|

#endregion

-&size(16){''正岡子規句碑''};

#region(福島県内には、[[正岡子規]]の句碑が数カ所にある。)

福島県内には、[[正岡子規]]の句碑が数カ所にある。
|~場所|~住所|~説明|
|~満福寺|〒969-1404&br;福島県二本松市油井字飯出93 満福寺境内|正岡子規が逗留した所以で境内に句碑が建立されている。&br;一基には「寺に寐る 身の尊とさよ すゝしさよ」の句が彫られており、&br;もう一基には同寺に一泊し、夕食をご馳走になりながら寺の由来を聞いて詠んだ句「水飯や 弁慶殿の 食い残し」が彫られている。|
|~観世寺|〒964-0938&br;福島県二本松市安達ケ原4-126 観世寺境内|1954年(昭和29年)に建立されたもので「鬼塚にて 涼しさや きけば昔ハ 鬼の家」の句が彫られている。&br;同寺は、彼が詠んだ安達が原の鬼婆伝説の鬼婆が住んでいたという岩屋や、&br;鬼婆が用いた出刃包丁などの鬼婆伝説にまつわる品々を見る事が出来る。|
|~杉田住民センター内|〒964-0856&br;福島県二本松市西町223-1|1952年(昭和27年)、正岡子規五十一回忌記念に南杉田の遠藤菓翁宅に&br;一泊した所以から建立された。揮毫は寒川鼠骨。&br;「短夜の 雲収らす 安達太良ね」の句が彫られている。|
|~天神神社|〒961-0954&br;福島県白河市天神町&br;天神神社境内|1957年(昭和32年)に俳人・今井竹翁が建立した。&br;「天神山にて 夏木立 宮ありさうな 処かな」の句が彫られている。|

#endregion

-&size(16){''高村光太郎詩碑''};

#region(福島県内には、[[高村光太郎]]の詩碑が数カ所にある。)

福島県内には、[[高村光太郎]]の詩碑が数カ所にある。
|~場所|~住所|~説明|
|~「開拓十周年」詩碑|〒975-0000&br;福島県南相馬市小高区摩辰|1955年(昭和30年)に、平田良衛が金房村開拓組合入植十周年を記念して建立。|
|~智恵子抄詩碑|〒964-0917&br;福島県二本松市本町2丁目&br;JR東北本線二本松駅前|「智恵子抄」より「阿多多羅山の山の上に毎日出てゐる青い空が智恵子のほんとうの空だといふ」の一節が彫られている。|
|~樹下の二人詩碑|〒969-1404&br;福島県二本松市油井字庚申山&br;智恵子の杜公園内|1983年(昭和58年)に建立された詩碑。&br;「樹下の二人」より&br;「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川&br;ここはあなたの生れたふるさと、&br;あの小さな白壁の点々があなたのうちの酒庫。&br;それでは足をのびのびと投げ出して、&br;此のがらんと晴れ渡った北國の木の香に満ちた空気を吸おう。&br;あなたそのものの様な此のひんやりと快い、&br;すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。」&br;が彫られている。|
|~高村光太郎先生道程碑|〒969-1404&br;福島県二本松市油井字庚申山&br;智恵子の杜公園内|「道程」より&br;「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る&br;ああ、自然よ 父よ&br;僕を一人立ちにさせた広大な父よ&br;僕から目を離さないで守る事をせよ&br;常に父の気魄を僕に充たせよ&br;この遠い道程のため この遠い道程のため」&br;が彫られている。|
|~智恵子抄歌碑|〒964-0904&br;福島県二本松市郭内3丁目&br;霞ヶ城公園内|1960年(昭和35年)に建立された歌碑で「樹下の二人」の冒頭の句「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」が彫られている。|

#endregion

-&size(16){''幸田露伴文学碑''};
〒964-0911 福島県二本松市亀谷1-159
2008年(平成20年)に亀谷まちづくり協議会が亀谷坂の頂上に建立した句碑。
北海道余市から上京の旅に出て福島に到着し、福島で一泊すると乗車賃が不足するので郡山まで歩いていく途中、同地で体力・気力とも限界を迎え、道端に倒れ込んでこうもり傘を立てて野宿した時に詠んだ句「里遠し いざ露と寝ん 草まくら」が彫られている。
[[幸田露伴]]はこの二本松での野宿の時の事が忘れられず、二年後の文壇デビューの際にペンネームを「露伴」にしたという。

-&size(16){''武者小路実篤書「筆塚」''};
〒966-0000 福島県喜多方市熱塩加納町熱塩間上甲191 翠清閣笹屋本館庭内
[[武者小路実篤]]直筆の字が彫られた筆塚。
1949年(昭和24年)に建立され、塚には数百人の筆が納筆されている。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''久米正雄胸像''};
〒963-8016 福島県郡山市豊田町3-5 こおりやま文学の森資料館内
--''概要''
漫画家・横山隆一が[[久米正雄]]の仏前に備えた石膏像を基に作成した胸像。
記念館になった邸宅を見上げるように建立されている。

-&size(16){''[[翠清閣笹屋本館>http://www.sasayahonkan.burari.biz/index.html]]''};
〒966-0000 福島県喜多方市熱塩加納町熱塩間上甲191
--''概要''
[[武者小路実篤]]や[[川端康成]]が逗留した温泉宿。
風情ある庭園の奥には武者小路実篤の字が彫られた筆塚がある。

-&size(16){''智恵子の杜公園''};
〒969-1404 福島県二本松市油井字庚申山
--''概要''
[[高村光太郎]]が妻・智恵子とよく散歩した場所で、現在は公園として整備されている。
「智恵子抄」に収録されている詩「樹下の二人」はここで作られた。
園内には地元有志の出資により建立された「樹下の二人」詩碑や、智恵子の紙絵にちなんだボランティアの植栽によるあじさいロード、展望台などがある。

#endregion

////////////////////ここまで東北地方////////////////////

*関東地方 [#kefad8a7]

&size(16){''茨城県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒319-1221 茨城県日立市大甕町4丁目 古房地公園([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/EUDCTWYoSKn]])
--''概要''
古房地公園内の灯台のすぐ右脇にある松の大木の下に[[石川啄木]]の歌碑がある。
歌集『一握の砂』の中の一首「何事も 思ふことなく いそがしく 暮らせし一日を 忘れじと思ふ」が彫られている。
大甕駅前に1982(昭和57)年、日立港ロータリークラブが創立5周年記念事業として建て、1997(平成9)年に大甕駅前から移された。

-&size(16){''正岡子規句碑''};
〒310-0033 茨城県水戸市常磐町1丁目(偕楽園園内)
--''概要''
偕楽園南門付近にある句碑には「崖急に 梅ことごとく 斜めなり」が刻まれています。
この句は、正岡子規が明治22年(1889年)4月5日に偕楽園を訪れた際、好文亭から見た南崖の梅の印象を後年詠んだものです。

-&size(16){''[[国木田独歩記念碑>https://www.city.hitachinaka.lg.jp/shiminkatsudo/6/4/3710.html]]''};
ひたちなか市殿山1丁目の姥の懐駐車場内。(駐車場有り)
小説「渚」の一節「挙げて永劫の海に落ちゆく世々代々の人生の流の一支流が僕の前に横たわっているのである 独歩」が刻まれた碑。
[[国木田独歩]]は、明治4年千葉県銚子に生まれる。浪漫主義的立場をとり、後自然主義的な立場によって数々の作品を書いた。
詩集「独歩吟」、小説「武蔵野」「牛肉と馬鈴薯」「酒井日記」等々。
明治40年9月3日那珂湊牛久保杉田雨人別荘に赴いて病を養った。
文芸倶楽部より発表した「渚」には牛久保付近を描写した次の文がある。
「今日太陽が落ちかかってから散歩に出た。断崖の上の孤屋を出ると野は淋しい。家の前の村道は一人一人通らない・・・・生きるか死ぬか解らない病人が一人ぶらぶらと此野末を歩いて居る。それが僕だ。・・・・・」

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''栃木県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒327-0015 栃木県佐野市金井上町2233 惣宗寺境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/m351eF3mjZo]])
--''概要''
栃木県佐野市の通称「厄除け大師」境内にある碑は、足尾銅山の公害問題を詠んだ歌が彫られている。
佐野市郷土の英雄、田中正造衆議院議員の活動に関連した歌を啄木の歌の中から探し出したもの。

#endregion

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&size(16){''群馬県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''田山花袋記念文学館''};
〒374-0018 群馬県館林市城町1-3
--''概要''
[[田山花袋]]生誕の地館林市に建てられた記念館。
初版本、書簡、日記、愛用品などが展示されている。
また、[[島崎藤村]]や[[国木田独歩]]などとの交友関係なども垣間見ることができる。
毎月第1日曜日午後2時から展示解説会を行っている。

-&size(16){''萩原朔太郎記念館''};
〒371-0016 群馬県前橋市城東町1丁目2-7
--''概要''
前橋市北曲輪町69番地にあった生家のうち、土蔵は1974(昭和49)年に敷島公園ばら園内に移築され展示施設として翌年4月1日に一般公開した。
その後、書斎・離れ座敷も一か所に集め、書斎を1978(昭和53)年に離れ座敷を1979(昭和54)年にそれぞれ同地へと移築し、1980(昭和55)年5月11日より記念館として一般公開していた。
2017(平成29)年4月8日からこれらの建物を前橋文学館と広瀬川を挟んだ河畔緑地へと移築復元し、新たに公開した。

-&size(16){''前橋文学館''};
〒371-0022 群馬県前橋市千代田町三丁目12-10([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/pCvinviXhAE2]])
--''概要''
多くの詩人を輩出した前橋は「近代詩のふるさと」と言われており、前橋市出身の詩人を中心に展示している。
特に、[[萩原朔太郎]]関連資料は全国一の質と量を誇る。
朔太郎展示室があり、ノート、自筆原稿、書簡、著書、愛蔵品などが展示されている。
他に[[室生犀星]]や[[北原白秋]]のコーナーもある。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''志賀直哉文学碑''};
〒371-0101 群馬県前橋市富士見町赤城山4-2 赤城神社境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/afU4hhAfqn32]])
--''概要''
小説『焚火』の末尾「舟に乗った。蕨取りの焚火はもう消えかゝって居た。舟は小鳥島を廻って、神社の森の方へ静かに滑って行った。梟の聲が段々遠くなった。」が彫られている。
赤城山大沼は[[志賀直哉]]が大正4年の夏に実父との不和から神経を痛めた妻の健康を取り戻すために過ごした場所である。
最初は猪谷旅館に泊っていたが、夏場は客で混雑すると聞いて赤城山大洞に山小屋を建ててもらって同年5月から9月まで康子夫人と住んだそう。

-&size(16){''萩原朔太郎詩碑''};
〒371-0022 群馬県前橋市千代田町
--''概要''
広瀬川沿いの緑地公園にあり、[[萩原朔太郎]]「月夜」が刻まれている(萩原の氏名のみ自筆)。

-&size(16){''藤村詩塚''};
〒370-2623 群馬県甘楽郡下仁田町下小坂 (下仁田町歴史館の南側の下)
--''概要''
昭和6年、[[島崎藤村]]の生前建てられたもので碑面には、「千曲川旅情の歌」の一節が刻まれています。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''田山花袋旧居''};
〒374-0018 群馬県館林市城町2-3
--''概要''
[[田山花袋]]が7歳から14歳までおよそ8年間を過ごした家。
館林の思い出を書き綴った作品『ふる郷』の中にこの家のことを書いている。

-&size(16){''萩原朔太郎生家跡''};
〒371-0022 群馬県前橋市千代田町2-1-17
--''概要''
[[萩原朔太郎]]は、萩原医院の長男としてこの地に誕生した。
父の引退とともに転居、病院も萩原の妹夫婦が継いで移転し、現在はマンションとなっている。
マンションの敷地内に緑地が整備され、生家跡であることを示す石碑がある。

