幕間回想について †

- 2018年7月18日に実装された回想。
- 一定のレベルに到達した文豪をいずれかの有碍書に潜書させることで「○○の幕間を開放せよ」という主要研究のクリア報酬として開放される。
- 全ての回想を開放するには最低でもレベル30が必要。
ただし萩原朔太郎、中原中也の回想はレベル20で全て解放可能。
- 指環を装備させて潜書させる場合は元の武器種のレベルは考慮されない模様。
たとえば元の武器種で文豪レベルが30を超えていても、指環レベルが10の状態で指環を装備させて潜書させた場合は1話しか開放されない。
- 開放された回想は回想図鑑の「物語」タブから閲覧可能。
実装履歴 †

- 実装時、一部の回想は潜書先が指定されていた。2021/7/28現在は「有碍書へ潜書せよ」に統一されている。
回想一覧 †

中原中也
酒乱詩人中原中也 |
太宰治 | ヒィィィィ |
中原中也 | 毛ぇ刈り取られた羊みてーな鳴き声が聞こえるなあ、おい! |
太宰治 | もう勘弁してください!!! |
堀辰雄 | 中原さん、飲み過ぎですよ……! |
中原中也 | うるせーよ! |
堀辰雄 | うう…… |
高村光太郎 | 堀くん、ここは任せて…… |
堀辰雄 | は、はい…… |
高村光太郎 | いいかげんにするんだ中也くん! |
中原中也 | なんだ…… |
高村光太郎 | ……ってことがあったんだ |
萩原朔太郎 | 大変だったね……中也くんは懐中に短刀を淹れている子供だから…… |
高村光太郎 | だからあんなに喧嘩腰だってこと? |
堀辰雄 | 悪い人ではないんですが…… |
萩原朔太郎 | もうお酒を禁止にしたほうがいいんじゃない? |
(選択肢) | [そうかもしれない] [それはそれで暴れそう] |
高村光太郎 | ははは…… |
太宰治 | ちょっとちょっと、ヤバイことが起こったんだけど |
堀辰雄 | どうしたんですか? |
太宰治 | 中也の本が朝からすんごい侵蝕具合で……大変なんだよ! 侵蝕者大量発生!! |
高村光太郎 | ……司書さん、行こう! |
萩原朔太郎 | 中也くんはどこ? いたほうがいいんじゃない? |
堀辰雄 | そうですね、手分けして探しましょう……! |
二日酔い |
中原中也 | いってて……あのサンドウ野郎、背後からとか卑怯じゃねーか! |
宮沢賢治 | あ、中也くんだ。どうしたの? |
中原中也 | け、賢治先生……実は………… |
かくかく…………しかじか………… |
宮沢賢治 | …………ふん、ふん |
(暗転) | |
宮沢賢治 | あははっ、光さんはとっても強いからね 熊も倒せるって聞いたことがあるよ |
中原中也 | あのサンドウ野郎、今に見てろ…… |
宮沢賢治 | 中也くん、気分を変えようよ、心像スケッチする? |
中原中也 | 今日はいいや、頭がいてえ |
宮沢賢治 | 中也くん、元気ないね。昨日お酒をいっぱい飲んだから? それとも、光さんに負けちゃったから? |
中原中也 | あー……多分どっちもだ |
……あいつ絶対殴らなきゃ気がすまねえ、ボコボコにする |
宮沢賢治 | ……中也くんは優しい人だけど、することは優しくないよね |
中原中也 | ちょっ、賢治先生違うんだよ、今のは………… |
高村光太郎 | やっと見つけた! こんなところにいたんだね |
中原中也 | 高村! ここであったが百年目……! |
宮沢賢治 | 中也くん! |
高村光太郎 | ごめん、つい……! いや、それどころじゃないんだ、大変だよ。「山羊の歌」が酷い侵蝕を受けているんだ |
宮沢賢治 | えっ、山羊の歌って……中也くんの本だよね |
高村光太郎 | 昨日までは普通だったんだけど……中には、いつもと違う侵蝕者がたくさんいるみたい 先に何人かが浄化しに行ってる |
中原中也 | ちっ、めんどうなことになってるみたいだな |
宮沢賢治 | 大変! ボクたちも早くいこう中也くん! |
中原中也 | ったく……こんないい天気の日に…… |
詩人 |
侵蝕者 | ぴ ぴ ぴ ぴ |
太宰治 | いくらなんでも多すぎだろ! |
堀辰雄 | なんでこの侵蝕者がここに……それもこんな数…… |
侵蝕者 | ぴ ぴ ぴ ぴ |
ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ |
ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ ぴ |
??? | 汚れっちまった悲しみに…… |
中原中也 | 汚れっちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れっちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる |
汚れっちまった悲しみは たとえば狐の革裘 汚れっちまった悲しみは 小雪のかかってちぢこまる |
汚れっちまった悲しみは なにのぞむなくねがうなく 汚れっちまった悲しみは 倦怠のうちに死を夢む |
汚れっちまった悲しみに いたいたしくも 怖気づき 汚れっちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる |
侵蝕者 | ぴぇ…… |
堀辰雄 | 消えてく…… |
太宰治 | す、すご…… |
中原中也 | へっ、小説家風情にはできねー芸当だろ? |
高村光太郎 | 何したの、中也君 |
中原中也 | さあな |
萩原朔太郎 | こんな、侵蝕者を同時に…… |
中原中也 | ったく、手間かけさせやがって……おいモモノハナ野郎、行くぞ! |
太宰治 | えっ、あ、はいっ!! |
堀辰雄 | いったいなにが起きたんですか? |
高村光太郎 | 中也くんの詩が、あの侵蝕者たちを癒やしたってこと……かな |
堀辰雄 | さっきの、みなさんもできるんですよね? |
萩原朔太郎 | え、できないよ……一体ならまだしも、同時に……なんて…… |
高村光太郎 | うん……僕はいま、詩の本当の力ってものを目にしたのかもしれない |
中原中也 | あっ、忘れるところだったぜ! |
高村光太郎 | いたっ |
中原中也 | ……昨日のお返しだ、一発で勘弁してやるよ |
なんだよお前ら、青鯖が空に浮かんだような顔してよ! 上で賢治先生が待ってんだ、とっとと帰るぞ! |
高村光太郎 | いたた……びっくりしたよ、もう |
萩原朔太郎 | 中也くんって…… |
堀辰雄 | 本当、すごい人ですね…… |
萩原朔太郎
詩が書けない |
萩原朔太郎 | ペン……ペン…… |
おわあ、司書さん! ペン持ってない? |
詩が、いい詩がきたんだけど、書くものがなくて……お願い、貸して! |
内容 |
萩原朔太郎 | あ、ありがとう |
……………………………………………………………………………… |
……ああっ、芯が折れちゃった |
内容 |
萩原朔太郎 | ……………………………………………………………………………… |
あ、あれ……紙が……破けちゃった… |
内容 |
萩原朔太郎 | うう……いい言葉が思いついたのに、また消えちゃった…… |
もうダメだ…… |
室生犀星 | おーい。二人とも、何してるんだ? |
萩原朔太郎 | ……いい詩を思いつきそうだったんだけど、忘れちゃったんだ |
室生犀星 | こういうときのために書くものを持っておけって言ったじゃないか |
萩原朔太郎 | 持ってたけど、落とした……ぐす…… |
室生犀星 | えっ……あー……ほら、泣くなよ |
萩原朔太郎 | うう…… |
室生犀星 | ……残念だな。まあ、忘れちゃう程度の言葉だったんだよ。次はいいのがやってくるさ |
萩原朔太郎 | ……ここに来てから、ずっとこうなんだ……詩が書けないんだ 掴めるのは、ありきたりな言葉ばかりで……うう…… |
室生犀星 | 朔…… |
萩原朔太郎 | 詩が書けない詩人なんて、なんの存在価値もないじゃない!? |
内容 |
萩原朔太郎 | 嘘だよ……自分の価値は自分が一番知ってるんだから…… |
室生犀星 | やめとけ司書、適当な否定は朔には通じないぞ |
内容 |
萩原朔太郎 | ……あたりまえじゃないそんなの。詩の才能がない人に詩は書けないよ |
室生犀星 | おい朔、失礼だぞ |
内容 |
萩原朔太郎 | それ、よく言うけど、心のどこかで働かない穀潰しだって思うんでしょ…… 自分だってそう思うもの |
室生犀星 | (おい司書、これは面倒くさい流れだぞ……) |
内容 |
萩原朔太郎 | うう…… |
室生犀星 | はあ……朔、思いつめるなって。気長にいこうぜ |
萩原朔太郎 | 僕の気持ちなんてわからないでしょ……! 犀は小説も書けるから……! でも僕には詩しかない……僕から詩を取ったら、本当に何の取り柄もないゴミクズになっちゃうじゃない……! |
室生犀星 | おい、朔……! |
北原白秋 | どうしたんだい、朔太郎くん |
萩原朔太郎 | あっ、は、白秋先生…… |
北原白秋 | 心の響きが響き渡っていたね。あまり大声を出すものじゃないよ |
萩原朔太郎 | 白秋先生……あわわ |
室生犀星 | 白さん、朔が詩を書けなくて困ってるんです。なんとか言ってやってくださいよ 俺たちが元気づけてもダメなんで |
萩原朔太郎 | うっ……もう気にしないでください…… |
北原白秋 | ふむ……重症のようだね。では、こうしてみたらどうだい? |
この司書さんに詩の素晴らしさを教えるんだ。もちろん、言葉でね |
室生犀星 | ……詩の素晴らしさを教える? |
北原白秋 | そう。司書さんが詩に親しめるように。そうすれば朔太郎くんの悩みの深刻さもわかってくれるだろう |
萩原朔太郎 | え……でも…… |
北原白秋 | 君ならできるさ。なにせ君にとって詩は唯一の取り柄なんだから ああ、犀星くんの助けを借りてはいけないよ、一人で教えるんだ |
室生犀星 | えっ、あ、ちょっと待ってください白さん! どういうことですか! |
萩原朔太郎 | 詩を……教える……? |
朔太郎の詩 |
北原白秋 | そうとう思いつめているみたいだったね、彼 |
室生犀星 | 朔の場合、詩が書けないのは自己存在に関わる深刻な問題なんで…… 俺は親友として力になってやりたいんですけど…… |
あいつ、今は孤独じゃないから、いい詩が書けないと思いこんでるみたいなんです |
北原白秋 | 確かにね。彼の病んだ詩をもう一度取り戻そうとしたら、ああなってしまうのは当然だろう 朔太郎君にしかこの感覚はわからない、僕たちができることはないよ |
室生犀星 | じゃあ、なんであんなこと言ったんです? 煽るようなこと言って |
北原白秋 | ふっ、見ていればわかるよ |
(暗転) | |
萩原朔太郎 | …………………………………………………… |
僕が、詩を教えるだって……? 詩なんて教えられるものじゃないのに、どうしてそんな事を言ったんだろう…… |
感情は、旋律のない音楽みたいなものだから 音楽のよさなんて言葉じゃわからないでしょ……? |
…………………………………………………… |
だけど白秋先生が言っていたことだから、やるだけやってみなきゃダメだよね…… |
でも、何について話せばいいんだろう……? |
内容 |
萩原朔太郎 | ええっと……詩っていうのは……どう、感情の神経を掴んだもの…… |
自分の感情や思いを、できるだけ正確に形にしようとしたものだよ |
喜びとか、悲しみとか、切なさとか…… |
………だから、本当にいい詩を読むとその詩人が感じた気持ちになるんだよ |
…………………………………………………… |
内容 |
萩原朔太郎 | なんで詩を書き始めたのか、か……そんなの、覚えてないよ |
どうして詩を書くのかって質問なら答えられるけど…… |