#endregion

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&size(16){''埼玉県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[さいたま文学館>http://www.saitama-bungakukan.org/]]''};
〒363-0022 埼玉県桶川市若宮1-5-9
電話 048-789-1515/FAX 048-789-1517
--休館日
・毎週月曜日(ただし月曜日が祝日・振替休日・県民の日の場合は開館し、翌日が休館になります)
・年末年始(12月29日〜1月3日)
・館内整理日(毎月第4火曜日、ただし休日の場合を除く)
--利用時間
・文学ホール、講座室及び研修室・・・午前9時から午後9時まで
(ただし、日曜日又は祝日の場合は午後5時まで)
・図書室及び展示室・・・午前10時から午後5時30分まで
--アクセス
JR高崎線 桶川駅
JR桶川駅には、大宮駅から約15分、赤羽駅から約30分、池袋駅・上野駅から約40分です。
当館へは、JR桶川駅西口から、けやき通りを進んでください。
駅からは徒歩約5分です。
■車でさいたま市方面からお越しの方は、国道17号線の「坂田」交差点を左折し、「べに花陸橋」を越えた先の信号を左折するルートがわかりやすいと思います。
■駐車場は有料です。
--''概要''
さいたま文学館は、本県にゆかりのある作品や関連資料を収集・保存・展示・調査研究し、文学の振興を図るとともに、県民の文学活動の拠点とすべく、埼玉県により設置され、平成9年に開館いたしました。桶川市が設置する桶川市民ホールとの複合施設として、一体的に運営されています。
常設展では埼玉県とゆかりの深いおもな文学者19人と「永井荷風コレクション」が展示されています。
#region(埼玉ゆかりのおもな文学者たち一覧)

[[埼玉ゆかりのおもな文学者たち一覧>http://www.saitama-bungakukan.org/?page_id=128]]

|~分野|~人物|
|~小説|[[&ruby(たやまかたい){田山花袋};>http://bungo.wikiru.jp/index.php?%C5%C4%BB%B3%B2%D6%C2%DE]]、[[&ruby(むしゃのこうじさねあつ){武者小路実篤};>http://bungo.wikiru.jp/index.php?%C9%F0%BC%D4%BE%AE%CF%A9%BC%C2%C6%C6]]、&ruby(みかみおときち){三上於菟吉}; &br; &ruby(おおたにふじこ){大谷藤子};、&ruby(とよださぶろう){豊田三郎};、[[&ruby(なかじまあつし){中島敦};>http://bungo.wikiru.jp/index.php?%C3%E6%C5%E7%C6%D8]] &br; &ruby(ふかざわしちろう){深沢七郎};、&ruby(あんどうつるお){安藤鶴夫};、&ruby(うののぶお){宇野信夫};|
|~詩|&ruby(くらはらしんじろう){蔵原伸二郎};、&ruby(おかもとじゅん){岡本潤};、&ruby(じんぼこうたろう){神保光太郎};|
|~短歌|&ruby(まえだゆうぐれ){前田夕暮};、&ruby(みかじまよしこ){三ヶ島葭子};、&ruby(かごしまじゅぞう){鹿児島壽藏};|
|~俳句|&ruby(はせがわ){長谷川};かな&ruby(じょ){女};、&ruby(かとうしゅうそん){加藤楸邨};|
|~児童文学|&ruby(きたがわちよ){北川千代};、&ruby(うちきむらじ){打木村治};|
|~永井荷風コレクション|[[&ruby(ながいかふう){永井荷風};>http://bungo.wikiru.jp/index.php?%B1%CA%B0%E6%B2%D9%C9%F7]]|

#endregion
-&size(16){''[[羽生市お種さんの資料館>http://www.knet.ne.jp/~ats/t/muse/h2/otane.htm]]''};
〒348-0004 羽生市弥勒1536 円照寺内
TEL:048-565-0319
入館料:無料
開館時間:9:00-17:00 休館日なし
アクセス
 羽生市循環バス井泉村君ルート(羽生駅,市民プラザ経由・土休日運休)で田舎教師像前バス停西側200m
 羽生市循環バス手子林三田ヶ谷ルート(羽生駅,南羽生駅,市民プラザ経由・土休日運休)で内谷陸橋西バス停北側900m
--''概要''
田山花袋の小説「田舎教師」に登場する「お種さん」のお墓のある円照寺境内にある。
お種さんゆかりの品々や、田舎教師関連の資料が展示。
市民プラザ内にも田山花袋展示コーナーがある。

-&size(16){''[[武者小路実篤記念新しき村美術館>http://atarashiki-mura.or.jp/bijutsukan/]]''};
〒350-0445 埼玉県入間郡毛呂山町葛貫423
TEL 049-295-4081
開館時間:午前10時〜午後5時
    月曜休館(月曜が祝日の場合は開館)
    年末年始(12月26日〜1月4日)休館
入館料 一般200円
    高校生以下100円
    団体10名以上1人150円
アクセス
電車・バス利用
最寄り駅は東武越生線「武州長瀬駅」、村まで徒歩20分ほど
東武越生線「武州長瀬駅」からタクシーで5分ほど
JR八高線「毛呂駅」からタクシーで10分ほど
JR八高線「高麗川駅」からは国際医療センター経由埼玉医大ゆきのバスがあり、「国際医療センター内」下車、徒歩15分ほど
車を利用
〔関越鶴ヶ島インター〕、〔圏央鶴ヶ島インター〕または〔圏央入間インター〕を出て10km先の、「埼玉医科大学国際医療センター」を目標に進み、国際医療センターを過ぎ、新設の30号線バイパス道路を500m位進むと新しき村の案内看板がある。そこを右折。
--''概要''
新しき村美術館は、新しき村創立60周年を記念して1980年(昭和55年)に設立された。
[[武者小路実篤]]の日本画、書、油絵、素描、原稿を主とする所蔵作品数が約400点。
さらに、実篤と親交のあった長与善郎、千家元麿、倉田百三、中川一政、椿貞雄、河野通勢、高田博厚、周作人らの作品、また、実篤が愛蔵した書画、村の会員の作品が展示されている。
美術館の中には図書館も併設され、実篤の作品、新しき村に関する資料、会員の著作、文芸雑誌「白樺」の復刻版などを閲覧することができる。
実篤の書画の複製色紙、絵葉書、新しき村刊行の本の販売も行っている。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''中院''};
〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町5-15-1([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/mG76Hhw4PTt]])
--''概要''
正式名称は「星野山無量寿寺中院」。
[[島崎藤村]]は川越によく足を運んでおり、小説『夜明け前』の第1部・第2部には度々「川越」が登場する。(主人公「青山半蔵」の生まれが川越)
ここには藤村の義母・加藤みきの墓があり、義母と仲の良かった藤村は度々訪れていた。
墓石に書かれている戒名「蓮月不染之墓」は、藤村の直筆であると言われている。
また、茶道の師であった義母に藤村が贈った茶室「不染亭」があり、茶室前には藤村書の「不染の碑」もある。
茶室「不染亭」は、桜の季節に一週間だけ「SAKURA CAFE 川越中院」として開放されるそう。
中では藤村愛用の長火鉢や藤村が書いた掛け軸なども見ることができる。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''千葉県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[白樺文学館>http://www.shirakaba.ne.jp/]]''};
〒270-1153 千葉県我孫子市緑2-11-8([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/ncTuC6EjmHB2]])
--''概要''
白樺派([[志賀直哉]]、[[武者小路実篤]]など)の活動を広く次代に伝えるため、建設された記念館。
小説『暗夜行路』の原稿や初版本、書簡などが展示されており、雑誌『白樺』復刻版や白樺派関係書籍の閲覧もできる。
ゲームに出てくる文豪の書簡では、志賀直哉の[[小林多喜二]]宛、[[夏目漱石]]の志賀直哉宛、武者小路実篤の[[谷崎潤一郎]]宛などが主な所蔵品にある。
バーナード・リーチや浜田庄司など柳宗悦の民芸運動とかかわりのある陶磁器作品も展示されている。
また、2階の和室の窓からは志賀直哉邸跡を見ることができる。

-&size(16){''[[市川市文学ミュージアム>http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul06/1111000230.html]]''};
〒272-0015 千葉県市川市鬼高1丁目1番4号 市川市生涯学習センター(メディアパーク市川)2階
電話:047-320-3334
FAX:047-320-3356
入館料無料
--''概要''
「小説」コーナーで『墨東綺譚』『断腸亭日乗』などで知られる小説家・[[永井荷風]]を紹介している。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''志賀直哉邸跡''};
〒270-1153 千葉県我孫子市 緑2丁目7([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/Ddu444hJjam]])
--''概要''
我孫子に住んでいた柳宗悦に勧められ、[[志賀直哉]]は1915年(大正4)9月、赤城山大洞での滞在から移転。この時32歳。
転居23回の中で志賀直哉は我孫子の旧居について「次が我孫子でここには七年半も居りました。あそこへ行って翌年、もう厭になり、京都に引越したいと思ったほどでしたが、武者が少し胸が悪いと医者に云われたというので、少し離れた根戸という所へ、僕が千何百坪という地所を買って持っていたので、そこへ武者は家を建てたのでした。僕としても武者に勧めで招んでおいて、自分だけ引上げるわけにも行かず、それに前から柳も居たし、リーチもその間に来て、僕も落ちついて了い、到頭僕が、最後まで残って了いました。」と述べている。
白樺文学館に寄ることがあれば一緒に立ち寄ってはいかがだろうか。
ちなみに1923年(大正12)3月には京都市上京区粟田口に転居した。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''大黒家(&color(,#ff0000){閉店};)''};
〒272-0021 千葉県市川市八幡3-26-5([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/eXbhYzqsUEK2]])
--''概要''
[[永井荷風]]が愛したというカツ丼を出す店。
荷風の日記「断腸亭日乗」にもこの店のことが書かれており、荷風は大黒家へ行くと決まって「カツ丼並」と「上新香」、「日本酒一合」を注文していた。
店が休みでも荷風が来ればカツ丼を作って出し、死の前日にも大黒家へ行き、いつも通りにカツ丼を頂いたそう。
定休日は第一木曜日。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''東京都''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[新宿区立漱石山房記念館>http://soseki-museum.jp/]]''};
〒162-0043 東京都新宿区早稲田南町7
--''概要''
漱石が晩年の9年間を過ごし、数々の名作を世に送り出した「漱石山房」のあった地。
「漱石山房」の一部を再現、常設展のほか、企画展や講座・イベントを開催予定。
漱石の著作や関連する本を読みながら、ゆったりと過ごせる図書室やカフェも設置予定。

-&size(16){''[[田端文士村記念館>http://www.kitabunka.or.jp/tabata/]]''};
〒114-0014 東京都北区田端6-1-2([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/HHkj5AHh5RG2]])
--''概要''
田端で活躍した文士や芸術家関連の資料を展示している。
田端に集まった主な文士…[[芥川龍之介]]、[[室生犀星]]、[[萩原朔太郎]]、[[菊池寛]]、[[堀辰雄]]、[[中野重治]]など
彼らの作品、原稿、書簡等の資料などを展示している。
また、芥川龍之介が田端で暮らした家を約1/30のスケールで復元した模型も展示している。

-&size(16){''[[調布市武者小路実篤記念館>http://www.mushakoji.org/index.html]]''};
〒182-0003 東京都調布市若葉町1−8−30
--''概要''
[[武者小路実篤]]が1955(昭和30)年から1976(昭和51)年まで、晩年の20年間を過ごした邸宅(現:実篤公園)の隣接地に建てられた記念館。
実篤の本、絵、書、原稿や手紙、実篤が集めていた美術品などを所蔵している。
様々なテーマの展覧会をほぼ5週間ごとに開催している。
閲覧室では、実篤の本や実篤が好きだった画家の画集、友人の[[志賀直哉]]や岸田劉生らの本、雑誌『白樺』などを読むことができる。

-&size(16){''[[文京区立森鴎外記念館>http://moriogai-kinenkan.jp/]]''};
〒113-0022 東京都文京区千駄木1-23-4([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/H24s3rshuqq]])
--''概要''
[[森鴎外]]がその半生を過ごした地、文京区千駄木に建てられた記念館。
鴎外の旧居「観潮楼」の跡に建っている。鴎外は、1892(明治25)年から亡くなる1922(大正11)年までこの地で過ごした。
原稿、書簡、遺品などが展示されている。
図書室では、鴎外の著作や研究資料を閲覧することができる。
敷地内に鴎外が座り、[[幸田露伴]]・斉藤緑雨と共に写真を撮った「三人冗語の石」が残っている。また、観潮楼正門の門柱跡が残っている。
庭園内には、鴎外が「観潮楼」で親しんでいたといわれる草花が植えられている。

-&size(16){''[[吉川英治記念館>http://yoshikawaeiji-cf.or.jp/]]''};
〒198-0064 東京都青梅市柚木町1-101-1
--''概要''
青梅の[[吉川英治]]旧邸敷地内に建てられた記念館。建物は当時の物が残っている。
作品の原稿やゲラ、挿絵、初版本などの他、数多く書き残した書画類を展示している。
毎年9月7日の命日には普段は入れない母屋の一部を公開している。

-&size(16){''[[太宰治文学サロン>http://mitaka-sportsandculture.or.jp/dazai/]]''};
〒181-0013 東京都三鷹市下連雀3-16-14 グランジャルダン三鷹1階
電話/ファックス 0422-26-9150
【開館時間】午前10時〜午後5時30分 入館無料
【休館日】月曜日、年末年始(12月29日〜1月4日)※ただし、月曜日が休日の場合は開館し、その翌日と翌々日休館
--''概要''
太宰治は、38歳という短い生涯の中で昭和14年9月より三鷹の下連雀に家族とともに移り住み、疎開期間を除いて約7年半を過ごしていた。太宰治の創作活動の拠点となった地。
平成20(2008)年の歿後60年と翌年の生誕100年を記念して、太宰が通い「十二月八日」に登場する、伊勢元酒店の跡地に平成20年3月に開設されました。館内では定期的に企画展示を開催し、直筆原稿の複製や初版本、初出雑誌など様々な貴重な資料を公開している。
また、サロンにはガイドボランティアが午前10時30分〜午後4時30分の間に常駐し、太宰の足跡や三鷹について展示ガイドを行っている。
さらに、土・日・休日は、要望に応じて三鷹駅周辺の太宰ゆかりの場所へ案内している。

-&size(16){''[[早稲田大学演劇博物館>http://www.waseda.jp/enpaku/]]''};
〒169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1
--''概要''
『演劇博物館は、1928(昭和3)年10月、[[坪内逍遥]]博士が古稀の齢(70歳)に達したのと、その半生を傾倒した「シェークスピヤ全集」全40巻の翻訳が完成したのを記念して、各界有志の協賛により設立されました』
また、館内には「逍遥記念室」があります。
『この記念室はもとは貴賓室として作られ、逍遙の来館時に使用しました。
室内は、エリザベス朝時代の意匠を取り入れ、天井には逍遙の干支に因んだ羊の装飾がほどこされています。
当時、書棚には、逍遙がシェイクスピアの翻訳に使った洋書などが収められていました。
ここでは、逍遙の多岐にわたる業績を、著書や原稿でたどり、あわせて逍遙の愛蔵品を展示いたします。』
博物館の隣には、坪内逍遥の胸像があるそうです。
2017年度は休館。『』内はHPより引用。

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#region(碑文)
-&size(16){''芥川龍之介生誕の地の記念碑''};
--''概要''
東京都両国に芥川龍之介生誕の地の記念碑がある。
芥川龍之介文学碑も近くにある(歩いて行ける距離)ので一緒に訪ねるといいだろう。

-&size(16){''芥川龍之介文学碑''};
〒130-0026 東京都墨田区両国4丁目26−6
--''概要''
墨田区両国にある両国小学校の脇に[[芥川龍之介]]の文学碑がある。
芥川はここの卒業生である。
碑文には『杜子春』の一節が刻まれている。

-&size(16){''石川啄木歌碑''};
--''概要''
東京都内には数ヶ所に[[石川啄木]]の歌碑がある。
JR上野駅15番ホームと16番ホームの間に『一握の砂』の中の短歌の歌碑がある。
平成27年3月22日、文京区の石川啄木終焉の地の隣接地に「石川啄木終焉の地歌碑」及び「石川啄木顕彰室」(高齢者施設内)を設置。([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/SHXhrno5puN2]])
歌碑には啄木最後の歌とされる、第二詩集『悲しき玩具』冒頭の二首が書かれている。
#endregion

#region(お墓)
-&size(16){''雑司ヶ谷霊園''};
〒171-0022 東京都豊島区南池袋4-25-1
--''概要''
多くの著名人が眠る墓地。
ここには[[泉鏡花]]、[[夏目漱石]]、[[永井荷風]]が眠る。

-&size(16){''多磨霊園''};
〒183-0002 東京都府中市多磨町4-628
--''概要''
多くの著名人が眠る墓地。
ここには[[田山花袋]]、[[北原白秋]]、[[江戸川乱歩]]、[[横光利一]]、[[堀辰雄]]、[[中島敦]]、[[吉川英治]]、[[菊池寛]]が眠る。

-&size(16){''青山霊園''};
〒107-0062 東京都港区南青山2−32−2
--''概要''
多くの著名人が眠る墓地。
ここには[[志賀直哉]]、[[有島武郎]]、[[尾崎紅葉]]、[[国木田独歩]]が眠る

-&size(16){[[禅林寺>http://www.zenrinji.jp/]]};
〒181-0013 東京都三鷹市下連雀4-18-20
--''概要''
境内には[[太宰治]]と[[森鴎外]]の墓があり、鴎外の遺言碑が建立されている。
毎年6月19日の「桜桃忌」には太宰の法要が営まれており、全国からファンが訪れる。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''芥川龍之介旧宅跡''};
--''概要''
田端駅南口より歩いて5、6分のところ。
道順は田端文士村記念館でもらえるパンフレットに載っているマップやHPの田端文士村散策マップを参考にすると分かりやすいかもしれない。
芥川龍之介旧宅などの史跡は残っていないが、芥川龍之介旧宅跡の説明板がある。

-&size(16){''尾崎紅葉旧居跡''};
〒162-0831 東京都新宿区横寺町47 第二いしばしハイツ([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/mN6FjegHo2T2]])
--''概要''
都営地下鉄大江戸線 牛込神楽坂駅から徒歩5分。
尾崎紅葉がこの地に住んだのは、明治24年2月、25歳の時から。
紅葉が当時盛んになってきた言文一致の文章を用いだしたのが小説『二人女房』(同年8月 - )からであるから、紅葉なりの新しい文体は牛込移住と並行して始まったといえる。
明治36年10月30日この地に没した。
紅葉の家は鳥居家となっているが、紅葉がふすまの下張りにした俳句が二枚残っており、それは「初冬やひげそりたてのをとこぶり十千万はしたもののいはひ過ぎたる雑煮かな十千万堂紅葉」というもの。
十千万堂とは、緑山・半可通人などとともに紅葉が用いた号。
現地には説明板がある。

-&size(16){''旧江戸川乱歩邸(大衆文化研究センター)''};
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1 立教大学キャンパス内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/urCY3iiach12]])
--''概要''
[[江戸川乱歩]]は46回の引っ越しの末に昭和9年(1934年)にこの地に引っ越してきたのだという。
立教大学は2002年に「創立130年事業」の一環として、不動産を買い上げた。
乱歩がこの家を借りることにした決め手は土蔵があること。いわゆる「幻影城」と呼ばれるもの。
土蔵は邸宅の裏にあり、乱歩の膨大な数の書籍が収められている。
一般公開はされているが中に入ることはできず、ガラス越しに見ることができる。
邸宅は玄関、応接間を見ることができる。レイアウトは乱歩自身だそう。
こちらも中に入ることができないが、旧乱歩邸ではガイドブック(500円)が販売されている。
内部の写真は旧江戸川乱歩邸のサイトでも見ることができるので、関心のある方は検索してみてはどうだろう。
開室日は月・水・金曜日だが、一般公開は祝祭日を除く水・金のみ(10:30〜16:00)
*公開日の見学は予約不要
*資料閲覧(立教大学OPACから検索が可能)には事前予約が必要

-&size(16){''徳田秋声旧宅''};
〒113-0033 東京都文京区本郷6-6-9
--''概要''
自然主義文学の巨匠、[[徳田秋声]](1871〜1943)の旧宅。
金沢から上京後、現在の文京区内で居を代えたが、明治38年から没するまでこの地に住んだ。
『新所帯』『黴』『あらくれ』など数多くの名作を生み出した。(文京区HPより引用)
【アクセス】
東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「本郷3丁目」駅より徒歩約7分
東京メトロ南北線「東大駅」より徒歩約10分

-&size(16){''佐藤春夫旧宅''};
〒112-0014 東京都文京区関口3-6-16
--''概要''
詩人・小説家として知られる[[佐藤春夫]](1892〜1964)の旧居跡。
中学時代に[[石川啄木]]選の『明星』や『スバル』の歌壇に作品を寄せた。
与謝野鉄幹や[[永井荷風]]に師事し、[[谷崎潤一郎]]との交流も深く、後年森鴎(鷗)外の孫弟子と称した。
『殉情詩集』『田園の憂鬱』『晶子曼陀羅』など数多くの作品を世に送り出す。1960年文化勲章受賞。
この地には1927年から没するまで住んだ。伝通院に眠る。
【アクセス】
東京メトロ有楽町線「江戸川橋」駅より徒歩約7分
文京区コミュニティバス「Bーぐる(目白台・小日向ルート)」の「9番:関口二丁目」「10番:椿山荘」

-&size(16){''高村光太郎旧宅''};
〒113-0022 東京都文京区千駄木5-22-8
--''概要''
高村光雲の長男で、詩人・彫刻家として活躍した[[高村光太郎]](1883〜1956)の旧居跡。
東京美術学校入学、『明星』に短歌を発表の後、明治39年に欧米留学し、パリを中心とする欧米の芸術運動に遭遇した。
明治44年、洋画家を志す長沼智恵子と出会う。
大正3年、詩集『道程』を発表、同年智恵子との生活をはじめる。
明治16年『智恵子抄』刊行。
ここには、明治45年から空襲で焼失し花巻市へ疎開した昭和20年まで住んだ。
【アクセス】
東京メトロ千代田線「千駄木」駅より徒歩約7分
文京区コミュニティバス「Bーぐる(千駄木・駒込ルート)」の「19番:千駄木小学校」

-&size(16){''夏目漱石旧居跡(猫の家)''};
--''概要''
夏目漱石(1867〜1916)の旧居跡。
ここには、イギリスから帰国後の明治36年から3年間住んだ。
この間、東京大学英文科・第一高等学校の講師として活躍する一方、処女作『我輩は猫である』を執筆し、この旧居は作品の舞台となった。
『倫敦塔』『坊ちゃん』『草枕』等を次々に発表したところでもある。
なお、現在は案内板があるのみで、家屋は愛知県犬山市にある「明治村」に移築され公開されている。

-&size(16){''[[子規庵>http://www.shikian.or.jp/]]''};
〒110-0003 東京都台東区根岸2丁目5-11
電話 03-3876-8218
開庵時間
10:30〜12:00(11時40分までに受付をお願いします。)
13:00〜16:00(15時40分までに受付をお願いします。)
入庵料 500円(中学生以下無料。20名以上団体割引あり)
公開日 月曜日を除く毎日(但し月曜日が祝日等にあたる時は翌火曜日)
--''概要''
[[正岡子規]]が明治27年に移り住んだ家。
旧加賀藩前田家下屋敷の侍長屋であったこの家で、子規は文学の近代化のために力を尽くし、34歳11ヶ月の生涯を閉じた。
没後、母と妹が守り続けたが昭和20年の空襲で焼失。25年に再建され、27年東京都文化史蹟に指定される。
子規生存当時の面影を残す家と庭が訪れた人々を明治に誘う。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''銀座・ルパン''};
〒104-0061 東京都中央区銀座五丁目5番11号 塚本不動産ビル地下1階([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/rb1uyVvCtvD2]])
--''概要''
昭和3年開店の老舗バー。
かつて、[[永井荷風]]、[[泉鏡花]]、[[菊池寛]]、川端康成などが集い「文壇バー」として名を馳せた。
また、写真家林忠彦氏による「無頼派三人衆([[織田作之助]]、[[坂口安吾]]、[[太宰治]])」の有名なポートレイトは、往時の内装そのままの店内にも飾られている。

-&size(16){''中野区立 平和の森公園''};
〒165-0026 東京都中野区新井3丁目37番6号([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/UCWvMFBx1fr]])
--''概要''
昭和58年(1983年)に閉鎖された中野刑務所(旧名:豊多摩監獄・豊多摩刑務所)の跡地に作られた公園。
中野刑務所は戦前〜戦中、主に治安維持法に違犯した政治犯・思想犯を収容していた。
[[小林多喜二]](昭和5年〜6年)や[[中野重治]](昭和5年・昭和7年〜9年)もここに収監され、獄中生活を送っていた。
往時を偲ばせる建物の殆どは取り壊されてしまっているが、唯一、旧刑務所の正門だけが公園に隣接する法務省矯正研修所東京支所の敷地内に保存されている(見学は要予約)。

-&size(16){''水月ホテル鴎外荘''};
〒110-0008 東京都台東区池之端3丁目3-21
水月ホテル鷗外荘は、敷地内に明治の文豪・[[森鴎外]]の旧居を保存しております。
名作「舞姫」を執筆したお部屋やお庭を保存し、「舞姫の間」として宴席などにご利用いただいております。
今なお残る明治の文学の薫りをお楽しみください。(公式サイトより)
お食事処や温泉施設もあり。