僕にとっての詩は孤独な自分への慰めに過ぎないんだ…… |
……僕は思ってることを人に伝えるよりも、詩にすることのほうがずっと簡単なんだよ |
…………………………………………………… |
内容 |
萩原朔太郎 | どうやって、かあ…… |
詩って、言葉とリズムで成り立っているんだ。でも、文字通りの言葉の意味じゃ何も伝わらない 言葉のその裏にあるイメージを捉えて、それを音階のようにきれいに並べて、はじめて詩になるんだ |
……詩人はその言葉の一片をつかもうと必死なんだ。よくわからないと思うけど…… |
でもこれだけは確かだよ、詩を書くのは……辛いことのほうが多いよ。今みたいに |
…………………………………………………… |
萩原朔太郎 | …………………………………………………… |
うーん、やっぱり、わからないよね |
聞いてもらったほうが早いかも…… |
じゃあ、僕のお気に入りの詩を聞いてくれる……? |
| ますぐなるもの地面に生え、 するどき青きもの地面に生え、 |
凍れる冬をつらぬきて、 そのみどり葉光る朝の空路に、 |
なみだたれ、 なみだをたれ、 |
いまはや懺悔をはれる肩の上より、 けぶれる竹の根はひろごり、 |
するどき青きもの地面に生え。 |
萩原朔太郎 | これでおわりだよ……僕の詩、他にも聞きたい? |
他にもこんなのがあるけど…… |
内容 |
萩原朔太郎 | うん、いいよ |
これは『悲しい月夜』って詩だよ |
| ぬすっと犬めが、 くさった波止場の月に生えてゐる。 |
たましひが耳をすますと、 陰気くさい声をして、 |
黄いろい娘たちが合唱してゐる、 合唱してゐる。 |
波止場のくらい石垣で。 いつも、なぜおれはこれなんだ、 |
犬よ、 青白いふしあはせの犬よ。 |
萩原朔太郎 | これでおわりだよ……他にも聞く? |
内容 |
萩原朔太郎 | わかった。この詩は『地面の底の病気の顔』っていう詩だよ |
| 地面の底に顔があらはれ、 さみしい病人の顔があらはれ。 |
地面の底のくらやみに、 うらうら草の茎が萌えそめ、 |
鼠の巣が萌えそめ、 巣にこんがらかってゐる、 |
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、 冬至のころの、 |
さびしい病気の地面から、 ほそい青竹の根が生えそめ、 |
生えそめ、 それがじつにあはれふかくみえ、 |
けぶれるごとくに視え、 じつに、じつに、あはれふかげに視え。 |
地面の底のくらやみに、 さみしい病人の顔があらはれ。 |
萩原朔太郎 | ……他にも聞く? |
内容 |
萩原朔太郎 | そう……ううん、いいんだ |
どうだった? |
(選択肢) | [暗くてクラクラした] [不思議な世界だった] [ザ・萩原朔太郎な感じ] |
萩原朔太郎 | ありがとう。これが僕の詩なんだけど…… |
……そう、これ。これが僕の詩…… |
…………………………………………………… |
今でも、伝わるんだ |
……白秋先生が君に詩を教えろって言った意味、今ならわかるかもしれない…… |
……白秋先生たちに会わなきゃ! |
詩情 |
萩原朔太郎 | 白秋先生、犀……! |
北原白秋 | おや、朔太郎くん、早かったね |
室生犀星 | ははっ、朔、ちょっとは元気になったか! |
萩原朔太郎 | う……えっと…… |
北原白秋 | 思っていたよりも効果があったようだね 司書さんのほうも詩人のことがわかっただろうし、お互いに勉強になっただろう |
萩原朔太郎 | 僕……ずっと焦燥感だけがあって…… |
今はみんながいて孤独じゃなくなったから、詩が書けないんだって……孤独にならなきゃって…… それ以前に、焦ってたら、詩は降りてこないよね |
室生犀星 | 朔…… |
萩原朔太郎 | えっと……犀、酷いこと言ってごめん。僕の気持ちがわからないなんて言って |
室生犀星 | いいや、お互い様だよ。確かに俺はお前の悩みを理解できないんだからな |
萩原朔太郎 | ……いつも心配かけてごめん |
今はあの頃とはぜんぜん違う……あの時みたいな詩はもう書けないかもしれない |
……でも、やっぱり僕を救ってくれるのは、詩なんだ もっと、ちゃんと詩と向かい合ってみるよ |
室生犀星 | ……そうだな、がんばれよ。俺はいつだって朔のこと応援してるからさ |
萩原朔太郎 | うん、ありがとう……白秋先生も、ありがとうございました |
北原白秋 | ふっ、僕は何もしていないよ…… |
萩原朔太郎 | あっ、今なら詩が書けそう! ねえ司書さん、ペンと紙、くれない? |
| |
萩原朔太郎 | あーっ! |
室生犀星 | あーもう、落ち着け! |
北原白秋 | やれやれ…… |
宮沢賢治
ごんの捜索 |
宮沢賢治 | 南吉、みーつけた! |
新美南吉 | 隠れんぼじゃ、けんちゃんにはかなわないなあ。すぐ見つかっちゃうんだもん |
宮沢賢治 | そんなことないよ。いっぱい探したから、ほら。空が夕焼けで真っ赤になっちゃった |
新美南吉 | 本当だ、もうこんな時間なんだ。じゃあ、そろそろ帰って……あれ? |
ごん、ごんがいなくなっちゃった! |
宮沢賢治 | 大変。早く探さなきゃ! |
新美南吉 | もし、悪い大人に鉄砲でずとんとされてたらどうしよう……! |
宮沢賢治 | 心配しないで。ボクはこっちを見てくるから、南吉は隠れていた場所の周りを見てね |
新美南吉 | うん! ごんー、どこに居るの? ごん…… |
| |
宮沢賢治 | 南吉、こっちこっち! |
新美南吉 | あー、ごん、こんなところにいたの……よかったあ |
宮沢賢治 | ふふ、よかったね、南吉 |
新美南吉 | けんちゃん、ありがとう |
探しているうちに、すっかり暗くなってきちゃったね……みんな心配してるかな |
宮沢賢治 | そうだね……でも、すごく綺麗な空だな…… |
新美南吉 | まるで吸い込まれてしまいそうだね…… |
星空 |
宮沢賢治 | 一つ星めつけた。長者になあれ |
新美南吉 | すごい、星がいっぱいだね。どこまでもどこまでも続いているみたい |
宮沢賢治 | こういう空を見てると、胸がせいせいするけれど、同じくらいなんだか―― |
……ねえ、南吉。「しあわせ」ってなんだと思う? |
新美南吉 | え? けんちゃん、急にどうしたの? |
うーん、「しあわせ」なんて難しくてわからないよ |
宮沢賢治 | 驚かせてごめんね、ちょっと聞いてみただけなんだ……教えてくれる? |
新美南吉 | 「しあわせ」かあ……例えば大人にいじめられないとか、ごんといっしょにいられることとか けんちゃんと遊ぶのはすごく楽しいかな |
宮沢賢治 | ボクも南吉と一緒に遊ぶのは楽しいよ。みんなと詩を作ったり話したりスケッチしたりする時も |
新美南吉 | ふわふわの動物を撫でたり! |
宮沢賢治 | てんぷらそばを食べたり! |
新美南吉 | 喫茶店に行ってアイスクリームを食べたり! |
宮沢賢治 | 絵本を眺めたり! |
新美南吉 | そういう絵本はどうかなあ…… |
宮沢賢治 | ふふ。こんなふうに楽しいことっていっぱいあるのにね |
でも、たまにふっと、わけもわからなく切なくなる時があるんだ |
むずむずするような、悲しい気持ちで胸が一杯になるような…… |
新美南吉 | ……けんちゃん、悲しみは誰もが持っていて、みんなそれをこらえて生きていくものだよ |
宮沢賢治 | そうかもしれない……もしそうなら、みんなの悲しみのために僕はどうしたらいいのかな |
どこに行ったら、「ほんとうのしあわせ」を見つけることが出来るんだろうね |
| 「なにがしあわせかわからないです。 ほんとうにどんなつらいことでも それがただしいみちを進む中でのできごとなら 峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
燈台守がなぐさめていました。
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るために いろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
青年が祈るようにそう答えました。 |
宮沢賢治 | その答えをずっとずっと、今でも探してるんだ…… |
ほんとうのしあわせ |
| 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、 どこまでもどこまでも一緒に行こう。 僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば 僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」 「うん。僕だってそうだ。」
カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」 |
??? | おーいおーい |
新美南吉 | あ、あの声は! |
高村光太郎 | いたいた二人とも |
萩原朔太郎 | ご飯の時間になっても来ないから、迎えに来たんだよ |
宮沢賢治 | 光さん、朔さん! |
新美南吉 | お迎えどうもありがとう。ごん、帰ろう! |
宮沢賢治 | わざわざ探しに来てもらって、ごめんなさい |
萩原朔太郎 | いいよ、みんなそろわなきゃ寂しいし…… |
高村光太郎 | そのとおり。僕らのことで遠慮は無用だよ |
ほら、みんなも待ってるから、戻ろうか |
新美南吉 | ねえ、けんちゃん。戻る前に、あのこと二人にも聞いてみたら? |
高村光太郎 | あのことってなんだい? |
新美南吉 | あのね…… |
(暗転) | |
高村光太郎 | 「ほんとうのしあわせ」か……賢治さんは難しいことを考えるなあ |
宮沢賢治 | 光さんと朔さんはどう思う? 「ほんとうのしあわせ」はどこにあるのかな? |
萩原朔太郎 | 自分の幸せは、詩を書くことだけど……ううん、正しくは詩が幸せであり、苦しみでもある……かな |
高村光太郎 | まったく、朔太郎くんは本当に詩に生きているね |
でも、そうだね……僕には「ほんとうのしあわせ」なんてものはあるのか、わからない |
宮沢賢治 | ………… |
高村光太郎 | わからないけれど……僕に言えるのは、賢治さんがそれを探しに行くなら僕も一緒だよってことかな |
宮沢賢治 | ! |
萩原朔太郎 | うん、僕も協力するよ |
新美南吉 | ぼくもだよ、ごんも! ううん、きっと司書さんやみんなも |
宮沢賢治 | ………… |
| 「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。 きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。 どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」 |
宮沢賢治 | ありがとう……えへへ |
そうだねボクたち一緒になら、「ほんとうのしあわせ」をさがしにいけるのかもしれないね |
ううん、もしかしたら探しに行かなくても案外近くにあるのかも…… |
| ぐきゅるるる…… |
新美南吉 | あ、お腹の虫がなっちゃった……お夕飯食べたいな |
宮沢賢治 | じゃあ最後にかけっこして帰ろうよ |
新美南吉 | うん、絶対に負けないよ! |
高村光太郎 | よし、じゃあ全員位置について…… |
萩原朔太郎 | え、僕も? こけちゃうよ…… |
宮沢賢治 | ダメダメ。みんなで走るんだよ。よーい、ドン! |
新美南吉
いたずらっ子 南吉 |
??? | ……こっちだよ……くん…… |
三好達治 | こんな物置から声が聞こえるの、おかしいッスね……誰ッスか? |
| カラカラカラ……ポトリ |