#endregion

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&size(16){''神奈川県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[神奈川近代文学館>http://www.kanabun.or.jp/]]''};
〒231-0862 神奈川県横浜市中区山手町110([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/wPNAg3YVJMv]])
--''概要''
また、東京・早稲田南町の「漱石山房」の書斎の雰囲気を再現した漱石山房書斎があり、収蔵されている[[夏目漱石]]コレクションの一部を見ることができる。
--''常設展に作品がある文豪''
※常設展「文学の森へ 神奈川と作家たち」は、企画展・常設展の1会期ごとに1部門ずつ展観します。
---第1部 夏目漱石から萩原朔太郎まで
[[萩原朔太郎]]、[[泉鏡花]]、[[夏目漱石]]、[[島崎藤村]]、[[志賀直哉]]、[[森鴎外]]、[[北原白秋]]、[[武者小路実篤]]、[[国木田独歩]]
---第2部 芥川龍之介から中島敦まで
[[芥川龍之介]]、[[中原中也]]、[[谷崎潤一郎]]、[[永井荷風]]、[[横光利一]]、[[堀辰雄]]、[[中島敦]]、[[吉川英治]]
---第3部 [[太宰治]]、三島由紀夫から現代まで
[[太宰治]]

-&size(16){''[[鎌倉文学館>http://www.kamakurabungaku.com/]]''};
〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷1-5-3([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/9xTisqqVFXo]])
--''概要''
鎌倉ゆかりの文学、特に鎌倉文士をテーマにした鎌倉市立の資料館。
[[夏目漱石]]、[[正岡子規]]の碑文もある。
作品だけでなく、国の登録有形文化財となっている西洋風なデザインの鎌倉文学館本館やバラ園等の庭園も楽しむことができる。
庭園でスケッチや食事も可能。
蔵書閲覧・レファレンスのみで利用する場合、入館料無料。
--''常設展に作品がある文豪''
[[芥川龍之介]]、[[太宰治]]、[[萩原朔太郎]]、[[中原中也]]、[[泉鏡花]]、[[夏目漱石]]、[[島崎藤村]]、[[正岡子規]]、[[国木田独歩]]、[[三好達治]]

-&size(16){''[[逗子市郷土資料館>http://www.city.zushi.kanagawa.jp/syokan/syakyou/newbunkazai/kyodo-muse/kyodo-muse.html]]''};
〒249-0005 神奈川県逗子市桜山8丁目2275([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/bh2QaPeDc422]])
--''概要''
「蘆花記念公園」の一角にある。
逗子縁の文学作品に関する展示のほか、実際に市内で使われていた調度品などの民俗資料、市内の遺跡から出土した資料などが展示されている。
徳富蘆花・蘇峰のみならず、[[国木田独歩]]など逗子に逗留した著名な文人に縁のある品が並んでいる。
また、逗子市は戦前期には多くの文豪が訪れていたようで縁の史跡や文学碑があるよう。
逗子市はゲームに実装が予定されている川端康成の終焉の地でもある。

-&size(16){''[[小田原文学館>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/literature-museum/bungakukan.html]]・[[白秋童謡館>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/library/libra/douyoukan.html]]''};&color(#ff0000){&size(16){''(白秋童謡館は工事の為、今年7月下旬まで休館。詳細は[[こちら>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/library/topics/p23080.html]])''};};
〒250-0013 神奈川県小田原市南町2-3-4([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%8E%9F%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8/@35.244769,139.1515303,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x6019a4e5409a53ad:0xf74410e79348f9d0!8m2!3d35.244769!4d139.153719]])
TEL 0465-22-9881
休み 年末年始(12月28日〜1月3日)
開館時間 9時00分〜17時00分(入館は16時30分まで)
観覧料 ''※文学館・童謡館共通''
大人:250円(20名以上の団体の場合は180円)
小・中学生:100円(20名以上の団体の場合は70円)
駐車場無料(7台)
--''概要''
小田原は、温暖な気候ゆえに、明治期以降は多くの政財界人や文学者が居住しました。文学者では、[[北原白秋]]や[[坂口安吾]]などの文学者など十数名にのぼります。
小田原出身の文学者では、近代文学の先駆者とされる北村透谷、芥川賞作家で文化勲章を受章した尾崎一雄、また民衆詩派の中心詩人であった福田正夫や昭和20年代後半「抹香町もの」で一世を風靡した川崎長太郎などを輩出しました。
このように小田原には出身やゆかりの作家が数多くいます。小田原文学館では、その生涯や作品を常設展示と特別展示によって幅広く紹介しています。
小田原文学館のある[[&ruby(さいかちこうじ){西海子小路};>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/corridor/villa/p10010.html]]は桜の名所でもあります。

-&size(16){''[[白秋記念館>http://www.city.miura.kanagawa.jp/sho-gaku/hakusyuu_index.html]]''};
〒238-0237 神奈川県三浦市城ヶ島
--''概要''
[[北原白秋]]が耽美主義から象徴主義へ移行していった、大正初期の三崎在住時代をテーマに展示がなされている。
記念館前には、白秋が作詞した舟歌「城ヶ島の雨」の自筆歌詞を刻んだ歌碑もある。
#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒257-0057 神奈川県秦野市富士見町1-1 秦野市立本町中学校([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/5JxkRZGZ4GG2]])
--''概要''
明治41年啄木歌稿ノート「暇ナ時」(6月25日)にある「あたたかき飯を 子に盛り 古飯に湯を かけたまふ 母の白髪」が彫られている。
建立は1964年(昭和39年)。
正門から入って左側の庭園にある大きな樹の下にあるそう。

-&size(16){''田園の憂鬱由来の地''};
〒225-0025 神奈川県横浜市青葉区鉄町1101
--''概要''
[[佐藤春夫]]の小説『田園の憂鬱』に登場した「村で唯一の女学生」金子美代子氏(故人)が私費で建てたもの。

-&size(16){''国木田独歩追憶碑''};
〒253-0055 神奈川県茅ヶ崎市中海岸3-3([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92253-0055+%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E8%8C%85%E3%83%B6%E5%B4%8E%E5%B8%82%E4%B8%AD%E6%B5%B7%E5%B2%B8%EF%BC%93%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%93/@35.3202035,139.4027351,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x601852801e14d1c1:0x9abc478b8bc5117!8m2!3d35.3200305!4d139.404931]])
アクセス:茅ヶ崎駅南口から高砂通りを海に向かって徒歩15分
茅ヶ崎公園野球場の東南のスタンド裏に、「武蔵野」や「鎌倉夫人」で有名な国木田独歩の追憶碑があります。
--''概要''
[[国木田独歩]]ゆかりの地、湯河原から運んだ自然石にはめ込んだ石板に、牧野英一博士が題字を書き、三橋兄弟治画伯が肖像を描いています。
右隣にある碑文からは、結核を患い、茅ヶ崎で闘病生活を送っていた独歩が、荒涼とした海にその心を写していたことがうかがえます。

-&size(16){''[[見桃寺歌碑>http://www.city.miura.kanagawa.jp/sho-gaku/kahi.html]]''};
〒238-0244 神奈川県三浦市白石町
--''概要''
[[北原白秋]]の直筆短歌が刻まれている。1941年の除幕式には本人も臨席した。

#endregion
#region(お墓)
-&size(16){''地福寺''};
神奈川県中郡大磯町大磯1135 (JR大磯駅より徒歩5分)
--''概要''
[[島崎藤村]]夫妻の墓がある。
毎年藤村の命日である8月22日には「島崎藤村忌」が開かれ、多くの人が墓参・献花に訪れる。
藤村は境内を気にいっていて、生前よく散歩の時に立ち寄っていたそう。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''[[旧島崎藤村邸>http://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/look/meisyo/kyuushimazakitousontei.html]]''};
〒255-0004 神奈川県中郡大磯町東小磯88−9 (JR大磯駅より徒歩5分)
--''概要''
[[島崎藤村]]が最晩年、71歳で永眠するまでの2年余を過ごした家。
簡素を信条とした藤村の暮らしぶりが垣間見える。
見学は無料。月曜日定休。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''[[七沢温泉 福元館>http://fukumotokan.jp/]]''};
〒243-0121 神奈川県厚木市七沢2758
--''概要''
明治44年開業の温泉旅館。
宿泊の他、部屋の日帰り利用や立ち寄り入浴のプランもある。
[[小林多喜二]]が1931年3月から約1ヶ月間潜伏し、小説「オルグ」を執筆した離れが現存しており、利用客のみ見学が可能。

-&size(16){''[[南湖院記念 太陽の郷庭園>http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/1017513.html]]''};
〒253-0061 神奈川県茅ヶ崎市南湖7-12869 有料老人ホーム「茅ヶ崎 太陽の郷」敷地内([[Googleマップ>https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92253-0061+%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E8%8C%85%E3%83%B6%E5%B4%8E%E5%B8%82%E5%8D%97%E6%B9%96%EF%BC%97%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%91%EF%BC%92%EF%BC%98%EF%BC%96%EF%BC%99/@35.3187799,139.3870461,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x6018529936effbe1:0xb9dd69648e3e0c9c!8m2!3d35.3187799!4d139.3892348]])
アクセス 茅ヶ崎駅南口よりバス「仲町」下車徒歩7分
開 園 日 月・木・金・土・日曜日
休 園 日 火・水曜日、年末年始(12/28〜1/4)
開園時間 4月〜10月=10時〜17時、11月〜3月=10時〜16時半
&color(#ff0000){''※入園は閉園の30分前まで''};
入 園 料 無料(&color(#ff0000){''受付ハウスで手続きが必要''};)
問合 TEL0467-82-1111 茅ヶ崎市公園緑地課公園緑地担当
--''概要''
南湖院は、明治32(1899)年に医師の高田&ruby(こうあん){畊安};氏(1861-1945)が開設。明治期に“国民病”と言われた結核は長期療養が必要な感染症だったため、当時、海岸沿いや高原など自然が豊かな場所に多くの転地療養施設が建てられた。
東海道線の茅ヶ崎駅開設(明治31年)と同時期に建設された同院は、広大な敷地(約165,000)に14の病舎や多くの施設が点在し“東洋一のサナトリウム”とも呼ばれた。
小説家の[[国木田独歩]](1871-1908)や詩人の八木重吉(1898-1927)ら文化人も多く療養したという。
一般公開される部分は、第一病舎(病舎内は非公開)を含む太陽の郷庭園部分。桜、梅をはじめとする樹木や藤棚、池、南湖院の記念碑などが点在している。入園無料だが受付必須。

-&size(16){''[[&ruby(さいかちこうじ){西海子小路};>http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/corridor/villa/p10010.html]]''};
神奈川県小田原市南町
--''概要''
その昔、武家屋敷が集まっていた風情のある小路。桜の花びらが舞う小路は歴史と昭和の文化が漂う。
かつて[[谷崎潤一郎]]や[[三好達治]]など多くの文学者たちが周辺に居を構え、数々の文学作品を生み出していったゆかりの地でもある。
ここから小田原駅西口までの間は、「白秋童謡の散歩道」として、小田原で多くの童謡を創作した[[北原白秋]]の足跡をたどる散歩道として整備されています。
4月上旬には51本もの桜の木が見事に咲き誇り、より趣のある雰囲気に。
桜の花びらの舞う通りをのんびりとそぞろ歩きしてみては?