三好達治 | ひゃあああああああ! なんすか、なんすか、首筋にぬるっとヒヤッとしたものがあああ! |
って、は? こんにゃく!? どうしてこんにゃくが、落ちてきたッスか? |
??? | ぷくく……くっ |
三好達治 | ――その笑い声、南吉さんッスね! 出てくるッス! |
新美南吉 | あはは、今の、三好くんすっごく……変な。ぷく、声……あははは! |
三好達治 | 悪戯した上に笑うなんて、絶対許さねえッスよ! 南吉さん! |
新美南吉 | きゃー、逃げろー! |
三好達治 | こら、絶対に捕まえるッス! |
三好達治 | ……というわけで、南吉さんの悪戯をちゃんと叱って欲しいッス! |
自分が怒ると余計に調子に乗ってまた悪戯するから、たち悪いッスよ! |
新美南吉 | 調子にのってるつもりはないんです。けがとかしなかった? |
三好達治 | それはないッスけど |
新美南吉 | いたずらしてごめんなさい。ただ…… |
三好達治 | ただ? |
新美南吉 | 三好くん、すっごい声でさけんだり、くくっ、飛びあがったりするの、おもしろくって! |
三好達治 | ! |
新美南吉 | 何度でも、いたずらしたくなっちゃうんです! |
| ――ごんは、一人ぼっちの子狐で、 しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。 そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。 |
三好達治 | コラー! 人を馬鹿にしてるッスか! もう、司書さん、ちゃんと言ってくださいッス! |
新美南吉 | でも、ほかにも、いたずらする人、いますよね |
三好達治 | え? |
新美南吉 | 乱歩さんも紅葉さんもいたずらするのに、ぼくだけおこるのは、なんでですか? |
内容 |
新美南吉 | ておくれ……? |
三好達治 | 司書さん、結構酷いこと言うッスね! |
内容 |
新美南吉 | じゃあ、注意されても、きかなくてもいいのかな……? |
三好達治 | 南吉さんは悪い大人を見習っちゃ駄目ッス! |
内容 |
三好達治 | つまりですね…… |
新美南吉 | あーー! |
三好達治 | 今度はなんすか! |
新美南吉 | 三時だ! おやつだおやつ! ごん、今日はなんだろうね |
三好達治 | 行っちゃったッス…… |
ああ、よく考えたら、南吉さん全然反省してないッス! 絶対にまたやられるッスよ! |
??? | フフ……そうでしょうね……アナタの驚きっぷりは最高でしたから |
三好達治 | 乱歩さん! 南吉さんをそそのかしたのはあなたッスね! ひどいッスよ |
江戸川乱歩 | ワタクシが教えたイタズラの極意、みごと身につけましたね…… |
三好達治 | 悪戯の極意って、何を教えてるんスか! |
江戸川乱歩 | さて……ずいぶんご用心なさるがいいでしょう! |
三好達治 | 自分、絶対にまた悪戯されるッスよ! 誰かなんとかしてください! |
新たな計画 |
新美南吉 | おやつ、美味しかったねえ、ごん! さ、あとは、なにしてあそぼうか? |
ごん | また、新しいいたずらを考えようよ! |
さっきの三好くんのおどろいた顔ったら……! ふふふ |
新美南吉 | 思い出すとおかしくて、おなかが痛くなっちゃうね |
ごん | また、かみなりがおちてきたときみたいに、びっくりさせたいね |
新美南吉 | 三好くん、きっとまた、ひゃあああっ、っていうよ! 楽しみだなあ |
ごん | じゃあ、どんなふうに…… |
| ケロケロ……ケロケロ…… |
新美南吉 | あ、かえるさんに手伝ってもらおうよ! |
ごん | どんなふうに? |
新美南吉 | 三好くんにプレゼントだよってわたして、ふたあけたらぴょーん、って! |
ごん | わあ、三好くんのおどろいたかお、楽しみだなあ。じゃあ、かえるさんつかまえなきゃ |
新美南吉 | それじゃあ、そろーっと近づいて……えいっ! |
| ピョン! |
新美南吉 | かえるさん、にげないで……! |
| ピョン! |
ごん | 南吉、かえるさんは前に目があるから―― |
新美南吉 | じゃあ、後ろから……ほら、つかまえた! 二ひきも! |
ごん | やったね、南吉! すごいすごい! |
新美南吉 | 緑と黄色のかえるさん、ぼくのポケットでまっててね? |
ごん | よーし、次もみんなをびっくりさせちゃおう! |
新美南吉 | おー! |
はあ……日もくれてきたし、かーえろ! |
かえるの死 |
宮沢賢治 | 南吉、今日は三好くんにいたずらしたんだって? |
新美南吉 | うん! 三好くん、すっごくびっくりして、ひゃあああ! っていってたよ |
新美南吉 | 今度は、けんちゃんも、いっしょにいたずらしようね |
宮沢賢治 | もう、次のいたずらを考えてるの? |
新美南吉 | うん! 今度はね…… |
新美南吉 | じゃーん、このかえるさんに、手伝ってもらいまーす! ね? かえるさん! |
宮沢賢治 | ! |
新美南吉 | ……あれ? どうしておへんじしてくれないの? かえるさん……? |
| ……… |
新美南吉 | かえるさん……! ねえ、かえるさん……? |
宮沢賢治 | 南吉……かえるさんは、もう、へんじをしてくれないと、思うよ…… |
新美南吉 | しんじゃったの……? ぼくがポケットに入れたから……? |
新美南吉 | うう……ぼくが、かえるさんを……うわあああん…… |
宮沢賢治 | ああ、泣かないで? |
新美南吉 | だって、ぼくがつかまえたから……かえるさん……そっとしておいてあげれば……こんなことには…… |
| ……いたずらをして、うなぎをとって来てしまった だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。 そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。 ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。 ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。 |
新美南吉 | ひっく……うう…… |
宮沢賢治 | ねえ、せめてかえるさんのお墓を作ってあげようよ |
宮沢賢治 | 中庭のあったかい土の中でゆっくり眠れるように……ね? |
新美南吉 | うん……うん…… |
(暗転) | |
新美南吉 | うっ……ぐすっ…… |
宮沢賢治 | この木のねもとにうめて、お花をいっぱいかざろう? |
宮沢賢治 | かえるさんが、気持ちよくねむれるように |
新美南吉 | うん……ごめんなさい……かえるさん…… |
宮沢賢治 | 南吉の泣き声でかえるさんがおきちゃうから……泣くのはやめよう? |
新美南吉 | そうだね……もう泣かないよ……泣かないけれど、今日のことわすれない…… この木を見るたびにかえるさんを思いだすんだ |
宮沢賢治 | だったら、ねえ、南吉。かえるさんのおはなしをつくってごらんよ |
新美南吉 | かえるさんの? |
宮沢賢治 | うん。そうすればかえるさんは、いつまでも南吉のお話のなかであそべるでしょ? |
新美南吉 | ぼくのお話のなかでなら……ずっと元気でいられる……そうだね |
新美南吉 | きっと、緑と黄色のかえるさんのお話を書くね |
宮沢賢治 | うん。ボクにも読ませてくれる? |
新美南吉 | もちろん。そうすればけんちゃんの心のなかでも、かえるさんは生きつづけられるから…… |
| ――兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。 青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。 |
石川啄木
借金苦 石川啄木 |
| とある日に 酒をのみたくてならぬごとく 今日われ切に金を欲りせり |
石川啄木 | おら、出せよ! 隠してんじゃねーぞ! |
アカ | うるせえ、出来ねーもんは出来ねーって言ってんだろ! |
あ、アンタ! なんとかしてくれ! |
コイツが「錬金術で金は作れねーのか?」って朝からずっとしつこいんだよ! |
石川啄木 | そりゃおまえ「錬金術」って言うくらいだ、金を作るのなんか簡単じゃねーのかよ? |
アカ | そんなの、出来たらもうとっくにやってるに決まってるだろ! バーカバーカ! |
石川啄木 | 待て! ち……逃げられたか。せっかく金が手に入ると思ったのに |
誰でもいい、金を貸してくれ! ここでもらう小遣い程度じゃ、やってけねーんだよ! |
内容 |
石川啄木 | なんだっていいだろ! |
――わかってんだろ、借金だよ、借金! また追いかけ回されちまう |
内容 |
石川啄木 | わかってるなら、ちょっとは融通してくれてもいいだろ? |
そっちだって、あれっぽっちの金で俺様を使ってるんだ。援助してくれてもいいはずだぜ? |
内容 |
石川啄木 | ……面倒なことばっかり聞きやがって。うるせー、金だ、金をよこせー! |
よこさねーっていうなら、この部屋のもの質に入れてでも金をこしらえるぜ。あばよ! |
宮沢賢治 | あ、司書さーん……! |
あいたたたた…… |
石川啄木 | 悪ぃ、怪我はないか? |
宮沢賢治 | 大丈夫。あれ、この紙は啄木さんのメモ? |
石川啄木 | あ、それは……! |
宮沢賢治 | なになに……森先生 50 高村 180 白秋30……? なにこれ? |
石川啄木 | こ、これはその……借りた金だよ! 言わせんな! |
宮沢賢治 | 啄木さん、借りたお金はちゃんと返そうとしてるんだね。えらいえらい |
石川啄木 | そりゃ俺様だって、返せるんならその方がさっぱりするしよ…… |
(選択肢) | [本当に返すつもりなら、案があるよ] [質に入れるよりいい方法がある] |
石川啄木 | え、借金返済なら手助けしてやろうかって? それを早く言えよな |
で、いくら貸して……え、金を貸してくれるんじゃねーのか? |
借金返済 |
| わが抱く思想はすべて 金なきに因するごとし 秋の風吹く |
森鴎外 | なるほど、人を雇ってほしいという依頼があったが、啄木君のことか |
石川啄木 | 借金返済に限りってことで、仕事紹介するって言われて |
森鴎外 | では医薬品の整理と在庫のチェックとリストづくりをお願いする |
並べる順番はラベルのドイツ語を、アルファベット順で頼む |
石川啄木 | げっ、やっかいな仕事だった……いえ、なんでもねーっす! |
森鴎外 | なぜ、借金を繰り返すんだ? |
石川啄木 | ふへ? |
森鴎外 | 己をすり減らすような君の生き方は一種の自傷行為だ |
なんとも不思議な気がしてね |
石川啄木 | 金使うのに大層な理由なんかねーけど……生きてりゃ金は必要だし |
森鴎外 | それはそうだな |
石川啄木 | 例えば、道であくびしてる野良犬にやる餌買ったり、料亭で芸者揚げたり |
まわりが皆えらくみえる日なんかは、花の一つも欲しくなったり、そんで飲む酒買ったり |
森鴎外 | ………… |
石川啄木 | 高村にゃ世話になってるから、たまには喜ばせたくて好きそうなもん買ったり |
可愛い女の子がいりゃ会いに行きたい、いっぱい飲みたい……全部金が必要だ |
森鴎外 | なるほど、理屈だ |
石川啄木 | ……俺、本当は、先生みたいな小説家になりたかった |
森鴎外 | ん? それは初耳だな |
石川啄木 | 先生は、本一冊出せば売り上げの二割くらいもらえたって話だ、そうだろう? |
森鴎外 | 印税のことかね |
石川啄木 | それが羨ましくて……でも、金になるほどのものは、俺には出来なかった |