#endregion

////////////////////ここまで関東地方////////////////////

*中部地方 [#vb24a081]

&size(16){''新潟県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[「安吾 風の館」(旧市長公舎)>http://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/yukari/kazenoyakata/index.html]]''};
〒951-8104 新潟県新潟市中央区西大畑町5927-9
開館時間:午前9時〜午後5時
休館日:毎週月曜日(祝日又は振替休日の場合はその翌日)
    年末年始(12月28日〜1月3日)
入場料:無料
アクセス:JR新潟駅から、路線バス西循環線(11A・12A系統)、または観光循環バス乗車。「西大畑坂上」バス停下車 徒歩3分
--''概要''
本市は平成17年2月に、坂口家から本市出身の作家[[坂口安吾]]の遺品・所蔵資料の寄贈を受け、8千点に及ぶ寄贈品の分類整理を実施しました。
平成21年7月から、坂口安吾の生まれ育った中央区西大畑町にあり、周辺には坂口安吾の生誕碑・詩碑や他の文化施設が立ち並ぶ旧市長公舎を活用し、遺品・所蔵資料等の調査研究を進めるとともに、様々なテーマによる展示を行いながら、新たな坂口安吾の魅力を発信していきます。
また、政令指定都市・中核市の中で現存する最古の市長公舎といえる建物の和室部分と、平成4年に造られた新潟を代表する現代庭園の一つと言われる庭園を公開します。(新潟市HP「安吾 風の館」より抜粋)

-&size(16){''[[池田記念美術館>http://www.ikedaart.jp/]]''};
〒949-7302 新潟県南魚沼市浦佐5493-3
開館時間:9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週水曜日(祝日等の場合は翌日)
入場料:一般500円・高校生以下無料
電話:025-780-4080 FAX:025-777-3815
--''概要''
常設展示に「[[小泉八雲]]文学資料室」があります。
(以下、池田記念美術館ホームページより)
この展示室では、池田コレクションと小泉家秘蔵の資料約1,500点の中から、公文書や、家族との書簡、息子たちへ英語を教えたノートなど、八雲ゆかりの品が展示されています。
#endregion

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&size(16){''富山県''};

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&size(16){''石川県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[石川近代文学館>http://www.pref.ishikawa.jp/shiko-kinbun/]]''};
〒920-0962 石川県金沢市広坂2-2-5
--''概要''
日本で2番目に古い総合文学館。
石川県にゆかりある文学者([[泉鏡花]]、[[室生犀星]]、[[徳田秋声]]など)を中心に展示しているが、四高繋がりで[[中野重治]]の展示もあり。
朗読会などのイベントも随時行っている。

-&size(16){''[[泉鏡花記念館>http://www.kanazawa-museum.jp/kyoka/]]''};
〒920-0910 石川県金沢市下新町2番3号
--''概要''
[[泉鏡花]]が幼少期を過ごした生家跡に建てられている。
作品の初版本、遺品などが展示されている。
また、泉鏡花の作品の一部を朗読で聴くことができるサウンドコーナーがある。

-&size(16){''[[徳田秋聲記念館>http://www.kanazawa-museum.jp/shusei/]]''};
〒920-0831 石川県金沢市東山1丁目19番1号
--''概要''
[[徳田秋声]]が生れ育った地に建てられた記念館。
遺品、初版本、直筆原稿などを展示している。
また、東京都文京区本郷に現存する秋声の書斎を再現したコーナーがある。
関連書籍の閲覧や、タブレットでの朗読を聞くこともできる。

-&size(16){''[[室生犀星記念館>http://www.kanazawa-museum.jp/saisei/]]''};
〒921-8023 石川県金沢市千日町3-22
--''概要''
[[室生犀星]]の生家跡に建つ記念館。
犀星の自筆原稿や書簡、遺品などが展示されている。
年代順に並んだ全著書の表紙パネルなどもある。
また、現代風にアレンジした犀星が愛した庭を見ることができる。
つくばいや石塔は、実際に犀星の庭にあったものだそうだ。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''[[室生犀星文学碑>http://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot_search/spot.php?sp_no=671]]''};
〒920-0975 石川県金沢市中川除町 犀川河畔
--''概要''
犀川大橋を上流へ向かう「犀星のみち」の途中に流し雛を型どった赤御影石の詩碑があり、[[室生犀星]]自筆の陶板には「小景異情」の一節、「あんずの詩」が刻まれている。
-&size(16){''[[徳田秋聲文学碑>http://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot_search/spot.php?sp_no=643]]''};
〒920-0832 石川県金沢市末広町 卯辰山自然公園内
--''概要''
金沢市中心部から東にある卯辰山の展望台「望湖台」の近くにある。
1947年に建立され、除幕式では[[川端康成]]が祝辞を述べ、秋声を絶賛した。
[[徳田秋声]]自筆を写した陶板がはめ込まれ、[[室生犀星]]による秋声の年譜が刻まれている。
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''[[雨宝院>http://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot_search/spot.php?sp_no=381]]''};
〒921-8023 金沢市千日町1-3
--''概要''
江戸初期に再興された真言宗の寺院。
犀川のほとりにあり、[[室生犀星]]が養嗣子となって少年時代を過ごした。
今も境内には、犀星が愛した杏の木がある。
#endregion

#region(その他)
-&size(16){''[[神明宮>http://www.shinmeiguu-kanazawa.jp/]]''};
〒921-8031 石川県金沢市野町2丁目1-8
--''概要''
金沢旧五社の一社。
幼年期を金沢で過ごした[[中原中也]]は、境内で見たサーカスの思い出をもとに、「サーカス」を書いたとされる。

-&size(16){''[[金沢三文豪像>http://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot_search/spot.php?sp_no=63]]''};
〒920-0937 石川県金沢市丸の内
--''概要''
兼六園から金沢城大手門に続く散歩道「白鳥路」に、1985年に製作された[[室生犀星]]、[[泉鏡花]]、[[徳田秋声]]のブロンズ像がある。
このうち、鏡花と秋声の像は、鏡花宅を秋声が訪ねるという徳田秋声「和解」の一場面をイメージした服装となっている。
なお、2018年3月実施の「金沢三文豪×文豪とアルケミスト」開催時に発売の限定1Dayパスポート(施設共通観覧券)は、犀星、鏡花、秋声がこの像と同じ服装をして、徳田秋聲記念館の近くにかかる「梅の橋」の上にいるという絵柄になっている。
#endregion

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&size(16){''福井県''};

#region(碑文)
-&size(16){''[[東尋坊>http://www.mikuni.org/tojinbo/]]''};
〒913-0063 福井県坂井市三国町安島
--''概要''
東尋坊を通る荒磯遊歩道に、[[三好達治]]の詩『荒天薄暮』の詩碑があります。
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''中野重治生家跡''};
福井県坂井市一本田/国道8号線丸岡庁舎口交差点西側
--''概要''
没後市(寄贈当時は町)に寄贈された生家の跡が役場の西側の木立の中にある。
ここには生前東京に居た頃使っていた書斎も移築されている。

#endregion

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&size(16){''山梨県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[清春白樺美術館>http://www.kiyoharu-art.com/]]''};
〒408-0036 山梨県北杜市長坂町中丸2072
--''概要''
白樺派中心の美術館です。
[[武者小路実篤]]・[[志賀直哉]]・[[有島武郎]]・有島生馬・里見だけでなく、[[高村光太郎]]関係もあります。

-&size(16){''[[山梨県立文学館>http://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/]]''};
〒400-0065 山梨県甲府市貢川1丁目5-35
--''概要''
山梨出身として檀一雄等、山梨ゆかりの文豪として、[[太宰治]]・[[井伏鱒二]]・[[芥川龍之介]]等を取り上げています。
四季に合わせて常設展示を替えているようなので、タイミングによっては展示されてない可能性もあります。
また、過去に[[高村光太郎]]・[[石川啄木]]・[[宮沢賢治]]等の展示を行っているので、一部図録が売っているかもしれません。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''太宰治新居跡''};
山梨県甲府市朝日5丁目/県道104号線国立病院南交差点西側
--''概要''
結婚をしてから数ヶ月ではあったが甲府市に居を構え生活した時期がある。
ただ、建物自体は昭和20年の甲府空襲で焼失し、現地には石碑が残るだけである。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''[[山梨 天下茶屋>http://www.tenkachaya.jp/history.html]]''};
〒401-0304 山梨県南都留郡富士河口湖町河口2739
--''概要''
[[太宰治]]や[[井伏鱒二]]が何度か逗留した場所で、太宰治文学記念室があります。
当時使用した「机」や「火鉢」などを置き、床柱は、初代の天下茶屋のものをそのまま使用しています。
「富獄百景」「斜陽」「人間失格」などの初版本、「太宰治」「斜陽館」などのパネル、「太宰治文学碑建設趣意書」「のれん」なども展示しています。

#endregion

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&size(16){''長野県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''藤村記念館(小諸市立)''};
〒384-0032 長野県小諸市丁311(懐古園内)
--''概要''
[[島崎藤村]]は明治32年から6年余の間、小諸で過ごした。
代表作の『破戒』はその間に書かれた。
藤村記念館では、藤村の小諸時代を中心とした作品、資料、遺品などが展示されている。

-&size(16){''堀辰雄文学記念館''};
〒389-0115 長野県北佐久郡軽井沢町大字追分662
--''概要''
[[堀辰雄]]は大正12年19歳の時に初めて軽井沢を訪れ、それ以来毎年のように軽井沢を訪れた。
辰雄は、軽井沢を舞台とした作品を多く残した。
原稿・書簡・初版本・遺愛の品々が展示されている。
辰雄が晩年を過ごした住居、愛蔵書が納められた書庫などがある。
また、閲覧室では辰雄の著書や関係資料を閲覧することができる。
#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''[[北原白秋歌碑>http://www.town.karuizawa.lg.jp/www/contents/1001000000767/]]''};
〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉星野2148
--''概要''
1921年、軽井沢で「芸術自由教育講習会」が開催され、[[北原白秋]]が講師に招かれた。
白秋は星野温泉に滞在し、朝夕の散策中に着想を得て「落葉松」を書いた。
この歌碑には、「落葉松」の全文(活字)と、第8節の自筆が刻まれている。
#endregion

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&size(16){''岐阜県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''藤村記念館(財団法人藤村記念郷)''};
〒508-0502 岐阜県中津川市馬籠4256-1
--''概要''
作品原稿や祖父母の隠居所、遺愛品、明治大正時代の稀覯本等の展示が行われている。
終焉の地である神奈川県大磯町にあった書斎も復元されている。
#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''祐泉寺''};
〒505-0042 岐阜県美濃加茂市太田本町2-3-14
--''概要''
境内に太田宿(現・美濃加茂市)出身の[[坪内逍遥]]の歌碑がある。
#endregion

#region(お墓)
-&size(16){''永昌寺''};
〒508-0502 岐阜県中津川市馬籠5358
--''概要''
島崎藤村の墓の一つ。こちらは菩提寺にあたる。
ここには遺髪と遺爪が納められており、妻と子供の墓がここに在る。
「夜明け前」に出てくる『万福寺』はこの寺がモデルになったとされている。
#endregion

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&size(16){''静岡県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[沼津市若山牧水記念館>http://web.thn.jp/bokusui/]]''};
〒410-0849 静岡県沼津市千本郷林1907-11
--''概要''
[[若山牧水]]は、千本松原の景観に魅せられ沼津を永住の地と定めた。そして、晩年の9年間を沼津で過ごした。
半切、原稿、書簡、をゆかりの品などを編年体で展示している。
沼津の家の書斎を復元したコーナーもある。
酒好きの牧水らしい「牧水と酒のコーナー」なんてものもある。

-&size(16){''[[焼津小泉八雲記念館>http://www.city.yaizu.lg.jp/yaizu-yakumo/index.html]]''};
〒425-0071 静岡県焼津市三ケ名1550

-&size(16){''[[起雲閣>http://www.ataminews.gr.jp/spot/114/]]''};
〒413-0022 静岡県熱海市昭和町4-2
--''概要''
1919年(大正8年)に別荘として築かれ「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸が基となる起雲閣。
1947年(昭和22年)に旅館として生まれ変わり、熱海を代表する宿として数多くの宿泊客を迎え、山本有三、[[志賀直哉]]、[[谷崎潤一郎]]、[[太宰治]]、舟橋聖一、武田泰淳など、日本を代表する文豪たちにも愛されてきました。
今は熱海市の文化財として一般公開されています。(熱海市観光協会ホームページより)
前述の文豪紹介パネルが置かれた文豪の間の他、[[尾崎紅葉]]の間、[[坪内逍遥]]の間もある。

-&size(16){''[[双柿舎>https://www.ataminews.gr.jp/spot/122/]]''};
〒413-0016 静岡県熱海市水口町11-17
0557-86-6232 (熱海市生涯学習課文化施設室)
営業時間 日曜日10:00〜16:00 &size(16){&color(red){※''日曜のみ開館''};};
定休	毎週月〜土曜日
料金	無料
駐車場	なし
--''概要''
シェークスピアの翻訳家としても有名な明治の文豪・[[坪内逍遥]]が、1920年(大正9年)から1935年(昭和10年)に亡くなるまでの15年間を過ごした住居。
坪内逍遥は、約9年間、荒宿(現在の銀座町)に住み、シェークスピア劇の翻訳や、戯曲「名残の星月夜」、「義時の最後」などを著しましたが、閑静だった荒宿が騒がしくなり、執筆活動に専念できなくなったことから、水口町に新しく建てたのがこの双柿舎。
樹齢300余年と言われる柿の大樹が2本あることにちなんで「&ruby(そうししゃ){双柿舎};」と呼ばれるようになりました。
邸内には、塔の形の書庫や筆塚があり、また、会津八一の筆による門の扁額なども見どころとなっています

-&size(16){''[[伊豆近代文学博物館(昭和の森会館内)>http://www.at-s.com/facilities/article/view/museum/137701.html]]''};
〒410-3206 静岡県伊豆市湯ケ島892-6
--''概要''
道の駅併設の博物館。
井上靖と[[川端康成]]に関する展示が中心。
他に伊豆ゆかりの作家として、少数ながら[[芥川龍之介]]・[[泉鏡花]]・[[夏目漱石]]・[[島崎藤村]]・[[田山花袋]]・[[梶井基次郎]]・[[三好達治]]・[[井伏鱒二]]らに関する展示もある。

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''水辺の文学碑(水上通り)''};
411-0000 静岡県三島市一番町1-28
--''概要''
三島駅から三嶋大社に繋がる水上通り沿いの碑文群。
[[太宰治]]、[[若山牧水]]、[[正岡子規]]らの碑文がある。

#endregion
#region(その他)
-&size(16){''千本浜公園''};
〒410-0867 静岡県沼津市本字千本1910-1
--''概要''
東海道随一の景勝地である千本松原を有する沼津を代表する公園の一つ。
数々の歌碑・文学碑が建っている。[[若山牧水]]の「幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく」の歌碑がある。

-&size(16){''三嶋大社''};
〒411-0035 静岡県三島市大宮町2-1-5
--''概要''
境内に[[若山牧水]]が三嶋大社の夏祭りの花火を見て詠んだという「のずえなる 三島のまちの あげ花火 月夜のそらに 消えて散るなり」の歌碑がある。

-&size(16){''お宮の松''};
〒413-0012 静岡県熱海市 東海岸町
--''概要''
[[尾崎紅葉]]の新聞小説『金色夜叉』の中で、間寛一とお宮の熱海海岸での別れの場面の舞台になったといわれている。
初代の松は道路の中央にあり、「羽衣の松」と呼ばれていたが、1919年8月に紅葉の弟子の小栗風葉により、金色夜叉の句碑が建立されたことから、お宮の松と呼ばれるようになった。
自動車の普及により、排ガスや舗装の影響で衰えたため、1966年11月に地元のホテルの寄贈により2代目の松が植えられた。初代の松の切り株は、文化会館ロビーにある。
2代目の松も枝枯れなどの症状が見られたため、1998年より3年間、樹勢活性化作業が行われた。(wikipediaより)

-&size(16){''貫一お宮の像''};
〒413-0012 静岡県熱海市 東海岸町
--''概要''
「金色夜叉」にちなむ「お宮の松」と、「熱海の海岸散歩する・・・」で始まる歌謡が一体となり、爆発的に流布し、主人公「貫一・お宮」はあたかも実在の人物のように 国民の心をとらえて離さない存在となりました。
([[あたみニュース「お宮の松/貫一お宮の像>http://www.ataminews.gr.jp/spot/113/]]」より)

-&size(16){''[[伊豆の踊子像>http://kanko.city.izu.shizuoka.jp/form1.html?c1=5&c2=4&pid=3206]]''};
〒410-3206 静岡県伊豆市湯ヶ島892-14
--''概要''
[[川端康成]]「伊豆の踊子」に登場する「私」と薫の像。
なお、この像がある浄蓮の滝は「踊子歩道」というハイキングコースの起点であり、作中に登場する「つづら折りの道」「天城山隧道」へと行くことができる。この道中には[[横光利一]]や[[島崎藤村]]の碑文もある。

-&size(16){''[[福田家>http://fukudaya-izu.jp/]]''};
〒413-0507 静岡県賀茂郡河津町湯ヶ野236
--''概要''
湯ケ野温泉の宿で、[[川端康成]]「伊豆の踊子」にも登場する。
川端の直筆が刻まれている「川端文学碑」と、踊子の座像「伊豆の踊子ブロンズ像」がある。
他の文豪にも愛され、[[太宰治]]、[[井伏鱒二]]、[[三好達治]]らが執筆のため逗留していた。

-&size(16){''[[新井旅館>http://arairyokan.net/]]''};
〒410-2416  静岡県伊豆市修善寺970
--''概要''
明治5年に創業し、建物のうち15棟が国の登録有形文化財となっている。
新井旅館には[[芥川龍之介]]、[[尾崎紅葉]]、[[泉鏡花]]、[[幸田露伴]]、[[島崎藤村]]、[[田山花袋]]、[[川端康成]]、[[井伏鱒二]]、[[正岡子規]]らが訪れている。
登録文化財ツアーを開催しており、[[芥川龍之介]]や[[泉鏡花]]らの滞在時のエピソードと共に文化財に登録された建物を見ることができる。
&color(Red){設備の更新及び一部館内工事の為に、2018年5月14日から7月20日まで全館休業しており、宿泊は7月21日から、登録文化財ツアーは7月22日から再開の予定。};

#endregion

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&size(16){''愛知県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''新美南吉記念館''};
〒475-0966 愛知県半田市岩滑西町1-10-1
--''概要''
[[新美南吉]]生誕80周年、没後50年を記念し建てられた記念館。
「ごんぎつね」の舞台ともなった地である。
自筆原稿を展示している他、作品のビデオシアターなどを上映している。

-&size(16){''博物館明治村''};
〒484-0000 愛知県犬山市字内山1番地
--''概要''
明治時代の建造物等を移築して公開している。
[[森鴎外]]、[[夏目漱石]]の住宅や[[幸田露伴]]住宅蝸牛庵(有形文化財)などがある。
季節ごとの美しい風景も楽しめる。

-&size(16){''[[文化のみち二葉館>http://futabakan.jp]]''};
〒461-0014 愛知県名古屋市東区橦木町3丁目23番地
--''概要''
<2階展示室>
近代文学の祖こと、[[坪内逍遥]]をはじめ、城山三郎(直木賞)、小谷剛(芥川賞)、江夏美好(田村俊子賞)、春日井建(迢空賞)など名古屋を中心とする郷土ゆかりの文学者および文学作品を、資料やパネルで紹介します。
また、当地において盛んに展開されてきた同人誌活動をふりかえります。
資料の一部は本棚に配架してあり、手にとって自由に閲覧いただけます。

-&size(16){''[[海辺の文学記念館>http://www.city.gamagori.lg.jp/unit/kankoshoko/bungakukan.html]]''};
〒443-0031 愛知県蒲郡市竹島町15-62([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/TFR7SKK5Din]])
--''概要''
[[菊池寛]]、[[志賀直哉]]、[[谷崎潤一郎]]、山本有三、[[川端康成]]、井上靖、三島由紀夫、池波正太郎などの文豪が愛した旅館「常盤館」の趣を再現した文学記念館。
蒲郡市ゆかりの作家である宮城谷昌光(直木賞)、平野啓一郎(芥川賞)の作品や、蒲郡が登場する文学作品が紹介されている。
入場料無料。有料で「時手紙」(1年から10年(差出人の希望年)保管された後、指定された年数が経過したら発送)を出すことができる(500円〜1,000円)。
作品例:菊池寛「火華」、志賀直哉「書簡」、谷崎潤一郎「細雪」、川端康成「驢馬に乗る妻」「旅への誘い」、
 井上靖「ある落日」、三島由紀夫「宴の後」、池波正太郎「よい匂いのする一夜」(※作品を目当てに行く場合、記念館などに確認したほうが良い)
関連する施設として「常盤館」の流れを汲む「[[蒲郡クラシックホテル>http://www.classic-hotel.jp/]]」があり、宿泊の他、食事や宴会、結婚式を行うことができる。

#endregion

////////////////////ここまで中部地方////////////////////
*近畿地方 [#d724016a]

&size(16){''三重県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''鳥羽みなとまち文学館''};
〒517-0011 三重県鳥羽市鳥羽2丁目5-2
--''概要''
---乱歩館・鳥羽文学ギャラリー
[[江戸川乱歩]]が鳥羽で過ごした日々や生涯の伴侶となる妻・村上隆との出逢いを紹介している。
また、眼鏡、万年筆などの乱歩の愛用品を展示している。
他にも、鳥羽にゆかりのある文学者の紹介パネルを展示している。
---幻影城
[[江戸川乱歩]]の作品『屋根裏の散歩者』『人でなしの恋』『虫』のワンシーンを再現する人形などを展示している。
また、『パノラマ島奇談』の朗読を聞くこともできる。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''桑名駅''};
〒511-0811 三重県桑名市東方
--''概要''
JR線1番ホームに[[中原中也]]「桑名の駅」の詩碑がある。
桑名駅開業100周年を記念して、1994年7月5日に除幕された。
※ 近鉄線のりばからも、乗換改札などを通らずに行くことができる。

-&size(16){[[''横光利一文学碑>http://igakanko.net/yokomituriichi-bungakuhi.html]]''};
〒519-1402 三重県伊賀市柘植町1706
--''概要''
「柘植歴史民俗資料館」の脇の小道には、少年時代の[[横光利一]]が物想いに耽っていたとされる小さな丘があり、そこには横光自筆の「蟻台上に飢えて月高し」の句を刻んだ文学碑と、その脇に[[川端康成]]の自筆による解説文碑が建立されている。
資料館にも横光に関する展示がある。

-&size(16){''梶井基次郎文学碑''};
〒515-0073 三重県松阪市殿町
--''概要''
松阪は[[梶井基次郎]]の短編小説『城のある町にて』の舞台であるため、二の丸跡に文学碑が建てられている。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''江戸川乱歩像''};
近鉄名張駅東口
--''概要''
[[江戸川乱歩]]生誕の地ということで銅像が立っている。
60代の乱歩の姿をほぼ等身大で再現している。

-&size(16){''名張市立図書館''};
〒518-0400 三重県名張市桜ヶ丘3088番地156
--''概要''
[[江戸川乱歩]]の著書や色紙、遺品の展示を行っている。

-&size(16){''乱歩生誕地碑広場''};
〒518-0726 三重県名張市本町209
--''概要''
昭和27年の帰郷がきっかけとなり建立された。
乱歩の作品『幻影城』の一文(「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」)が刻まれている。
除幕式は、乱歩夫妻臨席のもと執り行われた。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''滋賀県''};

#region(碑文)

-&size(16){''横光利一文学碑''};
〒519-1402 三重県伊賀市柘植町1706
--''概要''
「柘植歴史民俗資料館」の脇の小道にある小さな丘(横光利一は、この小丘によく登って物想いに耽ったという。)に、[[横光利一]]が最も好んだ「蟻台上に飢えて月高し」の句を刻んだ文学碑と、[[川端康成]]による解説文碑が建てられています。

-&size(16){''宮沢賢治詩碑''};
〒520-0116 滋賀県大津市坂本本町 比叡山延暦寺 根本中堂横
--''概要''
1921年4月、[[宮沢賢治]]が父・政次郎と共に比叡山延暦寺に参詣した時に詠んだという歌「根本中堂 ねがはくは 妙法如來 正遍知 大師のみ旨 成らしめたまへ」が刻まれている。

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''京都府''};

#region(碑文)

-&size(16){''志賀直哉旧居跡''};
〒607-0000 京都府京都市山科区竹鼻立原町
--''概要''
#region(1989年に、京都洛東ライオンズクラブが建立。)
1989年に、京都洛東ライオンズクラブが建立。
|~副碑東|志賀直哉旧居跡 山科川の小さい流れについて来ると、月は高く、寒い風が刈田を渡って吹いた。 山科の記憶 志賀直哉は、大正十二年十月から同十四年 四月までの約二年当地に居住、こゝでの体験をもとに、「山科の記憶」「痴情」「瑣事」「晩秋」など、一連の作品が生まれた。細い土橋、硝子戸、池庭のある一軒家で、その清澄な文学のように、美しい山科の自然に囲まれた静かな住まいであった。|
|~副碑西|平成元年四月吉日 京都洛東ライオンズクラブ建立|

#endregion
#endregion

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&size(16){''大阪府''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''本澄寺・三好達治記念館''};
〒569-0003 大阪府高槻市上牧2-6-31
--''概要''
日蓮宗寺院の本澄寺内にある[[三好達治]]の記念館。
自筆原稿や詩集、遺品などをお寺の一室に展示している。
本澄寺内には達治の墓もある。
なお、来館の際は事前連絡が必要。