結局、金だ……何を書くのか止めるのかも、今すぐ金になるかどうかで決まっちまった |
森鴎外 | 人生とはそんな、皮肉なものだ |
いつだって未来の本当の人生たる「生活」があると信じて、今をしのごうとしてしまう |
やりたいこととやれることは別である、本当の人生はやってきたことの先にあるのにな |
石川啄木 | やりたいことと、やれることは、別か…… |
森鴎外 | とはいえ、今の君はもう自由だ。小説も好きに書けるんじゃないか? |
石川啄木 | 自由! こんな借金背負ってるのが自由かよ |
森鴎外 | 印税のシステムだってしっかり出来あがっているようだ。 むしろ借金返済のチャンスかもしれない |
石川啄木 | はは、そいつはいいな。そしたら先生へもぱあっと奢るぜ |
森鴎外 | それよりも、その才を輝かせることと背負ってるものがさっぱりすることを期待するね |
石川啄木 | 期待、ねえ…… |
歌人 石川啄木 |
石川啄木 | あー、疲れた。森先生は容赦ねーな |
こころよき疲れなるかな 息もつかず 仕事をしたる後(のち)のこの疲れ |
つってもこの金も借金取りの所にいくのか……はあ…… |
あーあ酒が飲みてえなあ |
田山の言ってた喫茶店の可愛い女の子、見に行きてえし……金、金、金! 空から降ってこねーかな! |
若山牧水 | あはははは、金金騒々しいと思ったら、やっぱりおめえさんか |
石川啄木 | ぼっさんか。ったく、いつものことだから聞き流してくれ |
若山牧水 | ぢっと手を見ながら肩落として、何があったんだ? |
石川啄木 | 実は……こういうことがよ…… |
若山牧水 | ははあ……森先生の所で苦労しても、金は身につかずってか |
石川啄木 | ……なんで俺様は金を使っちまうんだろうな。駄目だってわかってるんだぜ? |
若山牧水 | ま、人にはそういうしょうもないところがあるからな |
石川啄木 | そんなしょうもないやつに、なんだって優しくしてくれるんだか |
若山牧水 | おめえさんは確かにちょっとずるけて生意気だが…… |
一生懸命で可愛げがあるからな。そこにみんなほだされて期待しちまうんだろ |
石川啄木 | 期待か……こたえられねえ俺様は、役立たずだな |
若山牧水 | 期待されるのも才能じゃねえか、いつもの元気はどうした |
石川啄木 | けど |
若山牧水 | 啄木、完璧な人間なんかどこにもいねえよ。みんなどっかしら弱い所抱えてる |
俺はもちろん、森先生にもきっとあるに違いねえや |
石川啄木 | 弱い所、か…… |
……そんな俺様だけど、ありがたいって気持ちがないわけじゃねえんだぜ |
若山牧水 | はーん? そりゃおめえの、金借りる時のセリフじゃねえか。俺は貸さねえぞ? |
石川啄木 | じゃなくて! 世話かけた礼くらいたまにはしねえと…… 呆れてもう金を貸してくれなくなったら困るしな |
若山牧水 | おいおい本気かい。こりゃ、雪見で一杯できそうだなあ |
石川啄木 | ぼっさん! |
若山牧水 | あっはっはっ |
石川啄木 | ったく……礼したくても金はねえし、どうすりゃいいのか迷ってるのによ |
若山牧水 | なあにそんなの、簡単なことさ。 らくーに出来て、しかもびた一文かかりゃしねえ方法があるぜ |
石川啄木 | お! 教えてくれよ |
若山牧水 | ――元気で生きりゃいい |
石川啄木 | はあ? |
若山牧水 | それが、おめえさんのできるたった一つの恩返し……ってな! |
石川啄木 | ……たった一つかよ |
若山牧水 | そうさ |
こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ……ってな |
石川啄木 | なら、もうちっとやってみるかな……よし、ぼっさん、一杯、飲もうぜ! |
小泉八雲
怖い話 |
新美南吉 | あ、司書さんダメ静かに静かに |
宮沢賢治 | 怪談の一番怖いところが、もうすぐだから、しーっ |
小泉八雲 | 『芳一!』と底力のある声が呼びマシタ が盲人は息を凝らして、動かずに坐っていマシタ |
――『芳一!』と再び恐ろしい声が呼びマシタ ついで三度――兇猛(きょうもう)な声で―― |
――危険は今まったくすんだ もう二度とあんな来客に煩わされる事はない、と言ったのデス…… |
小川未明 | ……八雲先生、素晴らしかったです……!もっと聞いていたかった |
小泉八雲 | アリガトウゴザイマス |
新美南吉 | ヘルン先生、芳一さんはその後、どうなったの? |
小泉八雲 | 耳を失った芳一の琵琶の音はマスマス冴え渡り、耳なし芳一の名前は有名になりマシタ |
新美南吉 | 耳だけ掴まれてとられちゃうなんて、想像するだけでゾッとするよ、ねえ、ごん? |
宮沢賢治 | 平家の霊は自分たちの最期を毎晩聞いて、どんな思いだったのかな |
小川未明 | 子供の帝も、この話を聞いたんでしょう? |
新美南吉 | でも、全身筆でこしょこしょされたら……笑っちゃいそう! |
宮沢賢治 | うん、南吉はすぐ笑っちゃうかもね。ほら! |
新美南吉 | けんちゃん、だめ。くすぐらないで! |
小泉八雲 | ああ、司書サンも聞いていたんデスか |
いかがデスか? 怪談はお好きデスか? |
内容 |
小川未明 | 僕も、八雲先生のお話がいっとう好き |
小泉八雲 | ソレはソレは光栄デス |
内容 |
新美南吉 | ぼくもちょっと……けど、ヘルン先生のお話は好きです |
小泉八雲 | そうデスか、ソレは少し残念デスが 嬉しくもありマスネ |
内容 |
小川未明 | いろんな伝説とか、言い伝えを聞いたけど、 八雲先生のお話が一番、惹きつけられるんだ…… |
先生の言葉はまるで、すぐそこに怪異の気配を感じられるようで 司書さんも、聞いてみるといいよ |
宮沢賢治 | うん。とっても怖いお話、聞きたいな |
新美南吉 | あの、司書さんぼくの隣りに座ってね…… |
小泉八雲 | では、ワタシの知っている最も恐ろしいお話をしマショウか |
ムジナ |
小泉八雲 | ――商人がある晩おそく紀国坂(きのくにざか)を急いで登って行くと、 ただひとり濠の縁(ほりのふち)にかがんで、ひどく泣いている女を見マシタ…… |
| ――身を投げるのではないかと心配して、商人は足をとどめ、助けようとしマシタ。 女は上品な人らしく、服装(みなり)もいかにも良家に仕える若い娘のようデシタ。 『お女中』、と商人は女に近寄って声をかけマシタ。 『お女中、そんなにお泣きなさるな!……何がお困りなのか、私におっしゃい。 その上でお助けをする道があれば、喜んでお助け申しましょう』 |
小泉八雲 | というのも、この商人は、とても親切な男だったのデス |
| ……しかし女は泣き続けマス ――その長い一方の袖で商人に顔を隠したママ…… 『お女中』と出来る限りやさしく商人は再び言いマシタ。 |
小川未明 | ………………………… |
| 『――御頼み申すから、お泣きなさるな! ――どうしたら少しでも、お助けをする事が出来るのか、それを云って下さい!』 女はゆっくりと起ち上がりマシタが、商人には背中を向けていマシタ。 それでもその袖で顔を隠し泣き続けていマス。 |
小泉八雲 | 商人はその手を軽く女の肩の上に置いて諭しマシタ―― |
| 『お女中!――お女中! 私の言葉をお聴きなさい。 ただちょっとでいいから――お女中』 ……その女が振り返りマシタ。 顔を隠していた袖を下に落し、手で自分の顔を撫でマシタ。 |
小泉八雲 | ――そこには目も鼻も口もなかったのデス |
宮沢賢治 | そんな…… |
小泉八雲 | ――きゃッと声をあげて商人は逃げ出しマシタ |
| 商人は一目散に紀国坂をかけ登りマス。 目の前はすべて真暗で何もない空虚デシタ。 振り返ってみる勇気もなくて、ただひた走りに走りつづけマシタ。 ようよう遥か遠くに、蛍火の光っているように見える提灯を見つけて、 その方に向って行きマシタ。 それは道側に屋台を下していた蕎麦屋の提灯デシタ。 |
小泉八雲 | こんな事にあった後には、ホッとするものデス 商人は蕎麦売りの足下に倒れ叫びマシタ |
| 『ああ!――ああ!!――ああ!!!』 『これ! これ!』と蕎麦売りはあらあらしく叫びマシタ。 『これ、どうしたんだ? 誰(た)れかにやられたのか?』 『いや、――誰れにもやられたのではない』と商人は息を切らしながら言いマシタ。 『ただ……ああ!――ああ!』 『――おどされたのか?』と蕎麦売りは無愛想に聞きマス。 『盗賊(どろぼう)にか?』 |
『盗賊ではない――盗賊ではない』と怯える男は喘ぎながら言いマシタ。 『私は見たのだ……女を見たのだ――濠の縁で――その女が私に見せたのだ……』 『ああ! 何を見せたって? そりゃ云えない』 『へえ! その見せたものは――』 『こんなものだったか?』 |
新美南吉 | …………! |
小泉八雲 | と蕎麦売りは自分の顔を撫でながら云いマシタ それと共に、蕎麦売りの顔は目も鼻も口もない卵のようになりマシタ―― |
八雲の怪談 |
小泉八雲 | ……そして同時に蕎麦屋の灯火は消えてしまったのデス…… |
小川未明 | ………… |
宮沢賢治 | ……ふぅ…… |
新美南吉 | け、けんちゃん、今日、一緒に寝てもいい? |
宮沢賢治 | いいよ、ごんも連れておいで |
小泉八雲 | フフフ、いかがデシタか? |
小川未明 | とてもおもしろかったです……眼の前にのっぺらぼうに化けた貉(むじな)がいるような 先生、このお話は、どこで聞いたんですか |
小泉八雲 | さあ、どこデショウ……この国には多くの物語がありマス ワタシは見聞きしたソレらに姿を与え物語にしたに過ぎマセン |
司書サン、『怪談』はいかがデスか? |
内容 |
宮沢賢治 | 司書さんは大人だから、怖い話も平気なんだね |
新美南吉 | ねえ、ヘルン先生は、どうして怖いお話ばかり集めてるの? |
小泉八雲 | 怖いものだけを集めたわけではないのデスが…… そうデスね、ワタシがこの国の、人と異なる存在に魅せられているからかもしれマセン |
小川未明 | 異なる存在……人魚、とかですか? |
新美南吉 | いたずらするキツネとか? |
宮沢賢治 | 人を食べちゃう山猫とか? |
小泉八雲 | そうデス。隣の部屋の暗がりから、人魚もキツネも山猫も、 そして貉もそっとこっちをうかがっている……そんな気がしまセンカ? |
宮沢賢治 | ……わかる気がする。この世界にはボクらの知らない世界につながる、 何かがあるような気がするって思うから |
小泉八雲 | ええ、そうデショウ? |
ワタシはこの国にある、隣の闇、隣の異世界が好きなのデス…… |
この国には、風習にも考え方にも他にはない独特の美しさがありマス それをもっと知りタイ、いいえ、馴染みタイのかもしれマセン |
小川未明 | 先生は、そちら側に行きたいんですか? |
小泉八雲 | ワタシにとっては、この日本という国も異世界デシタ…… |
異世界に興味を持ち、同化しタイという気持ちが掻き立てられるウチに そうなる日もくるかもしれマセンネ |
小川未明 | ……もしかすると僕も、そちらに憧れているのかもしれない |
新美南吉 | ぼくは、ヘルン先生や未明なら、おばけになっても会いたいな |
小泉八雲 | フフフ……アリガトウ皆サン いずれまたお話をいたしマショウ。もっともっと怖い話を集めておきマスカラ…… |
正岡子規
あとさきも |
正岡子規 | それで、べーすぼーるを、あー…… |
夏目漱石 | どうしたんだ? |
正岡子規 | 今朝から、なんだかぼんやりして頭が回らないなあ |
夏目漱石 | 今日は暖かいからね、のぼせたのかい? |
正岡子規 | そうかもな。部屋の空気でも入れ替えるか…… |
あー、涼しくていい気持ちだぜ……はっくしょん! |
夏目漱石 | ははは、風が冷たかったのかな? |
正岡子規 | わからん。そういや、くしゃみといえばお前の書いた猫の本の飼い主…… |
高浜虚子 | 子規さん、今のくしゃみは子規さんですか? |
正岡子規 | どうしたんだ、清にサッチー、秉公まで顔揃えて……お、べーすぼーるするか? |
高浜虚子 | 子規さん、ちょっと額に触らせてください。……熱はないですね。寒気は? |
正岡子規 | ないない。ちょっとくしゃみが出ただけだ |
河東碧梧桐 | 喉は? 痛いところは? のぼさん、まさかまた病気になったんじゃ……! |
正岡子規 | どこも痛くない。よく俺を見ろ、元気だろうが! |
伊藤左千夫 | でも、念のため部屋に戻りましょう? 僕、暖かいミルク持っていきますから、それを飲んで寝てください! |
正岡子規 | 心配することじゃないよ。なあ、夏目。さっきまで、俺はピンピンしてたよな? |
夏目漱石 | ああ、そうだね |
正岡子規 | ほらみろ……っくしょん! |
河東碧梧桐 | やっぱり、こっちでも病気が再発しちゃったんですか?! |
正岡子規 | いや、今のは…… |
伊藤左千夫 | キョシくん、ヘキくん、ノボさんをつかまえて! |
正岡子規 | おい、清、秉公、何をする! 放せ! |
河東碧梧桐 | のぼさん、このまま部屋で寝ましょう。すぐに湯たんぽも持ってくるから |
正岡子規 | 嫌だ、俺はどこも悪くない |
高浜虚子 | 一日寝て、治ったらそれで良いんです。行きましょう |
正岡子規 | 夏目、助けてくれ夏目〜 |
伊藤左千夫 | では、夏目さん、失礼します! |
夏目漱石 | いやあ、正岡門下はなかなか過激ですね…… 心配ですし、後で様子を見に行くとしますか |
しらぬ心や |
正岡子規 | うう……誰だ? |
夏目漱石 | 私です。見舞いに来ました |
正岡子規 | 俺を見殺しにした夏目か…… |
夏目漱石 | ははは、見殺しとは手厳しい |
正岡子規 | あそこで一言、大丈夫だと言ってくれりゃ、俺はこんな目にあわないのに |
夏目漱石 | こんな目ね。確かに、半纏を着て布団を三枚も重ねて寝るなんて ……苦しくないのかい? |
正岡子規 | 苦しいに決まってる! こんな温かい日にそれぞれ自分の布団をかぶせてくるんだぜ 暑くて逆に熱が出そうだ |
夏目漱石 | そんなに心配してる割に、君を一人にしてみんなはどこに行ったのですか? |
正岡子規 | それだよなあ。俺をここに押し込めてから、清は薬を探すと言って サッチーは牛乳粥をつくる、秉公は湯たんぽの湯を取り替えてくるとさ |
俺が大丈夫だと言ってるんだから素直に信じりゃいいのに ……なんであの嫌な病気のことわざわざ思い出させるかな |
夏目漱石 | ”病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである” ……覚えていますか? |
正岡子規 | 死ぬ前に連載してたやつだろ。病気の頃のことはあんまり思い出したくないんだが |
夏目漱石 | ……その六尺の世界を綴ったあの随筆に、 虚子君、碧梧桐君、左千夫君の名前がどれほど出てきたことか |
六尺の世界で奮闘する君を見てきた彼らだから心配するのだろうね |
正岡子規 | だからこそ、俺はもう大丈夫だって安心してほしいんだがな |
夏目漱石 | 大丈夫だと知ってはいるでしょう |
正岡子規 | だったらさ |
夏目漱石 | それでも正岡のために何かしたくなってしまう 転生しても、皆、君が大好きなんですよ |
正岡子規 | はっ……そう言われたら文句も言えやしないや しかし、ずっとあいつらをハラハラさせるなんて、俺は手のかかる師匠だなあ |
夏目漱石 | 今更気づいたのかい |
正岡子規 | はははは……っくしゅん! |
河東碧梧桐 | のぼさん!起きてちゃダメだって……これ、熱い湯を入れ替えた湯たんぽ |
正岡子規 | 湯たんぽはいらん。さすがに半纏だけで充分だ、っくしょい |
高浜虚子 | また、くしゃみが! 森先生、どうかお願いします |
森鴎外 | どれどれ |
正岡子規 | 森さんまで呼んだのかよ。本当に、なんでもないのに |
森鴎外 | わからんぞ。正岡殿は無理をしがちだからな |
正岡子規 | 森さん! |
森鴎外 | まあまあ。それで、主な症状を教えてくれないか? |
正岡子規 | ちょっと頭がボーッとして……で、窓を開けたらくしゃみ、鼻水が少し出てるかな |
河東碧梧桐 | やっぱり、湯たんぽであったかくしなきゃ。布団入って |
正岡子規 | っていうかこれ、ただの風邪だろ、風邪 |
森鴎外 | いや、これは風邪ではない |
河東碧梧桐 | え…… |
高浜虚子 | 風邪じゃないということは……どういうことですか |
河東碧梧桐 | もしかして、こっちでも病気が再発しちゃったのか? |
高浜虚子 | そうでも俺達が必ず治します。そうだな、秉 |
河東碧梧桐 | ああ、きよ |
森鴎外 | 盛り上がってるところ悪いが、正岡殿のこれは……花粉症だろう |
花に鳥 |
正岡子規 | え……花粉症? |
森鴎外 | ああ。春になると同じ症状を訴える者が何人かいる 後で検査をするから医務室に来なさい |
正岡子規 | そうか……ありがとう、森さん。またな |
高浜虚子 | ……子規さん、すみません! |
正岡子規 | お、どうしたどうした |
河東碧梧桐 | 病気と勘違いして、布団に閉じ込めたりしたから…… |
正岡子規 | まあまあ、そう言うなよ。心配してくれてたんだろ? |
高浜虚子 | 子規さんが病気のことを思い出すの嫌だって知ってたのに 大騒ぎしてご迷惑かけてしまった |
河東碧梧桐 | 俺なんて、花粉症ののぼさんの前で服に花をつけてるし……こんなのとってやる |
正岡子規 | はは、それは関係ねーだろ! 花はつけとけよ |
夏目漱石 | おや? 正岡、くしゃみが落ち着いたようですね |
正岡子規 | ああ、窓を閉めたのがよかったようだな ほら、くしゃみはおさまったから、そうしょげんなよ |
伊藤左千夫 | ノボさん! さっき、森先生から花粉症になったらしいって聞きました! |
正岡子規 | おお、そうだったんだよ。サッチーにも心配かけたな |
伊藤左千夫 | それで……牛乳粥じゃなくてこれを食べて貰おうと思って、持ってきました! |
夏目漱石 | ああ、これはヨーグルトですか? |
正岡子規 | 夏目、知ってるのか? |
夏目漱石 | イギリスで良く食べました。はちみつやジャムを入れて食べるとまた美味くて…… |
伊藤左千夫 | ヨーグルトは花粉症にいいと森先生も言ってました だから急いで持ってきたんです、どうぞ! |
高浜虚子 | それはいい、毎日食べるといいですよ |
河東碧梧桐 | いっそ、三食ヨーグルトを食べてもらおう |
夏目漱石 | いや、他のものも食べさせてやってくれませんか。なあ、正岡 |
正岡子規 | ……漱石が来て虚子が来て大三十日 |
高浜虚子 | それは……懐かしい句ですね |
正岡子規 | ああ。でも今日は、もう一句つけるとしよう 碧も来て左千夫も来たる花の春……なんてどうだ? |
あの時は夏目と清の二人が来ただけだったけれど今は違う…… 皆で集まったんだ、こんな賑やかな句を新たに作ってもいいと思うぜ! |
伊藤左千夫 | はい! とっても素敵です! |
正岡子規 | じゃあ、俺は健康だとわかったことだし、心機一転、皆でべーすぼーるしに行くか! |
高浜虚子 | ダメです |
正岡子規 | なんでだよ |
高浜虚子 | 外は花粉だらけなので、おとなしくしてください |
正岡子規 | しょうがないなあ |
高浜虚子 | 秉、お前も念のために腰の花をとれ |
河東碧梧桐 | え〜。気にすんなって言われたから、俺はこのままでいく! |
高浜虚子 | お前…… |
伊藤左千夫 | 二人とも、喧嘩しないで。ヨーグルトあげるから |
夏目漱石 | ふふ、いつもの君の門下生達に戻りましたね、正岡 |
正岡子規 | ああ。じゃあべーすぼーるが駄目ならここで句会でもしようぜ。昔みたいにな |
谷崎潤一郎
理想の女性 |
谷崎潤一郎 | さて、お酒も進んだことですし、少し踏み込んだお話をしませんか? 花袋さん |
田山花袋 | なになに? どんな話だよ |
谷崎潤一郎 | ズバリ、貴方の芸術の心を刺激する女神がいるとしたら……どんな方ですか? |
田山花袋 | オレは断然、清楚な美少女! |
谷崎潤一郎 | ああ、わかります。美少女が清楚さの奥のツンと冷ややかな物を秘めている姿、 ゾクゾクします…… |
田山花袋 | 髪の毛を束ねてあらわれる真っ白な襟首と、そこにほつれる黒髪の清らかさ…… |
谷崎潤一郎 | そんな少女が清楚な仮面を脱いでコケティッシュな微笑を見せる ……すべての男がひれ伏す瞬間ですね |
田山花袋 | ハハハ、よくわかんねえけど、カンパーイ! |
谷崎潤一郎 | 私達の女神にカンパーイ! |
佐藤春夫 | おい、あんたら! 静かにしないか! |
谷崎潤一郎 | 春夫さん! いかがですか、一献……そして私達と創作について語り合いましょうよ |
佐藤春夫 | 語り合うのは結構だがな、内容が内容だから声を抑えろ 廊下まで声が響いているぞ |
田山花袋 | いいじゃん、それが創作の原動力になるんだぜ! |
谷崎潤一郎 | そうですよ。芸術家は絶えず、 自分より遥か上にいる憧れの女性を夢みているものでしょう? |
佐藤春夫 | 谷崎のそれは、もう聞き飽きてるし理解したくもないんだが…… |
田山花袋 | でも、春夫にだって詩心を刺激する女とか憧れる恋愛とかあるだろ? |
佐藤春夫 | そりゃな、俺なら…… |
谷崎潤一郎 | オヤオヤ、聞かせちゃっていいんですか? みんなの兄貴分のような貴方の印象が、ガラッと塗り替えられてしまうかも…… |
佐藤春夫 | どういうことだ? |
谷崎潤一郎 | だって春夫さんの恋愛ってちょっと乙女ですよねえ? 海辺でこぼれ松葉を集めてはしゃいだり、とか |
佐藤春夫 | それくらい乙女というほどではないだろ |
谷崎潤一郎 | ……あはれ秋風よ 情(こころ)あらば伝へてよ…… |
佐藤春夫 | ! それは |
谷崎潤一郎 | 愛する人への思いを、秋風に託す……しかも秋刀魚を食べながら思い出に浸って…… 涙まで流すんですもの |
佐藤春夫 | ……誰かを思って心が乱れるのが、そんなにおかしなことか? |
谷崎潤一郎 | フフフ、どうして怒るんです。一途でいじらしい春夫さんだって、褒めてるのに |
佐藤春夫 | ……そうか |
田山花袋 | 春夫、待て……行っちまったか |
谷崎、今のはさすがに……って、おまえ、真っ青だぞ! |
谷崎潤一郎 | ど、どうしましょう、酔っていたとはいえ私、なんてこと…… 春夫さんのあんな顔、初めて見ました |
田山花袋 | あれは、完全にやりすぎだからな |
谷崎潤一郎 | 私、追いかけなくては……! |
嫉妬 |
佐藤春夫 | …… |
……昨日の思い出を言葉にする時、俺は詩人になる その俺の詩を谷崎は…… |
芥川龍之介 | ねえねえ春夫。マッチ持ってない? |
佐藤春夫 | あっ、あ、芥川か……ほらよ |
芥川龍之介 | おっとと! 物を投げてよこすなんて、春夫らしくないね。どうかしたの? |
佐藤春夫 | いや……悪かったな、なんでもないんだ。じゃあ |
芥川龍之介 | 行っちゃった……どうしたんだろ…… |
(暗転) | |
谷崎潤一郎 | 龍之介さん! |
芥川龍之介 | 谷崎くん、どうしたの? 血相変えて |
谷崎潤一郎 | 春夫さんが私に怒ったんですよ! |
芥川龍之介 | ん? 喧嘩したってこと? |
谷崎潤一郎 | 実は…… |
(暗転) | |
谷崎潤一郎 | そりゃ、ちょっと言い過ぎたかもしれません でも、いつものことじゃないですか |
春夫さんだっていつも、私の創作にドン引きしたとか 理解できないとか言ってるのに |