-&size(16){''[[川端康成文学館>http://www.city.ibaraki.osaka.jp/kikou/shimin/bunka/menu/kawabata/raikanannai/kawabata.html]]''};
〒567-0881 大阪府茨木市上中条2丁目11-25
休館日 火曜日、祝日の翌日、12月28日〜翌年1月4日
開館時間 9:00〜17:00
入館料 無料
--''概要''
[[川端康成]]の直筆原稿、遺品などが展示されています。
文学館の一角には川端の書斎を再現したコーナーがあります。(作家体験もできます。)
三好達治記念館のある阪急上牧駅より準急で二駅の阪急茨城市駅より1.3km(徒歩20分程度)

#endregion

#region(旧邸宅跡など)

-&size(16){''[[旧杉山家住宅>http://tondabayashi-navi.com/miru/sugiyamake.html]]''};
〒584-0033 大阪府富田林市富田林町14−31
電話:0721-23-6117
開館時間:午前10時〜午後5時(11月1日〜3月31日は午後4時まで)
入館料:大人400円、15歳以下200円、団体(20人以上)は2割引
休館日:月曜(月曜が休日にあたる場合はその翌日)、年末年始
-''概要''
蔵に[[織田作之助]]『土曜夫人』の直筆原稿が展示されてます。
館内撮影自由です。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''自由軒 難波本店''};
〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波3-1-34 ビックカメラ(旧プランタンなんば)向い
--''概要''
[[織田作之助]]が小説『夫婦善哉』を書き、作中にも登場させた西洋料理店。カレーの名店である。
店内には「トラは死んで皮をのこす、織田作死んでカレーライスをのこす」と入った織田作之助の写真が飾ってある。

#endregion

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&size(16){''兵庫県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''芦屋市谷崎潤一郎記念館''};
〒659-0052 兵庫県芦屋市伊勢町12-15
--''概要''
[[谷崎潤一郎]]が、昭和9年から11年にかけて住んでいた芦屋市に建てられた記念館。
谷崎愛用の机、硯、筆、などの様々な資料を展示している。
玄関横に飾られている巨石は、神戸市東灘区岡本にあった旧谷崎邸の庭石である。

#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''倚松庵''};
〒658-0052 神戸市東灘区住吉東町1-6-50
--''概要''
『細雪』のモデルとなった家。
[[谷崎潤一郎]]はこの家に昭和11年11月から18年11月まで住んでいた。

#endregion

#region(その他)

-&size(16){''[[兵庫県城崎温泉 旅館 三木屋>http://www.kinosaki-mikiya.jp/]]''};
--概要
志賀直哉が「城の崎にて」を執筆した旅館。予約すれば宿泊した部屋にも泊まれます。
また、志賀直哉の他にもいろんな文豪が遊びに行ってるようです。よかったら参考にしてください。
[[城崎温泉を訪れた文豪リスト>http://www.kinosaki-spa.gr.jp/information/info/bungou.html]]
[[城崎文芸館>http://www.kinobun.jp/]]

#endregion

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&size(16){''奈良県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''[[奈良町資料館>http://naramachi.co.jp/]]''};
〒630-8334  奈良県奈良市西新屋町14
開館:10:00〜16:00 無休 館内撮影禁止
館内の一角に、[[志賀直哉]]、[[芥川龍之介]]、[[梶井基次郎]]、三島由紀夫、[[川端康成]]、[[坂口安吾]]などの直筆の原稿が見れるとのこと(期間限定か未確認)

#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''志賀直哉旧居''};
〒630-8301 奈良県奈良市高畑町1237-2([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/37RyX9f3tuP2]])
--''概要''
昭和初期に[[志賀直哉]]が自ら設計し、約9年間暮らした奈良市高畑町の旧居。
昭和53年には現厚生労働省から学校法人奈良学園に譲られた。
2009年に改装工事を行い、同学園が所有する資料写真や、同居していた家族の記憶を参考に約1億円をかけて当時の姿を忠実に再現した。
現在は同学園のセミナーハウスとして用いられているほか、一般の見学もできる。
1階にはサンルームや書斎があり、2階には昭和37年に直哉が小説『暗夜行路』を書きあげた和室や、[[小林多喜二]]が宿泊した客間がある。

-&size(16){''[[子規の庭>http://shikinoniwa.com/]]''};
〒632-8207 奈良県奈良市今小路町45-1
明治28年10月、奈良で宿泊した「&ruby(たいざんろう){對山樓};」跡地。
23歳の時の随筆「筆まかせ」に記述された、子規の理想の庭をコンセプトに作庭。

#endregion

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&size(16){''和歌山県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''佐藤春夫記念館''};
〒647-0003 和歌山県新宮市新宮1番地(熊野速玉大社境内)
--''概要''
[[佐藤春夫]]の故郷新宮市にある記念館。
建物は、東京都文京区関口町に建てられた佐藤春夫の邸宅を移築したもの。
1927年(昭和2)に建てられ、1964年(昭和39)春夫が72歳で亡くなるまで過ごした。
庭は当時の様子を模して作られている。
廊下では、春夫肉声での詩の朗読が聞ける。
詩集、小説、随筆、翻訳の初版本や春夫の絵画作品、自作詩歌の書などが展示されている。

#endregion

#region(碑文)

-&size(16){''若山牧水句碑''};
〒649-6531 和歌山県紀の川市粉河2787(中門をくぐってすぐを左手)
--''概要''
「粉河寺 遍路の衆の 打ち鳴らす 鉦々きこゆ 秋の木の間に」と刻まれた石碑が立っている。

#endregion

////////////////////ここまで近畿地方////////////////////

*中国地方 [#w57fe880]

&size(16){''鳥取県''};

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&size(16){''島根県''};

#region(文学館・記念館・博物館)

-&size(16){''森鴎外記念館''};
島根県鹿足郡津和野町町田イ238
--''概要''
森鴎外旧宅の南側に隣接し、鴎外旧宅を展示物の一部として取り込んでいる。
[[森鴎外]]の遺品、直筆原稿、鴎外ゆかりの品々などが展示されている。

-&size(16){''[[小泉八雲記念館>http://www.hearn-museum-matsue.jp]]''};
〒690-0872 島根県松江市奥谷町322

#endregion

#region(お墓)

-&size(16){''永明寺''};
〒699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田ロ107
--''概要''
没後に東京で埋葬されたが、関東大震災後に出生地である津和野のこの寺に改装されている。
墓碑は質素で、本人の遺言により「森林太郎の墓」と刻まれているだけである。

#endregion

#region(旧邸宅跡など)

-&size(16){''森鴎外旧宅''};
--''概要''
[[森鴎外]]の生家。
鴎外は1862年(文久2)1月19日この家で生まれ、1872年(明治5)11歳で上京するまでここで過ごした。
この旧宅は、作品にも登場している。
現在は国指定の史跡となっている。

#endregion

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&size(16){''岡山県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[備前市歴史民俗資料館>http://bizen-rekishi.sakura.ne.jp/access/index.html]]''};
〒705-0022 岡山県備前市東片上385
TEL/FAX.0869-64-4428
休館日 月曜日(祝祭日の場合はその翌日)
    祝祭日の翌日
    12月29日〜1月3日
入館料 無料
アクセス
JR赤穂線備前片上駅より西へ徒歩5分
山陽自動車道 和気ICから車で15分  備前ICから車で15分
--''概要''
備前市は、たくさんの小説家や文学者たちが生まれています。
「何処へ」などの作者で、自然主義作家の[[正宗白鳥]]、白鳥の弟で国文学者の正宗敦夫、画家の正宗徳三郎がいます。
さらに、「眠狂四郎」で人気作家となった直木賞作家柴田練三郎、「罪な女」で直木賞を受賞した藤原審爾を紹介しています。

-&size(16){''正宗文庫''};([[参考>http://www.musashinoshoin.co.jp/news/view/492/%E6%AD%A3%E5%AE%97%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6]]/[[写真>http://hardcandy.exblog.jp/13264157/]])
--''概要''
財団法人正宗文庫は、歌人・国文学者正宗敦夫(1881.11.15〜1958.11.12)の収集した典籍文書類を収蔵する文庫である。
生地であり生涯を送った岡山県和気郡伊里村大字穂浪(現・岡山県備前市)に創設され、1936年 6月に財団法人の認可を受けた。
敦夫の没後は、子息甫一、孫千春によって引き続いて管理運営され、現在に至っている。
蔵書目録としては、深井紀夫編『正宗文庫所蔵典籍分類目録 郷土関係編』(正宗文庫 1995年 9月)があり、さらに、近年、国文学研究資料館により調査が行われ、正宗敦夫作成調査目録に基づき、「正宗文庫目録(五十音順、典籍編)」(『調査研究報告』第 29号 2009年 3月)が作成されている。
#endregion

#region(碑文)
-&size(16){''正宗白鳥生家跡顕彰碑''};([[参考>https://www.okayama-kanko.jp/modules/kankouinfo/pub_kihon_detail.php?sel_id=1544&sel_data_kbn=0]]/[[写真>https://blogs.yahoo.co.jp/rolly7440/34085472.html]])
〒705-0033 岡山県備前市穂浪3106-2
TEL 備前市役所生涯学習課 0869-64-1841
アクセス
JR赤穂線西片上駅 車10分
伊里駅 車5分
山陽自動車道備前IC 車10分
--''概要''
[[正宗白鳥]](1879〜1962)は穂浪に生まれ自然主義作家としては[[島崎藤村]]らと並び称される。代表作は「何処へ」。
生家跡には、この地を題材に綴られた「入江のほとり」の一節を刻む石碑が立ち、郷愁の思いを残している。

#endregion

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&size(16){''広島県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[ふくやま文学館>http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/bungakukan/jyosetu.html]]''};
〒720-0061 広島県福山市丸之内1丁目9-9
電話:084-932-7010
開館:9:30〜17:00 入館は16:30まで
休館:月曜日(月曜日が休日の場合翌日)、年末年始
交通アクセス 福山駅から徒歩で8分
--''概要''
福山市名誉市民の[[井伏鱒二]]をはじめとする福山市広域圏ゆかりの文学者の顕彰と、地域の文化振興を目的として、1999年4月に開館した。
建物外観は井伏鱒二の生家をもとにデザインされた。
---常設展示室
第1展示室 - 福山市広域圏ゆかりの文学者の紹介
(文学者一覧) 福原麟太郎、小山祐士、木下夕爾、日野啓三、葛原しげる、岡田美知代、横山美智子、武内俊子、近藤芳美、中村憲吉、火野葦平、木山捷平、島田荘司、山代巴、[[志賀直哉]]、伊藤整、村上菊一郎、林芙美子、倉田百三、森田思軒、石井直三郎、
第2〜4展示室 - 井伏鱒二の生涯と思想、および主要作品約三十作の紹介
第5展示室 - 井伏鱒二の書斎の再現
図書コーナーは、井伏鱒二、福原麟太郎、小山祐士、木下夕爾、日野啓三、島田荘司らの著書や各種全集等が設置してあり、自由に読むことができる。
また、朗読・映像コーナーでは、井伏鱒二、福原麟太郎、小山祐士、木下夕爾、日野啓三、島田荘司らゆかりの文学者を紹介した映像等を自由に見ることができる。
映像展示室では福山地方の文学と歴史と井伏鱒二の生涯を、わかりやすく、映像で理解しできる部屋になっている。
 上映時間約25分
 上映プログラム
  ・福山地方に華開いた文学
  ・旅と幽閉−井伏鱒二の生涯−
(参考:[[Wikipedia ふくやま文学館>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%81%8F%E3%82%84%E3%81%BE%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%A4%A8]])
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''志賀直哉旧居(おのみち文学の館)''};
〒722-0033 広島県尾道市東土堂町8-28
--''概要''
坂道と猫の町として知られる広島県尾道市にある[[志賀直哉]]の旧居のうちの一つ。
彼の唯一の長編小説『暗夜行路』の構想も、1912年から1年ほど過ごしたこの場所で練られたのだとか。
現在は「おのみち文学の館」([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/UkQ5EfDaSXF2]])の一施設として整備されているが、志賀が過ごしていた当時の姿ほぼそのままに残されているとのこと。
見晴らしの良い坂の上にあり、志賀が実際に過ごしていたという部屋からは『暗夜行路』中の描写にあるような、尾道水道を望む美しい風景を楽しむことができる。
坂道や階段、路地、海、猫、散歩などが嫌いでなければ是非訪れてみてはどうだろう。
#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''山口県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[中原中也記念館>http://www.chuyakan.jp/]]''};
〒 753-0056 山口県山口市湯田温泉1-11-21
--''概要''
平成六年に中原中也の生家跡の一部に建てられた記念館。
中也の遺稿や遺品など様々な資料が展示されています。
また、記念館オリジナルグッズで中也のトレードマークにもなっている帽子が購入できます。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''国木田独歩旧宅''};
〒742-0001 山口県柳井市姫田(JR山陽本線柳井駅から徒歩で10分)
--''概要''
[[国木田独歩]]は、20歳前後の多感な時期を柳井で過ごした。
この頃の出来事や思い出をもとに、『少年の悲哀』『置土産』などの作品を著している。
この旧宅は、独歩一家が、明治26年頃に住んでいた家を移築し、保存したもので、独歩が愛用した「月琴」や、国木田独歩の胸像等が展示されている。
&size(14){&color(#ff0000){''入館料は無料だが要予約。''};};
#endregion

////////////////////ここまで中国地方////////////////////

*四国地方 [#b5341598]

&size(16){''徳島県''};

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&size(16){''香川県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''菊池寛記念館''};
香川県高松市昭和町1丁目2番20号 サンクリスタル高松3階
--''概要''
[[菊池寛]]の直筆の原稿、遺品などが展示されている。
東京の自宅にあった書斎を再現したコーナーもある。
また、芥川賞と直木賞の歴代受賞者を紹介している。

#endregion

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&size(16){''愛媛県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''松山市立子規記念博物館''};
〒790-0857 愛媛県松山市道後公園1-30
--''概要''
[[正岡子規]]の故郷に建てられた記念館。
6万点近くの子規関係の収蔵資料がある。
また常設展示場には、子規と親友の[[夏目漱石]]が50日余りを共に暮らした愚陀佛庵の1階部分が復元されている。
(愚陀仏庵は、漱石が愛媛県松山市に赴任していた時の下宿先。)
漱石が松山に赴任していた時の経験をもとに書かれた漱石の作品『坊っちゃん』関連の展示もある。

#endregion
#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''愚陀佛庵''};
〒790-0001 愛媛県松山市一番町3-3-7
--''概要''
愚陀仏庵は、夏目漱石が英語教師として松山中学校に赴任した際に下宿していた上野家の離れである。
それを当時の雰囲気そのままに復元している。
「愚陀佛庵」という名前は夏目漱石の自分の俳号「愚陀佛」から名付けたという説と、正岡子規が「愚陀佛がいる庵」と呼称しているところから、正岡子規が名付けたという説がある。
正岡子規が居候していた時期があり、句会「松風会」を開いていた。
''&color(red){※2010年7月12日の豪雨で松山城の城山において大規模土砂崩れが発生し全壊してしまったため、現在公開を中止している。現在、再建への協力を呼びかけている。};''

#endregion

////////////////////////////////////////////////////////////

&size(16){''高知県''};

////////////////////ここまで四国地方////////////////////

*九州地方 [#n1a3ed97]

&size(16){''福岡県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[白秋記念館>http://www.hakushu.or.jp/map/]]''};
〒832-0065 福岡県柳川市沖端55-1
--''概要''
北原家の広大な旧跡地の一隅に建てられた記念館。
水郷柳川の民俗資料や[[北原白秋]]の詩業を紹介している。

-&size(16){''[[北九州市立文学館>http://www.kitakyushucity-bungakukan.jp/]]''};
住所:〒803-0813 北九州市小倉北区城内4-1
電話:TEL093-571-1505 FAX:093-571-1525
開館時間:9:30〜18:00 *入館は閉館時間の30分前まで
休館日:月曜日(月曜日が休日の場合はその翌日)、12/29〜1/3
--''概要''
北九州市ゆかりの文学者の一人として森鴎外に関する収蔵品が展示されています。
#endregion

#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''森鴎外旧居''};
住所:福岡県北九州市小倉北区鍛治町一丁目7番2号
料金:入館無料
開館時間:10:00〜16:30
休館日:月曜、祝日、年末年始(月曜日が祝日の場合は翌日も)
お問合わせ:093-531-1604
--''概要''
文豪森鷗外が旧陸軍第12師団軍医部長として小倉に勤務したおり居住した家である。
鷗外は明治32年(1899)6月に赴任し、同35年(1902)3月第1師団に転任するまでの2年10か月小倉に住んだが、始めの1年半(明治32年6月〜同33年12月)をこの鍛治町の家で過ごした。
この家は、明治30年頃建てられたもので、鷗外が去ってのち、玄関や通り土間などがかなり改造されていたが、昭和56年(1981)に市が買収し復元した。
鴎外が東京に帰ってから書いた小説「鶏」は、この家を舞台にしたものである。(北九州市ホームページより)

#endregion
#region(碑文)
-&size(16){''片江風致公園''};
〒814-0143 福岡県福岡市城南区南片江4-41([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/8zwjoDcj2aL2]])
--''概要''
JR博多駅から東南方向、直線にして9劼曚匹里箸海蹇最寄り駅は地下鉄七隈線「福岡大学前」駅。
グーグルマップでは「片江風致公園」ではなく「日本文学碑園」と記載されている。
「文学の林」と名づけられた森の中にたくさんの文学碑が建っている。
ゲームに登場する文豪の文学碑は[[太宰治]]・[[夏目漱石]]・[[永井荷風]]・[[森鴎外]]・[[正岡子規]]が1基、[[北原白秋]]・[[若山牧水]]・[[石川啄木]]が2基ある。
案内板に載っていない碑も含めて全部で90基くらいあるらしい。

-&size(16){''森鴎外文学記念碑''};
〒802-0000 福岡県北九州市小倉北区城内
--''概要''
鴎外橋の西側にある六角形の石碑。
各面に「小倉日記」の他に「鶏」「二人の友」など鴎外の作品から抜粋が彫られている。
鴎外の生誕100年を記念して昭和37年に建立。設計は谷口吉郎。
当時の鴎外の住まいは現・京町2丁目で、そこから城内にある師団司令部へは、常盤橋を渡って通った。(北九州市立文学館ホームページより)

-&size(16){''[[漱石の道>http://www.kurume-hotomeki.jp/special/kurume_story04.html]]''};
〒839-0000 福岡県久留米市草野町・御井町
--''概要''
[[夏目漱石]]が熊本で教師をしていた頃に訪れた久留米に複数の句碑がある。
明治30年3月に久留米出身の友人を訪ね、江戸時代から名所として有名な発心公園の桜の見物や高良大社詣でを行っている。

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#region(その他)
-&size(16){''鴎外橋''};
〒802-0000 福岡県北九州市小倉北区城内
--''概要''
[[森鴎外]]邸に通じていた事から名付けられた橋。
橋の西側には森鴎外文学記念碑という六角形の石碑が建っている。

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&size(16){''佐賀県''};

#region(碑文)
-&size(16){''[[五足の靴文学碑>https://www.city.karatsu.lg.jp/bunka/tanbo/bunka/gosoku.html]]''};
〒847-0000 佐賀県唐津市新興町2935-1
唐津駅。北口バス乗り場の側。唐津曳山のオブジェ撮影ポイントのすぐ右手にある。
[[北原白秋]]は20代の頃、与謝野鉄幹、吉井勇、平野萬里、木下杢太郎と九州を旅している。
その行程の都度「東京二六新聞」に「五人づれ」として見聞記を送っており、29回にわたり掲載された。

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&size(16){''長崎県''};

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&size(16){''熊本県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''漱石・草枕の里''};
〒861-2203 熊本県玉名市天水町小天735-1
--草枕交流館
---[[夏目漱石]]の小説『草枕』の歴史資料館。
入館料無料。休館日は水曜日。
--前田家別邸
---[[夏目漱石]]の小説『草枕』の舞台となった。
1897年(明治30)の暮に漱石は、同僚と二人でこの別邸を訪れ、離れに宿泊した。
この時の経験をもとに漱石は『草枕』を執筆した。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''夏目漱石内坪井旧居''};
〒860-0077 熊本県熊本市中央区内坪井町4-22
--''概要''
[[夏目漱石]]が第五高等学校(現在の熊本大学)教師時代に住んでいた家。
漱石は熊本滞在中に6回転居しており、ここは5番目に移り住んだ家である。
ここでは、その中で最も長い1年8ヶ月を暮らした。
現在は記念館として公開されている。
漱石直筆の原稿やレプリカ原稿、五高時代の写真などが展示されている。
''&color(red){※現在、熊本地震の影響により、庭園のみ一部公開。};''

-&size(16){''[[小泉八雲熊本旧居>https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/62]]''};
〒860-0801 熊本県熊本市中央区安政町2-6
--''概要''
[[小泉八雲]]の旧宅。
街中でも大手デパートの裏手にあるので分かりにくいですが。熊本市街に行く際、ちょっと立ち寄るのに良い場所です。
(震災で一部公開になっていましたが、全面公開されました)
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&size(16){''大分県''};

#region(その他)
-&size(16){''青の洞門''};
〒871-0202 大分県中津市本耶馬渓町曽木([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/8k5ZnpADKeJ2]])
--''概要''
[[菊池寛]]の小説『恩讐の彼方に』の元となる禅海和尚の逸話の地。
小説内では「樋田の刳貫」と表記されている。

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&size(16){''宮崎県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''若山牧水記念文学館''};
〒883-0211 宮崎県日向市東郷町坪谷1271
--''概要''
[[若山牧水]]生誕の地に建てられた記念館。
牧水の愛用品や直筆の掛け軸、原稿や書簡などを展示している。

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#region(旧邸宅跡など)
-&size(16){''若山牧水生家''};
〒883-0211 宮崎県日向市東郷町坪谷3
--''概要''
牧水の生家は、祖父健海が1845(弘化2)年に建築した。
なつるべ式の井戸やいろりなどが当時のまま残されている。
生家のすぐ裏には、牧水の筆跡で刻まれた歌碑がある。

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&size(16){''鹿児島県''};

#region(文学館・記念館・博物館)
-&size(16){''[[川内まごころ文学館>http://bungaku.satsumasendai.jp/introduce/]]''};
〒895-0072 鹿児島県薩摩川内市中郷2丁目2番6号(川内駅から車で7分またはくるくるバス歴史資料館前)
--''概要''
有島武、山本実彦が川内出身ということで、白樺派や改造社ゆかりの文豪の直筆原稿や書、絵画などが常設展示されています。
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////////////////////ここまで九州地方////////////////////

*沖縄地方 [#va48648f]

&size(16){''沖縄県''};

#region(碑文)
-&size(16){''石川啄木歌碑''};
〒900-0036 沖縄県那覇市西2丁目5−21 真教寺境内([[Googleマップ>https://goo.gl/maps/5r1gZu6K9EU2]])
--''概要''
歌集『悲しき玩具』の中の一首「新しき明日の来たるを信ずといふ 自分の言葉に嘘はなけれど−」が彫られている。
啄木の歌碑を沖縄に建てる発案者は県出身歌人の山城正忠。啄木とは喧嘩をすることもあったが、お互いを認め合っていた同人。
正忠は思いを果たせず、その遺志を継いだのが親交があり平和・社会運動に尽力した国吉真哲。歌碑建立は1977年。
なぜこの歌を沖縄に建立したかのはっきりした記録はないそうだが、大西照雄著『啄木と沖縄』に「真教寺の歌には、明治末期の沖縄の近代文学の黎明期、大正デモクラシーと『ソテツ地獄』、昭和前期の労働運動・社会主義思想の高まり、沖縄戦、アメリカの軍事植民地支配と沖縄の闘いの歴史を歩んできた沖縄の『明日』への思いと願いが込められていると思います」と記されている。

#endregion

////////////////////ここまで沖縄地方////////////////////

*海外 [#zdk31ba7]

&size(16){''シンガポール''};

#region(お墓)

-&size(16){''シンガポール日本人墓地公園(Japanese Cemetery Park)''};
22 Chuan Hoe Avenue, Singapore 549854, Singapore
--''概要''
[[二葉亭四迷]]は、ロシアから帰国途上の船中で病没。
遺体はシンガポール寄港時に下船することとなり、現地の日本人の手で葬られた。
公園内には「二葉亭四迷終焉の碑」がある。

#endregion


////////////////////ここまで沖縄地方////////////////////

//-&size(15){'' ''};
//〒
//--''概要''

*過去ログ [#of606900]
#region(クリックで過去ログ一覧を開く)

末尾の番号が若いほど、古いログになります。

#ls2(コメント/文豪ゆかりの地/)

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*コメント [#ndc6dabc]
#pcomment(,reply,10)

-&size(16){''コメントにリンクを貼る方法、顔文字などの半角文字を使う際の注意点などは[[掲示板利用者向けTIPS]]をご覧ください。''};

TIME:"2018-05-24 (木) 01:33:49" REFERER:"http://bungo.wikiru.jp/index.php?cmd=edit&page=%CA%B8%B9%EB%A4%E6%A4%AB%A4%EA%A4%CE%C3%CF"

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