芥川龍之介 | 珍しいこともあるものだね 昔から君たちはなんでも言い合える仲の良さなのに |
谷崎潤一郎 | ……何でも言い合える、のが仲の良さだというのは、もしや幻想でしょうか 現実の私達の関係はもっと儚いものだったのかも…… |
例えばそう、龍之介さんと春夫さんはいつだって穏やかですしね そういった友情のほうが、春夫さんにもいいんですよ…… |
芥川龍之介 | そうだったら、よかったけど……違うんだよね |
僕と春夫は親しくしてたけど、 僕は彼の率直さにまっすぐ向かえないことが多かったよ |
谷崎潤一郎 | それは、田舎者で偏屈な春夫さんと違って、貴方は江戸っ子で社交性があるから…… |
芥川龍之介 | でも君たちを見て、あんなふうにとことん意見を交わしあえればいいなって、 いつだって羨ましかった |
谷崎潤一郎 | そうでしたか……龍之介さんがそんなことを思っていたなんて知りませんでした |
確かに春夫さんと私は、作品についてなんでも言い合ってきました それは良い点を認めた上での意見と、互いに理解していたからです |
芥川龍之介 | …… |
谷崎潤一郎 | でも今日の私の言い草は、作品を評するものではなかった…… ただの攻撃と幻滅されても仕方がありません |
芥川龍之介 | さっき君は偏屈だって言ったけど、彼は繊細なところがあるからね |
谷崎潤一郎 | ええ、あの人は大らかを気取ってますけれど繊細で優しい人なんです そんな彼に幻滅されたままでいるのは、嫌です |
芥川龍之介 | ……春夫ならさっき、庭を歩いていたから、行ってごらん |
谷崎潤一郎 | ありがとうございます、行ってきます |
秋刀魚の歌 |
谷崎潤一郎 | 春夫さーん……! |
佐藤春夫 | 谷崎、どうした、息を切らして。俺は…… |
谷崎潤一郎 | さっきは、すみませんでした! |
佐藤春夫 | ……別に、俺は何も気にしていない |
谷崎潤一郎 | 貴方が気にしなくても私が気にします |
あの態度は創作者としてあってはならないものでした 深く反省しております……許してください |
佐藤春夫 | 止めろ! 頭なんか下げるんじゃない ……まあ、俺も大人気なかったし、大げさに受け取るなよ |
谷崎潤一郎 | 許してくれるんですね? ああ、よかった……ホッとしました |
佐藤春夫 | ……しかし、今の謝罪はなかなか男らしかったぞ 普段からそんな風にしていれば、変なやつだと思われないだろうに |
谷崎潤一郎 | 別に、誰にどう思われても構やしませんよ |
佐藤春夫 | あんた、またそういうことを…… |
谷崎潤一郎 | ですが、春夫さんには信頼できないやつだと思われたくない 貴方に、ずっと本当の自分を見せ続けてほしいんです |
佐藤春夫 | そう言い切れる潔さが、少し羨ましいな 俺もそう出来れば、もっと…… |
谷崎潤一郎 | 誰とでも腹を割った付きあいをするのが信条の春夫さんが、 そう出来ない人というと、あの…… |
佐藤春夫 | 谷崎! |
谷崎潤一郎 | フフフ、日記にこっそりと心を記す気持ちが知りたいのなら 貴方も日記を書いてみたらどうでしょう |
それを覗きあうのも……いいかもしれませんよ? |
佐藤春夫 | 日記は、気が向いたらな しかし日記を覗きあうなんて、悪趣味な着想だ |
谷崎潤一郎 | いつもの春夫さんらしい言い方。嬉しいです |
佐藤春夫 | なら、今夜は久しぶりに、ゆっくり語るとするか? |
谷崎潤一郎 | はい。楽しい夜にしましょうね |
(暗転) | |
谷崎潤一郎 | ……ということで、昨晩、私たちはずっとお喋りしました 喋りながら頂いたお汁粉の美味しかったこと! |
永井荷風 | 姿が見えないと思ったらなるほどね しかし、君たちはなんだかんだと仲がいいようだ |
谷崎潤一郎 | はい。また春夫さんに会えたことは僥倖です。ただ…… |
永井荷風 | ん? |
谷崎潤一郎 | 真実の愛の追求について語っていたら、 春夫さんどんどん真っ赤になってしまいまして |
最後には、あんたにはついて行けん! と逃げていかれましたよ 昨晩こそは心ゆくまで語り合えると思ったのに |
永井荷風 | 相変わらずだな 彼は秋刀魚や薔薇に涙をこぼすような、甘い感傷に浸っているのがお似合いだよ |
谷崎潤一郎 | そんな繊細な姿も、春夫さんの素晴らしい一面ですからね |
北原白秋
詩人 |
室生犀星 | 白さん、どうですか、俺の新作! |
北原白秋 | うん、そうだねえ |
萩原朔太郎 | せ、先生、先生! |
し、詩ができたんです。見てください |
北原白秋 | 朔太郎くん、図書館では静かにし給え |
君にしては珍しく、元気なのはいいことだがね |
萩原朔太郎 | は、はい。あの、嬉しくて、一秒でも早く先生に見てもらいたくて! |
室生犀星 | 朔、落ち着けって。俺の隣に座れよ |
萩原朔太郎 | 犀の新作? 僕も新作ができたんだ、ほら……! |
北原白秋 | わかった。そう興奮しすぎると体に毒だよ |
室生犀星 | 白さん、俺のより先に読んでやってください。朔がこんなに一生懸命だから! |
萩原朔太郎 | でも、犀の詩はちゃんと読んでほしい、でも早く読んで欲しくて、えっと、あの |
北原白秋 | 二人とも! |
室生犀星・萩原朔太郎 | はい |
北原白秋 | 朔太郎くん、原稿をもらおうか |
では両方とも……後で返事をさせてもらおう |
じゃあ、創案の時間なので、僕は失礼するよ |
室生犀星 | えー! 今すぐ、感想聞かせてほしかった…… |
北原白秋 | えーじゃない、僕の時間をどう使うかは僕が決める。いいね |
では |
萩原朔太郎 | 先生、行っちゃった……もっとお話したかったのに |
室生犀星 | 創案の時間かあ……もしかして新しい詩を書くのかな |
萩原朔太郎 | そうかも! 早く読みたいな |
室生犀星 | 俺、白さんの詩を読んだ時のあの衝撃、今でも忘れられないんだ |
| ——われは思ふ、末世(まつせ)の邪宗(じやしゆう) 切支丹(きりしたん)でうすの魔法…… |
室生犀星 | 言葉が美しく並んで、一つ一つがまるで星のようにキラキラしてた そんなきれいな詩を作るのにさ |
| ——あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかひ うれしいな ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン |
萩原朔太郎 | びっくりするくらい可愛い童謡もいっぱい作ってる |
詩も童謡も短歌も見事で……先生はどうしてあんなに多才なんだろう |
室生犀星 | どんな時も思うように表現できるって気持ちいいだろうなあ |
萩原朔太郎 | まさに、言葉の魔術師……だよね |
室生犀星 | うん。なあ、朔。俺達も、一緒に頑張ろうな |
萩原朔太郎 | うん、ありがとう |
いつか先生のように言葉の魔術を使ってみたいな |
歌人 |
北原白秋 | ああ、気持ちのいい夕暮れじゃないか…… |
『すずろかにクラリネットの鳴りやまぬ日の夕ぐれとなりにけるかな』 |
??? | すずろかに、とはいい言葉だな。よそのやつが使ってるのは聞いたことねえが |
北原白秋 | ん、その声は……牧水かい? |
若山牧水 | ははっ、ご名答だ |
北原白秋 | こんな所で何をしているんだい。木の根に座りこむなんて、だらしがないから止め給え |
若山牧水 | 何をしてるってえと、そうだな |
『かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ』 ……今の俺なら庭のゆふぐれってとこか |
北原白秋 | 相変わらず、酒飲みの心を歌わせると上手いものだね |
若山牧水 | どうだ、暇なら一杯つきあえよ |
北原白秋 | 今は創案の時間で……酔っ払いといる時間ではないのだけれどね |
若山牧水 | そりゃ残念だな。いいものやろうと思ったのに |
北原白秋 | いいものってなんだね? |
若山牧水 | そりゃあ、お楽しみってことで |
北原白秋 | 焦らすね……まあ、ちょうど一服したかったところだ。隣に座らせてもらおうか |
若山牧水 | おっ、落ちたぜ |
この原稿……犀星たちの字だな。また弟子に評判を求められたのか |
北原白秋 | そのとおりだ。時間をかけて見ると約束したのだよ |
若山牧水 | どれどれ……へえ、頑張ってるもんだな。おめえさんも随分慕われてまあ |
北原白秋 | 才能ある彼らが慕ってくれるのはいいことなんだが…… |
朔太郎くんは少し心が不安定で……僕に対して狂信的なところが心配だ |
若山牧水 | おめえさんに心酔するのは無理もねえさ |
いつでもぴったりの言葉がすいすい出てくるなんて 詩人には喉から手が出るほどほしい才能だもんな |
北原白秋 | すいすい、か |
若山牧水 | 出会ったばっかりの頃からおめえさんはそうだった。今も昔も言葉の魔術師だ |
北原白秋 | いや、昔とずいぶん変わったものだよ |
『そぞろあるき煙草くゆらすつかのまも哀(かな)しからずやわかきラムボオ』 ……僕はこんな若者だったのだからね |
若山牧水 | ははは。ランボーが今や国民詩人様か |
北原白秋 | 牧水! 君は少し意地悪なことを言う |
若山牧水 | 悪い悪い。おめえさんにはつい気安くなりすぎる |
北原白秋 | 悪いと思うなら、ほら、いいものがあると言っていたね。それを出し給えよ |
若山牧水 | お、そうだったな |
ほら、好きだったろ |
北原白秋 | ああ、カステラ! |
『カステラの黄なるやはらみ新しき味(あじわ)ひもよし春の暮れゆく』 ……素晴らしいね |
若山牧水 | 全部やるよ |
北原白秋 | いいのかい? |
若山牧水 | 酒の肴にゃならねえからな。その代わりに食い終わるまでは酒に付き合っててくれよ |
北原白秋 | ああ、では日が暮れきるまで、ゆっくり賞味するとしようか |
言葉の魔術師 |
石川啄木 | あー……俺様はどうしていつもこうなっちまうんだ……くそっ |
北原白秋 | 勇。今日の啄木はどうしたっていうんだね? ずいぶん出来上がっているけれど |
吉井勇 | あー……『柿の木、栗の木。カ、キ、ク、ケ、コ』 |
北原白秋 | 『啄木鳥こつこつ、枯れけやき』……なるほど こつこつ枯れ木を突くように愚痴と酒が止まらないわけか |
石川啄木 | そうだよ、どうせ俺様に出来るのは、穴を開ける程度の小さなことさ |
そんな、歌まで作れなくなったら…… |
吉井勇 | わかるぜ……そういうままならねぇ時ってあるよな……わかる |
石川啄木 | わかるわけねーじゃん。勇や白秋に! |
北原白秋 | どういう意味だね? |
石川啄木 | おまえらって、何作るときだって、らくらくピッタリの言葉見つけてくるだろ |
ツキツキがこつこつ穴あけようとするあいだにどんどん先行っちまう ……才能の差、だよな。言葉の魔術師には勝てねえよ |
北原白秋 | 才能のあるなしなど、とるに足らず! |
石川啄木 | な、なんだよ急に大声出して |
北原白秋 | 天才無くして詩に執する謬(あやま)れり……この言葉は真実かもしれない それでも詩を書かずにいられないならば、あとは真摯に努力を重ねるのみ |
吉井勇 | ………… |
北原白秋 | 苦しんでも変化は紙一重に過ぎないときもある だがその紙一重のために、誰もが石を積みあげるような努力をつづけるのだ |
キツツキがこつこつと少しずつつつく……結構じゃないか 啄木も、つついてきた己の力を評価して前に進み給えよ |
石川啄木 | お、おお…… |
吉井勇 | 白秋、珍しく熱いな…… |
北原白秋 | いや、その |
吉井勇 | 俺、胸に迫ったっていうか……昔思い出してぐっときちまって……うう…… |
北原白秋 | な、何も泣くことはないのだよ! 勇…… |
あ〜〜その、啄木! まず君はこつこつと僕に借金を返し給えよ |
石川啄木 | うわ、それ今言うのかよ、借金はこつこつどころかどんどん増えてるのに…… |
もう酒だ、酒飲むしかなーい |
吉井勇 | 俺も……飲むぞ…… |
北原白秋 | やれやれ、君らといると結局酒で終わるのだから困ってしまうね…… |
今夜は、赤葡萄酒をいただこうかな |
坪内逍遥
君は何処に |
坪内逍遥 | では、露伴君とヘルン君は、出席してくれるのだね ありがとう、嬉しいなあ |
幸田露伴 | あなたの『小説神髄』に衝撃を受けた身としては その逍遥さんと文学を語る宴に呼んでもらえるなんて、ありがたいですよ |
坪内逍遥 | そんなに構えないでください。みんなで集まって 思い思いのことを述べられればいいなと思っているのだから |
小泉八雲 | フフ、未明クンがとても楽しみだと打ち明けてくれマシタ 夏目サンもお土産を張り切って選ぶトカ |
幸田露伴 | 俺は酒です。色々手配してるから楽しみにしてください |
坪内逍遥 | 酒に菓子が山盛りじゃ、文学談義どころじゃなくなってお腹を壊さないか心配ですね |
幸田露伴 | ああ、だからこうして、鴎外から胃薬をせしめてきました、ほら |
坪内逍遥 | ほう、鴎外君は医務室にいますか……では、ちょっと失礼 |
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坪内逍遥 | はあ…… |
小川未明 | 逍遥せん……逍遥さん! |
坪内逍遥 | 未明君に四迷君、医務室に来るなんて具合でも悪いのですか? |
二葉亭四迷 | 俺が眠くて動けないもんだから……未明が森さんに相談してみろって |
小川未明 | だらしない人を見てると、イライラするから…… 逍遥さんこそ、もしかして体調が優れないんですか? |
坪内逍遥 | いいや、鴎外君に用事があったのだけれど、医務室にいないみたいでね どこにいるのかな…… |
二葉亭四迷 | それなら一緒に探しますよ。なあ、未明? |
小川未明 | うん。部屋にいるかもしれないですよ |
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小川未明 | 鴎外さーん……返事はないね |
二葉亭四迷 | 談話室とか行ってみるか |
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二葉亭四迷 | 森さーん……いないな |
坪内逍遥 | ………… |
小川未明 | 医務室に戻ってるかも。行ってみましょう |
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坪内逍遥 | やっぱりいませんね |
小川未明 | もう……逍遥さんがこんなに探してるのに、鴎外さんどこにいるの……! |
二葉亭四迷 | ブリン! 俺が不甲斐ないばっかりに……! 身体が本調子なら必ず見つけてみせたのに |
坪内逍遥 | いいんですよ。彼を文学を語る宴に誘いたかっただけなので |
二葉亭四迷 | ハラショー! 宴に森さんも来るんですか あんな論客が来るなんて、ワクワクする! |
坪内逍遥 | そのつもりだったけれど、最近、彼と会えないことが多いので ……もしかしたら、宴に誘われるのを避けているのかも…… |
小川未明 | 逍遥さん、そんなこと決めないで、探してみましょう? |
二葉亭四迷 | 今度は手分けしたり、色んな人に聞き込みしたりすりゃあ…… |
夏目漱石 | ああ、皆さん。おそろいで、ちょうどよかった 語る宴でのおやつを考えているんですが、何がお好みですか? |
小川未明 | 僕、飴チョコが好き……じゃなくて、鴎外さん見ませんでした? |
夏目漱石 | ああ、彼なら中庭ですれ違いましたよ。早足で池の方へ行ってしまったけれど…… |
二葉亭四迷 | 逍遥さん、追いかければ捕まえられるかもしれない! |
坪内逍遥 | ……そうだね、行ってみましょう |
雪解けの春 |
坪内逍遥 | 鴎外君、探しましたよ |
森鴎外 | つ、坪内殿、なぜここに? |
坪内逍遥 | 『南無天使、諸天善神、護らせたまへ!』とでも言いたそうな顔だ 避けていたのにどうして……というところかな |
森鴎外 | いや、避けてなど |
坪内逍遥 | 君が最近、人の集まるところに長居しないようにしていたこと 出来るだけ一所にいないようにしていたことは……気づいてますよ |
森鴎外 | ……貴殿は実に細やかに周囲を見ているな そのとおりだ。不躾なことをした。お詫びしたい |
坪内逍遥 | 詫びなどいらないけれど、その理由を聞いてもいいでしょうか 私が君を不快にさせたなら、こちらこそお詫びをしたい |
森鴎外 | 不快など! これは俺に原因がある |
……貴殿と俺の『没理想論』は覚えているだろうか それぞれの本で論を一年間戦わせた |
坪内逍遥 | ええ。あなたのロジックは鋭く、随分面食らったものです 文学界でも大騒ぎでしたね |
森鴎外 | 俺は己の主張も議論を仕掛けたことも悔いてはいない 正しさを伝えるということは、当然のことと思っている |
だが、その姿勢は問題があった 貴殿への態度は失礼でさぞかし鼻持ちならなかっただろう |
坪内逍遥 | ほう……『没理想論』のことを、そんな風にとらえていたんですか |
森鴎外 | 文学を語る宴を開くと聞いて……貴殿は平等な人だから、俺でも誘うだろう 議論好きの俺が出席するのも、面と向かって断る失礼も、選びたくなかったのだ |
坪内逍遥 | そんな……議論で宴の雰囲気が悪くなるなんてことはないのですよ 四迷君なんか、君を誘いたいと伝えたら目を輝かせていたくらいだ |
それに私は、『没理想論』のストレートな意見は嬉しかったんです あの頃の私に意見をするのは、寂しいことに四迷君くらいだったからね |
森鴎外 | だがあれは誌上で行われたものだったからまだよかった 目の前で議論が白熱すれば、貴殿だけでなく周りも巻きこむことになってしまう |
坪内逍遥 | それこそが、ディスカッションではないのですか? |
森鴎外 | ! |
坪内逍遥 | どのような立場の人間が相手でも、己の意見をもって批判し議論もする 君の姿勢を私は尊敬しているのです |
今度は誌上ではなく目と目をあわせて、対等な議論を真摯に戦わせましょう |
森鴎外 | 坪内殿……貴方という人は……! |
あ、ああ。お誘いの返事はよく考えた上で後ほど。では、失礼 |
坪内逍遥 | ……彼の好きなあんぱんを、漱石君にお願いしておくとしましょうか |
宴もたけなわ |
森鴎外 | ………… |
二葉亭四迷 | 森さん、来たな! 今日は捕まえられた |
森鴎外 | 今日は? そうか、俺を探すために君たちの手も煩わせていたのか |
小川未明 | 逍遥さん一生懸命だったのに、逃げてたなんて、ひどいよ |
森鴎外 | そのとおりだ。まさか坪内殿が誌上で面倒をかけた俺を 探してでも宴に呼ぼうとするとは思いもしなかった |
あの人を見損なっていた……不見識に巻き込んだ二人にも謝罪をしたい |
二葉亭四迷 | ハラショー! これで一件落着だ。なあ、未明? |
小川未明 | ん……逍遥さんは優しい人だって、鴎外さんは早く気づくべきだったんだよ |
森鴎外 | 小川君の腹立ちはもっともだ。申し訳ない |
小川未明 | わ、わかったなら、いいけど…… |
二葉亭四迷 | じゃあ友情に乾杯……と、未明と森さんは甘いほうがいいか 二人はあんぱんで乾杯だ |
森鴎外 | ………… |
小川未明 | 鴎外さん、食べないの? あんぱん、好きでしょ? |
森鴎外 | ああ。その前に坪内殿に挨拶をしようかと思ったが 話が盛り上がっているようだと思って |
| |
幸田露伴 | 逍遥さん、シェイクスピアもいいが今日は日本の古典について語ろうじゃないですか |
夏目漱石 | 英国の文学にもまだ語り尽くせないことがありますよ? |
小泉八雲 | ワタシは役行者のフシギについてお聞きしたいデス |
| |
森鴎外 | 坪内殿の文学への造詣の深さは 多くを学び受け入れてきた、寛容な姿勢ゆえなんだろうな |
俺も坪内殿ともっと語り学びたいものだ |
二葉亭四迷 | 俺ともぜひ。ロシア文学とドイツ文学について意見を戦わせよう |
森鴎外 | 言っておくが、俺は議論に関しては手加減はしないぞ |
小川未明 | 僕も、逍遥先生達とお話ししたい…… |
森鴎外 | では、三人であちらに混ざりに行くとしようか |
泉鏡花
季節の贈り物 |
泉鏡花 | おかえりなさい、和郎くん。お使いありがとうございます はい、これはお駄賃ですよ |
広津和郎 | 鏡花さん、子供扱いはしないで下さい、お駄賃なんて…… 菓子屋に羊羹を買いに行っただけですから |
泉鏡花 | そうですか? ああ、でも本当に助かりました。やはり羊羹はこの店でないと |
広津和郎 | お店の菓子はどれも美味しそうでしたけれど、その羊羹は一番高級な品でした どなたに差し上げるんですか? |
泉鏡花 | 犀星さんが先日お菓子を分けてくれたので、その御礼です |
広津和郎 | え……室生さん? 毎日顔を合わせるような身近な人に わざわざ改まって返礼をするんですか? |
泉鏡花 | 毎日会うからこそ、気持ちよく付き合えるようにしたいんです しかも彼は、金沢という同じ故郷を持つ人ですから |
広津和郎 | そんな心遣いをするなんて 鏡花さんは、礼儀正しい立派な人だな |
泉鏡花 | いえいえ……改めて和郎くん、ありがとうございました 僕も、犀星さんに渡しに行ってくるとしましょう |
| [暗転] |
泉鏡花 | 犀星さん、先日のお菓子のお礼です。どうぞ受け取って下さい |
室生犀星 | わあ、ありがとうございます……! |
え、あのお菓子のお返しにこんないい羊羹をくれるんですか? なんだかもらいすぎたみたいだ…… |
泉鏡花 | そんな事はありません。贈り物に見合った当然のお礼ですよ |
……僕にとってあの菓子は、ただの菓子ではありません 新たな季節と故郷を感じるものですから |
故郷 |
室生犀星 | ああ、泉さんなら喜んでくれると思いました! |
泉鏡花 | もちろんです。僕らの故郷、金沢の菓子じゃありませんか |
室生犀星 | 子供の頃からの好物なんです! 最中より厚めの皮に、水飴混じりのこってりした餡が挟まってて…… |
泉鏡花 | 僕は棒茶といただきながらあなたの詩を思い出しましたよ |
『ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの』 ……思わず目頭が熱くなってしまいました |
室生犀星 | ありがとうございます。面と向かって褒められると、照れくさいな |
泉鏡花 | いい詩です。僕が紅葉先生の書生として住み込んでいた頃にこの詩に出会っていたら、 どれほど勇気づけられたでしょうか…… |
室生犀星 | 泉さんもやっぱり、くじけてしまいそうな時がありましたか? |
泉鏡花 | はい。あの頃、僕は紅葉先生を慕い生涯の師と定めて伺いましたし、 先生も僕を書生としてくれて原稿の清書などもさせて下さいました |
でも、望んだ修業の日々なはずなのに苦しいことも多くて そんなとき、ふっと故郷が恋しくてたまらなくなるのです |
室生犀星 | そんなときどうしてました? 俺は……東京でも金沢でも変わることない 夕暮れをじっと見てました…… |
泉鏡花 | 僕は……同郷の人の言葉に耳を澄ませましたね。紅葉先生との話の合間に ふと出てくる思い出の風景が僕の思い出と重なっていたりとか |
その語り口に金沢の言葉が混じっていたりすると、故郷に戻されたような気がするし 同じ場所から出てきて、頑張っている人がいると励まされるでしょう? |
室生犀星 | ……紅葉さんのところにいる同郷の人って、秋声さんですよね |
泉鏡花 | 彼、あまり喋らないのですよ。まったく、師や兄弟子に話をするときは もっとハキハキとするべきだというのに! |
室生犀星 | ハハハハハ。ああ、でも嬉しいな! 泉さんって都会が好きなんだと思ってたから |
泉鏡花 | 好きですけれど……いつだって僕の胸の中には故郷への思いがあります ……大切な場所です |
室生犀星 | 俺も……じゃあ、金沢への遠征を訴えてみましょう。そろそろいいじゃないですか! |
泉鏡花 | ああ、それは素晴らしい。ぜひ叶えたいものですね |
金沢三文豪 |
徳田秋声 | なあ、誰か……げっ |
泉鏡花 | げっ、とはなんです! その物言い。兄弟子に対していつもいつも……! |
室生犀星 | まあ、泉さん落ち着いて……秋声さん、どうしました? |
徳田秋声 | お腹が空いたから、誰か、つまめるもの持ってないかと思って |
室生犀星 | じゃあ、この羊羹を三人で食べませんか? 泉さんからもらったんです! |
徳田秋声 | いや、僕は…… |
泉鏡花 | 秋声、席につきなさい。兄弟子の僕が選んだものが嫌だと言うんですか? |
徳田秋声 | ……わかった…… |
泉鏡花 | 犀星さん、では美味しい加賀棒茶があるのでいれてきましょう |
秋声は手を洗ってきなさい。僕が戻る前に席についているんですよ? |
| [暗転] |
室生犀星 | 秋声さん、おかえりなさい。泉さんはまだ戻ってきてないですよ! |
徳田秋声 | 鏡花のことだから、おおかた器の熱湯消毒に手間取ってるんだろう 潔癖症だから不潔なものは絶対に許さないんだ |
室生犀星 | ……泉さんってそういう、苦手ものは遠ざけるっていう性格なのに 秋声さんのことは、すごく怒るけど……距離をおいたりしないんですね |
徳田秋声 | 兄弟子の責任もあるだろうけど……同郷の僕を放っておくことができないんだよ あの人、情が厚いところがあるから |
室生犀星 | へえ…… |
徳田秋声 | 同じところから出てきた仲間という意識が強いというか、味方がいると言いたいのか…… とにかく、見捨てはしないという意思表示なのかもしれない |
室生犀星 | 秋声さん、泉さんにぶっきらぼうな返事をするから嫌がってるのかと思ってました でも気遣いだって、知ってるんですね |
徳田秋声 | まあね。でも、僕には荷が重すぎるよ、はあ…… |
泉鏡花 | 荷が重いとは、なんのことですか? |
徳田秋声 | あ…… |
室生犀星 | えっと、秋声さんも金沢遠征に賛成してくれて……遠いから荷物が重くて大変だって そういう話……です! ね? |
徳田秋声 | そ、そうそう |
泉鏡花 | そうですか……出不精の秋声にまで帰郷を決意させるだなんて やはり、犀星さんの詩は素晴らしいですね |
室生犀星 | あ、ありがとうございます…… |
泉鏡花 | 金沢遠征をもしするとしたら、いつどこに行きたいですか? やはり、春の桜の兼六園でしょうか |
室生犀星 | いいですね、兼六園……昔、芥川を連れてきたことがあって絶賛されたけど あのときは木や石で派手に飾りすぎている気がしたんだ |
でもあちこちの名庭を見てきた今の俺ならまた兼六園の良さに気づけるはず! ぜひ行きたいですね! 桜か秋の赤い葉を見に |
泉鏡花 | 冬もいいですよ。木々に施された雪よけのりんご吊りに 雪が積もるのは雅やかで良い風情です |
徳田秋声 | りんご吊りなんか見るのも嫌だ |
泉鏡花 | なんですって? |
徳田秋声 | 僕はあの雪が多くて寒い冬が大嫌いだ。雪吊りを見たらまだまだ冬かとうんざりする |
泉鏡花 | 秋声! あなたという人は情緒のないことを! 情けない! |
室生犀星 | 泉さん、そんな怒らなくても! 秋声さんもどうしてわざわざ……! |
金沢遠征行ったら、俺、ずっとこの二人につきあわなきゃいけないのか? 遠征いきたいけど、それは困る……! |
武者小路実篤
種まき |
武者小路実篤 | あ、有島! 有島ー! |
有島武郎 | 武者さん……種まきかい? 精が出るね |
武者小路実篤 | うん、蘆花さんとやってるんだ。有島も、手伝って! |
有島武郎 | え……今から……? うーん…… |
武者小路実篤 | 昔、農場をやってたんだから、出来るでしょ? |
今日中にまいちゃいたいんだ。お願い! |
有島武郎 | わかった。まだ手つかずのここでいいかな? |
武者小路実篤 | ありがとう! よかったあ |
| ザク……ザク、ザク…… |
有島武郎 | 楽しそうだね、武者さん |
武者小路実篤 | うん。畑仕事をして芽が出たりするのを見ると、自然の力を感じるよ |
有島武郎 | 自然ね……あれ、この種の箱は空みたいだけど? |
武者小路実篤 | それは、今、蘆花さんが新しいのを取りに行ってて……あ、戻ってきた! |
蘆花さん! 種の箱は? 見つかりませんでした? |
徳冨蘆花 | 武者さん、有島さんも……雨が来る! 水の匂いがする |
有島武郎 | 確かに空も、少し雲が出てきたね |
武者小路実篤 | 種をまいたところにシートかけないと! 急いで! |
| ガサガサ…… |
有島武郎 | 残念だね、種まきを雨に邪魔されて |
武者小路実篤 | でも、雨が降ったらそれもいいでしょ 本を読む時間が出来ちゃましたよ! |
徳冨蘆花 | 『晴耕雨読』だね |
有島武郎 | それはそうだけど……武者さんは切り替えが早いな |
武者小路実篤 | 雨が降るのは僕らに止められないから だったら、それを楽しめるように考えた方がお得でしょ? |
| ポツ……ポツ…… |
徳冨蘆花 | あ、降ってきた。建物、戻ろう…… |
武者小路実篤 | うん! 走るよ! |
理想郷 |
武者小路実篤 | 蘆花さんが雨を知らせてくれたおかげで、あんまり濡れないですみましたね ありがとう! |
徳冨蘆花 | うん、よかった |
有島武郎 | ………… |
武者小路実篤 | 有島、大丈夫? なんか黙りこくって |
有島武郎 | 武者さんが言ったこと、考えてたんだ |
武者小路実篤 | え? 急に、なんのこと? |
有島武郎 | さっきの雨のこともそうなんだけれど 武者さんは、どうしてすぐに気持ちを切り替えて前向きになれるんだろうって |
武者小路実篤 | むむ……僕は、有島が色々考えすぎてるように思うけどね |
武者小路実篤 | 自然や自分に、もっと心を任せてみたらいいのに |
徳冨蘆花 | 自然に任せるって、太陽とか雨とかで決めるってこと? |
武者小路実篤 | そういう大きなことだけじゃなくて、人が何を考えどう動こうとするか…… それも含めて、自然だと思ってるんです |
武者小路実篤 | 人は、自然に任せて生きるのが一番幸福になっちゃうんですよ! |
有島武郎 | だったらどうしようもないか 色々考えてしまうのが僕の自然なんだから |
武者小路実篤 | それは違うと思うけど |
武者小路実篤 | だって有島は生まれた瞬間からそう考えるようになったわけじゃないでしょ? いろんな環境や出来事で……身につけてきた考え方だよね |
有島武郎 | それは、たしかにそうだね |
武者小路実篤 | 育った環境とかもっと別の理由でそうしちゃう習慣になっただけで 有島にも……どんな人も、生まれながらにどう生きたいかっていう個性があると思うんだ |
徳冨蘆花 | 野菜の種、みたいに? 雨風に耐え、人に踏まれても負けずに生きてる…… |
武者小路実篤 | 蘆花さんらしい、素敵な例えですね! |
徳冨蘆花 | 僕たち、野菜に手を貸してるもんね……最後は食べるけど |
武者小路実篤 | 種がそれぞれ、カボチャらしく、馬鈴薯らしく、いきいきと育つように 人も個性を活かして生きるべきなんだ |
有島武郎 | そうは言っても、難しいだろう? 社会で生きる以上は、柵や不平等からは逃げられないんだから |
武者小路実篤 | だから、僕は理想郷を作りたい! |
武者小路実篤 | みんなが平等に自分を活かすことができる……そういう場所が 絶対に必要なんだ! |
徳冨蘆花 | ……すごいね、本当に、すごい |
武者小路実篤 | へへ。有島も、そう思うでしょ? |
有島武郎 | ………… |
武者小路実篤 | どうしたの……? やっぱり、ぼんやりしてるね |
有島武郎 | うん……ちょっと失礼するよ |
遠き道のり |
志賀直哉 | ………… |
有島武郎 | ……ねえ、志賀君 |
志賀直哉 | なんだ、起きてたのかよ! てっきり寝てるんだと思って静かにしてたのに! |
有島武郎 | 考えごとをしてたんだ…… 今日、また武者さんに理想郷の話をしてもらってね |
志賀直哉 | んー? またその話かよ |
有島武郎 | 長い付き合いの僕らは何度も聞いてることだけれど 武者さんは本当にぶれない人だなあと、すごく眩しくなった |
有島武郎 | 僕は志賀君のように周りに大きく反抗したり 武者さんのように明るい面ばかりに目をやることが難しい性格だから |
志賀直哉 | 俺はともかく、武者は昔はもっと考え事に飲まれるようなやつだったから その気になりゃ、有島だって変われると思うけどな |
有島武郎 | 本当に? 初めて聞いたよ |
志賀直哉 | そうなんだ。俺は考えすぎて武者の心が折れちまわないか、心配したもんだぜ? |
志賀直哉 | でも、いつからだったか……自分の夢を見つけて それからだな、あいつが今みたいになったのは |
有島武郎 | 僕にとって武者さんはどんなことを言われても揺るがない人って印象が強いよ 『お目出たき人』なんて言われてもめげもしないから |
有島武郎 | でもそれは後から身につけたものだったんだね |
志賀直哉 | 俺も、どんな経緯があってたどり着いたのか正確なところは知らねえ |
志賀直哉 | ただ、回り道してたどり着いた夢だからこそ 何が起きようと叶えたいと思えるんだろうな |
有島武郎 | そうか……だから…… |
志賀直哉 | なんだ? スッキリした顔をして |
有島武郎 | 僕、昔は武者さんの行動を受け入れられなかったこともあったんだ |
有島武郎 | それでも、あのふるまいが眩しかったり成功を応援したいって思うのは 武者さんがその夢に向かっていつも真剣だからなんだなって |
志賀直哉 | そのとおりだぜ。口だけだったらとっくに見放してるだろうさ |
志賀直哉 | 真剣だから応援したくなる、ってのは新しい発見だけどな |
有島武郎 | 僕も、武者さんを見習ってみようかな。自然の意思に従って動くとか…… |
志賀直哉 | お、いいんじゃねえか。出来ることからやってみろよ |
有島武郎 | そうだね |
| バタン! |
武者小路実篤 | 有島、こんなところにいた! |
徳冨蘆花 | 外見て、雨、上がった |
有島武郎 | ああ、本当だ……通り雨だったんだね |
武者小路実篤 | うん。だから、急がないと! |
志賀直哉 | 何だ? |
武者小路実篤 | 畑だよ。今日中に種を蒔くって言ったでしょ? |
徳冨蘆花 | 急がないと、日が暮れるから…… |
有島武郎 | 今から!? |
武者小路実篤 | 志賀も、暇なら手伝ってよ |
志賀直哉 | やーだね。ここでのんびり応援だけさせてもらうぜ |
武者小路実篤 | えー! |
志賀直哉 | 有島も、断ってもいいんだぜ。自然の意思に従って やりたくないことはやらなくていい! |
武者小路実篤 | 今日中に終わらせたいんだ。有島、お願い! |
有島武郎 | ……わかった。手伝うよ |
志賀直哉 | なんだよ、さっき自然の意思に従うって言ったくせに |
有島武郎 | 自然の意思に従った結果、こうするのかもしれないよ |
武者小路実篤 | さあ、急ごう。太陽は沈むの待ってくれないんだから! |
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